伍拾参
「皆さんご存知かと思いまーすが、来週の金曜日は懇親会があるので午前で授業が終わりまーす」
ん? 私はご存知じゃないぞ?
ジャパニーズプリンスの手を取った翌日。
リリアーヌ先生の口から私の知らない情報が飛び出した。
来週の金曜が午後休だってのは知ってたが、懇親会があるとは知らなかった。私たち生徒も参加するんだろうか。いやもしかしたら、PTAの保護者会みたいなやつかもしれない。
誰が参加するにせよ、この学園の懇親会が普通のそれとは思えない。
玲海堂に通う子供たちの親の多くが、大企業の社長やら政治家やら芸能人やらヤクザの組長やらーー多種多様なVIPばかりだ。
懇親会とは名ばかり。きっと社交パーティーみたいになるだろう。
私は遠慮したい。
「すでに通達済みかと思いまーすが、連絡のプリントがあるので渡しておきまーすね」
プリントが前から回ってくる。
私の前の席に座る女子はこちらをチラとも見ず、ほとんど投げるかのようにプリントを渡してきた。ほんの数週間前までは、わざとプリントを回してこなかった。それを考えると大きな進歩だ。
リリアーヌ先生と目が合う。彼女は私に女神のような微笑みを向けてきた。うっ、眩しくて直視できない……。
先生方、例の事件があってから、あからさまに私に優しくなった。校長や理事会から何か言われたんだろうか。
でも、腫物に触るような優しさではない。
今まで素っ気なかったり、私にビビり散らかしてたりしたのは、黒川さんの在校時代のトラウマがあったからかもしれない。
ほら、生徒会長の職権を濫用して好き勝手やってたってやつ。
私が生徒会に(名前だけ)加入したのも相まって、黒川さんの再来と思われていたのかもしれない。
あの事件も相まって、私がいじめられるタイプの人間で、野心のない事なかれ主義であることが分かったんだろう。先生方の警戒心が解けた。これは喜ばしいことだ。
SHRが終わってすぐ帰れるかと思いきや、入学後初の席替えが始まった。
出た。嫌なイベント。
イケメンや私を敵視してくる女子が隣になったら最悪だ。次の席替えまでが地獄。やけに席の近さでペアやグループを作らされるから、日常生活だけじゃなくて授業にも影響が出る。
どうか、どうか大人しくて優しい女の子の隣になれますように……!!
そう願いながらクジを引いた。
場所はーー窓際の一番奥か……。
まぁ、前の席だったら授業中に紙屑とか投げつけられるかもしれないし、良いっちゃ良いか。
クジを引いて荷物を移動させたら帰って良いらしい。
右隣と前の席の人を確認してから帰るか。
「……あ! サリンちゃんが後ろの席なんだ!」
げ、この声は……。
金髪マゾ王子はシューズ袋をフックに引っ掛けると、後ろ向きに座って話しかけてきた。
「サリンちゃんのすぐ前に座れるなんて嬉しいな。やっぱり僕たち、運命の赤い糸d」
「おいランス、黒川の顔を見てみろ。引いてるぞ」
わざと大きな音を立てて右横に荷物を置いたのはーー何とジャパニーズプリンスだった。
……え、もしかして私、この2人に囲まれるの?
「でも確かに、昨日の今日で隣の席になるなんて運命的だな」
「だよね!」
ジャパニーズプリンス、君も運命論者だったか……。
「都合の良い席になったな。……昨日お前に協力するって言っただろ。ランスもそのつもりだ」
彼は私にだけ聞こえるようにそう言った。
確かにいじめを防ぐには良い席かもしれない。彼らが私に絡んでいれば嫌がらせもしづらいし、席や荷物に悪戯するにしても、すぐ近くに2人の目がある。
「サリンちゃん。今まで心配の言葉もかけないでごめんね。これからは僕たちが守るから、安心して」
「あ、ありがとう……」
彼らがついていることが吉と出るか凶と出るか……。
今まで、いじめの原因になった男の子が私を守ろうとしてくれたことはなかった。彼らのような存在はレアケースで、どう転ぶか予想がつかない。
鳳翔さんたちが怖気づいて止めるかもしれないし、逆にヒートアップするかもしれない。でも、やってみなきゃ分からないよね。
嫌がらせが酷くなったとしても私たちだけ解決すれば、少なくとも黒川さんの出てくる余地はなくなる。
彼らが協力的になってくれて良かった。
「そういえば黒川。懇親会に黒川の兄さんは来るのか?」
「……そもそも、懇親会ってどんなやつなの?」
「毎年恒例の、保護者と子供の交流会って言えば良いかな」
「ただの人脈作りパーティーだよ」
「身も蓋もない言い方するなよ……」
小等部、中等部、高等部でそれぞれ開催されるらしい。
私は行ったことないが、高等部校舎には立派なパーティーホールがある。きっとそこでやるんだろう。
日本の金持ちや権力者とその子供が一堂に会すのか……。
テロが起きたらとんでもないことになりそうだ。
「黒川さんは来ないんじゃないかな。そういうのに興味なさそうだし」
「……ちょっと待って。サリンちゃん、自分のお兄さんを”黒川さん”って呼んでるの?」
「……」
おっと。やらかした。
確かに私も”黒川”だから、兄のことを”黒川さん”と呼ぶのは不自然だ。つい最近妹になったんだよ〜なんて言いづらいんだけど。
「黒川にも事情がある。……そうだろ?」
「あっ……ごめんねサリンちゃん」
ジャパニーズプリンスは、どうやら事情を知っている模様。
そういえば金持ちは独自の情報網を持ってるって言ってたな。詳しく理由を知らずとも、私が元々黒川の人間でないことぐらい知っているはずだ。
急に妹の存在が表に出たんだ。不審に思って調べる人がいてもおかしくない。
「と、とにかく、お前の兄さんが来るんなら教えてくれ」
「良いけど何か不都合があるの?」
「顔を合わせたら、俺の父親が”余計なこと”を言うかもしれないだろ」
縁談のことを言っているんだろう。
確かにそんなことを提案したら、あの人は怒るだろうな……。
「懇親会って私たちも出なきゃならない?」
「親が出るならそうだな。子供が親に自分の友人を紹介して、親も子供に自分の友人を紹介する。懇親会は顔を売る良いチャンスだ。参加しない生徒の方が少ない」
「ランス君も参加するの?」
「うん。僕は身分を大っぴらにできないから、ただご飯を食べてるだけだけど。ビュッフェが美味しいんだよね〜」
「お前いっつも食い過ぎなんだよ」
それならちょっと行ってみたい。
玲海堂のシェフが腕によりをかけて作るビュッフェ……ああ、想像しただけでよだれが出てきた。ローストビーフとかあるかなぁ……。
バイキングじゃなくてビュッフェって言ってるあたりに階級の差を感じる。そんなオシャレな言い方したことないんだけど。
「とにかく、もし黒川たちも懇親会に参加するなら言ってくれ。会場で鳳翔と取り巻きの家の人間に絡まれたら嫌だろ」
「そうだね。黒川さんは一人でどうにかできるだろうけど、私は無理」
「参加するんだったら、僕と一緒にご飯食べようね」
なんて心強い……!
味方がいるだけでこんなにポジティブな気分になれるのか。
彼らがいれば、懇親会で一人彷徨うことはなさそうだ。
「そうだ。LIMEを教えてくれ。連絡取れた方が色々と便利だろ」
ジャパニーズプリンスがスマホを取り出す。
そこで私は自身のスマホに入っているアプリを頭に思い浮かべた。探せど探せど、あの国民的SNSアプリはない。
「ふ、普通のメールじゃダメ……?」
「良いけど……お前、LIME使ってないのか」
LIMEで会話するような友達がいないの!!
連絡を取るのなんて、黒川さんと後藤さんと他の部下の人だけだから、スマホに標準装備されてるメッセージアプリで事足りるんだよ……。
いらんところでダメージを受けてしまった。
「じゃあメールアドレスを……」
「い、いや、今インストールするよ。わざわざアプリ変えるの面倒くさいでしょ」
それに、もしかしたら今後、LIMEを交換できるような友達が他にもできるかもしれない!
憧れのSNSアプリを入れるくらい、黒川さんも許してくれるよね......。




