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伍拾陸

 

 そこから3人は別れることに。

 私とジャパニーズプリンスは保護者の下へ行き、金髪マゾ王子はご飯を食べに行く。うらやましい。私もビュッフェをお腹いっぱい食べたい。



「ああ、サリン。来たんですね」


 できるだけ気配を消して近づいたが、すぐにバレた。

 黒川さんはまだ他の理事たちと話していた。私に向けられる彼らの視線から、好奇の色が透けて見える。理事は皆、白髪混じりの渋いおじさまで黒川さんほど若い人はいない。


「噂に違わぬ美人ですな。黒川会長が外に出したがらないのも納得だ」

「会長、我々を彼女に紹介していただけませんか」

「……ええ」


 渋々、といった様子で黒川さんは彼らを紹介してくれる。

 理事たちは聞き覚えのある企業の元取締役や会長、引退した政治家など錚々たる面子だった。


 私は大物たちの前で萎縮することしかできず、黒川さんと一緒に彼らと別れるまで、一言も発することができなかった。



「きっ、緊張した……」

「大丈夫ですか?」


 ウエイターが持ってきてくれた水を無理やり流し込む。

 

 少しだけ落ち着いてきた。


「あのおじさん……東郷慎之助って、2つ前の政権の官房長官ですよね? 最近見ないと思ったら」

「そうですよ。こちらには来ていませんが、理事には元総理もいます。皆玲海堂出身なので、我々の先輩ですね」


 彼らに含むところがあるのだろう。軽い口調だが、目が全く笑っていない。理事たちの前でも作り笑いを崩さなかった。

 黒川さんは彼らに”会長”と呼ばれていた。勝手に彼は社長か何かだと思っていたが、どうやら違うらしい。


「サリンはビュッフェが食べたいんでしたね。適当に挨拶を済ませて2人で楽しみましょう?」

「やった」



 上流階級の社交マナーはよく分からないが、こういう場面では下の立場の人間から上の立場の人間に話しかけるらしい。”上”、”下”という言い方は好きではないが、そう言うのが一番分かりやすい。


 この40分程度で挨拶に来た保護者の多くが、黒川さんの会社の幹部や子会社の経営陣だった。つまりは黒川さんの部下だ。

 私のクラスメイトの保護者はいなかった。いたら鳳翔一派の嫌がらせも、少しは緩かったかもしれない。


 人の行き来も落ち着いてきた頃。


 ブーッ、ブーッ。

 ポケットに入れたスマホが振動する。ついに来た。


「黒川さん。私お手洗いに行ってきます」

「ええ。場所は分かりますか?」

「大丈夫です」



 その場を足早に立ち去った。

 色々飲んだせいで尿意を催していたから丁度良い。ジャパニーズプリンス、相手は任せたぞ……!


 玲海堂のトイレは、トイレらしからない。

 個室と鏡と水道さえあればそれで良いのに、化粧スペースや休憩室まである。学校のトイレなのにソファが置いてあるのにはびっくりした。

 お昼休みにここでご飯を食べるとは思えないが、ちょっとした談話室のようになっている。

 ホール近くのトイレも例外ではなかった。


 私はソファに深く沈み、一生ここにいたいと少し思った。

 男子トイレもこんな作りなんだろうか。ちょっと面白いな。


 10分も経てば挨拶は終わっているだろう。私は重い腰を上げた。



「あれ、サリンちゃん」

「後藤さん!」


 ホールの入り口付近に後藤さんが立っていた。

 いつもスーツを着崩しているのに、今日はTPOに合わせてカッチリ着こなしている。彼がいつも緩く着ているのは懐に武器を仕込んでいるからなんだがーーふと腰元を見ると、見慣れない警棒がついていた。


「いやん、そんなとこ見るなんてエッチ」

「変な言い方しないでください……」

「えへへ」


 廊下に出る生徒がほとんどいないからか、他の警備の視線が集まる。

 警備の人と見比べてみても、後藤さんはやっぱり悪人面だ。正規の警備って感じがしない。他の人たちの人相もそれなりにいかついが、後藤さんのせいで心なしか優しそうに見える。


「久しぶりに校舎に入れて嬉しいよ。だいぶ改装してるっぽいな。俺ん時、パーティーホールは1個だったんだぜ」

「あ、そうだ! 後藤さんに聞きたいことがあるんです」

「何?」

「玲海堂の男子トイレって、ソファ置いてます?」

「あるわけないだろ……もしかして、女子トイレには置いてあんの?」


 無言で肯定する。


「やばいな。ソファに座ってどうすんの」

「お茶会でもするんじゃないですか」

「えーっ、トイレで? やっぱ金持ちって違うな」


 学費がトイレのソファに溶けてると思うと解せない。



 それから一言二言くだらない言葉を交わし合って、ようやくホールに戻った。


 さて、黒川さんはどこにーーん?


「黒川様。私、一ノ瀬杏と言いますわ。一ノ瀬製薬の会長の一人娘ですの」

「ちょっと杏、足踏まないでったら! 私は結城マナよ」

「私は鳳翔麗華でございますわ」


 状況を説明しよう。

 私のクラスの女子たちが、黒川さんの周りに集まっている。女子たちとは言ってもお察しの通り鳳翔一派で、鳳翔さん率いる女子数名が黒川さんを囲っていた。

 当の黒川さんは迷惑そうに顔をしかめている。


 おい、これはやばいんじゃないの。

 君たち、逆鱗って言葉は知ってる?

 黒川さんはね、全身に逆鱗を貼っつけたような人間なの。つまり地雷畑ってこと!


 下手なこと言ったらプッツンしちゃうぞ。

 悪いことは言わない。ごめんなさいしてすぐに離れて!


ちなみに、談話室みたいになっているトイレは本当にあります。

ソファがいっぱいあってびっくりしました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 私は個室トイレの床がガラス張りで鯉が泳いでい落ち着かなかった思い出がある。
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