伍拾肆
「懇親会? 行くつもりですよ」
魚の皮を綺麗に剥がしながら、黒川さんはそう言った。
今日の夕飯は鮭のムニエル。後藤さんがどうしても魚を食べたかったらしく、帰ってきてすぐに魚料理人気投票が行開催された。優勝はムニエル。
塩味がきいて美味しい。
「私も一緒に行けますよね!」
「え、ええ。……やけに嬉しそうですが、一体どうしたんですか?」
意外そうな顔を向けられる。
「ビュッフェがあるって聞いたんで」
「ああ、なるほど。フフッ……確かに玲海堂の料理は美味い」
「俺の料理よりも?」
「お前の料理よりも」
最近の私は花より団子。
食べ盛りだからってのもあるが、ご飯が日々の楽しみになっている。
前は腹さえ満たせればオッケー精神で食事を用意していたから、美味しさや食材の良さは二の次だった。
でも黒川に来てからというもの、舌が肥えるの何の。舌だけじゃなく体も肥えて、前より5キロも太った。BMIが”痩せすぎ”から”普通”になったので、どちらかと言えば良いことだ。
「組長が行くなら俺も警備に加わらなきゃ」
「後藤さんも?」
「VIPばっかだから変なことは起こんないだろうけどさ、組長は恨み買いまくってるから」
「ああ……」
そういや、政治家とか他の会社の弱み握って今も好き勝手やってましたね、貴方……。
玲海堂の保護者の中にも、彼に脅されている人たちが少なからずいるだろう。そんな中に突っ込むのか……ってあれ。もしかして、私も一緒に恨まれてたり……?
***
「あの人も来るのか。顔合わせるの嫌だな……」
お昼ご飯を食べに3人で食堂に来ていた。
いつもはぼっち飯なのでカウンター席だが、今日はジャパニーズプリンスと金髪マゾ王子もいる。入学して初めてのボックス席だ。何だかファミレスみたい。
食堂なんてのは、長居させないよう簡素な作りになっているのが普通だが、この学園の食堂はおもてなし精神旺盛だ。いつまでも寛いでいられる。
「黒川さんのこと嫌い?」
「あー......悪い、お前の兄さんのことを悪く言うつもりはないんだけど」
いや、じゃんじゃん悪口言って良いよ。
「嫌いっていうか何て言うか……かなりパンチのある初対面だったから苦手意識が強くて。まぁ、また今度聞かせるよ」
「うん……」
何かとんでもないことを言われたんだろうか。
そうこうしているうちに料理が運ばれてきた。
私は定食。今日のメニューは豚の生姜焼き! 庶民的で一番好きな味だ。黒川さんや後藤さんにも時々振る舞う、私の得意料理の一つ。
「そうだランス君。昨日急に送ってきた写真は何……?」
金髪マゾ王子の顔を見ていて急に思い出した。
昨夜8時ごろ、突然彼から「見て〜」という文言と共に犬の写真が送られてきたのだ。
可愛らしいゴールデンレトリバーの写真だったのだが、あれは一体どういうつもりなのだろう。
「実家で飼ってる犬だよ。サリンちゃん、犬好きかな〜って思って」
「犬好きだけど……びっくりして何て返信したら良いか分かんなかったよ。あと言っとくけど、メールは黒川さんに検閲されるから変なの送らないでね」
「げっ……」
嘘じゃない。
黒川さんは私がLIMEをインストールしたことを当たり前のように知っていた。使用許可はもらえたが、「定期的にやりとりを見せる」という約束を一方的に押し付けられた。
「ちなみに犬の名前は何て言うの?」
「ホトケだよ」
「……ホトケ?」
「サリンちゃんの想像してる『仏』で合ってるよ。父上が仏像マニアなんだ」
私たちのこの何気ない会話も聞かれていると、2人に告げた方が良いだろうか……。
***
その日、学園はいつもより騒がしかった。
外の警備はいつもの4倍。校舎の中にも、平時では見かけない黒服の男たちが立っている。
拳銃を持っている人間もいたから、民間の警備だけでなく警視庁のセキュリティポリスも入っているようだ。
たかだか学校の懇親会だと甘く見ていた。
行政までも首を突っ込むなんてーー総理大臣級の保護者でも参加するのか、それほどこの集まりが重く見られているのか。
後藤さん、この警備に参加するの……?
4階の窓から警備の様子を眺める。
小一時間ほど前に入場が始まり、外はにわかに忙しなくなった。今日が晴れで本当に良かったと思う。
来訪者は招待状と顔写真の照合、手荷物検査、ボディーチェックを経てようやく中に入れる。アーチ型の金属探知機なんて初めて見た。入れ歯をしている人がいたら面倒臭そうだな。
そんなこんなで入るまでに軽く10分はかかるが、学園内でテロが起きるよりはマシだ。
黒川さんが検査されてる様子を見たかったので、検査場を見渡せる場所に張り込んでいたんだけど……。
「VIPは裏口からだから見つかんねーぞ」
「残念。金属探知機に引っかかってるとこ見たかったな」
「探知機に引っかかるようなもん持ち歩いてないだろ」
こちらに向かっていると連絡があったから、そろそろ来るはずなんだけどな。
「今年はAホール?」
「ああ」
「AってことはBもCもあるの?」
私の言葉に2人は頷く。
どうやらパーティーホールは一つではなく、学年ごとに分散しているらしい。無理なく立食パーティーをするんだったらそれが良い。
それに、分散させた方が人手はかかるが警備がしやすいらしい。
「さっき厨房に行ったらお肉の焼ける匂いがして……僕、お腹ペコペコだよ」
「私も。そういえば西園寺君、さっきおにぎり食べてたけど良かったの? せっかく美味しいビュッフェがあるのに」
「あのな黒川。呑気に飯食ってられるのなんてランスくらいだぞ。普通は保護者について挨拶しに回らなきゃならないんだから」
「えっ……」
じゃ、じゃあ私、ビュッフェ楽しめない……?!
……黒川さんにお願いしないと。
そうか、懇親会とは名ばかり。その実ただの社交パーティーだ。みんなご飯を食べにきたんじゃない。
「あっ、俺の父さんついたみたいだ」
ジャパニーズプリンスがスマホを見ながら言った。
「西園寺君のお父さんってどんな人?」
「大人って汚いだろ?」
「う、うん……」
「俺の父親はその代表格だ」
さては君、お父さんのこと嫌いだな。
すると金髪マゾ王子が言った。
「聡、あの人に全然似てないよね。性格も見た目も」
「反面教師にしてるんだから似てなくて当然だ。絶対に父さんみたいにはならない。会社だって俺が継いだら……」
色々と思うところがあるのだろう。
感情が昂っているのか、彼は拳を強く握り締めていた。
人の親をどうこう言うのもあれだが、彼からの評価をきくに清廉潔白な人間ではなさそうだ。
西園寺グループが黒川に下ったのは最近のこと。彼の父親が野心を抱いて黒川にすり寄ったのか、それとも脅されるようなネタでもあるのか。
とにかく、彼は父親に「変なことを言うな」と釘を刺しまくったらしい。
効力があることを祈ろう。
自分の立場があるから、彼の父親は十中八九、黒川さんに挨拶しに来るだろう。その時私が近くにいたら余計なことを思い出してしまうかもしれない。
黒川さんに避けさせるより、私がいなくなった方が簡単だ。彼の父親が近づいてきたらトイレにでも行こう。
「そうだランス君。私の兄には気をつけて。危ない人だから」
「ああ。無闇に近づくなよ」
「わ、分かったよ。ご挨拶しようと思ってたけど、そこまで言うなら遠慮しておくね」
彼みたいな無邪気なタイプが近づいたらカモにされる。
この懇親会の目標は、黒川さんを怒らせないこと。
あとできれば黒川さんの前で麗華さんや取り巻きに絡まれたくない。大勢の人の前で嫌がらせはされないだろうが、保護者同伴で嫌味くらいは言ってくるかもしれない。
黒川さんから到着を知らせるメールが届く。
さて、何も起こらなければ良いが。




