伍拾弐
帰ろうと荷物をまとめていると、ジャパニーズプリンスに声をかけられた。
どうやら一人で屋上に来て欲しいとのこと。
まるで違法な薬物の取引でもするかのように、人目を気にして、誰にも気づかれないように話しかけてきた。
この間のこともあって気が乗らなかったが、彼が私を貶めようなんて理由で呼び出すとは思えない。何か止むを得ない事情があるに違いない。
彼は善良な部類だし、この学園の中で一番信頼のおけるやつだ。今までいじめには介入してこなかったが。
黒川さんは、なぜか彼との接触を許してくれる。
色々と考えてみたが、黒川さんが彼との接触を許す理由が見当たらない。西園寺に媚びる必要はないし、彼自身にそれほどの価値があるかは分からない。
それに接触を許したところで、私が呑気に仲良くするとは思っていないだろう。
鞄をもって、人気のない道を通って屋上までやってきた。
この校舎の屋上は出入り自由だが、誰かが入っている姿を見たことがない。
理由は分かる。
学園校舎の豪華絢爛さと比べると、屋上はあまりにも殺風景が過ぎるのだ。四方八方はフェンスで、腰掛けられるようなベンチはない。換気扇のどでかい出口と太陽光パネルのせいで景色も悪い。
入学したばかりの時、淡い憧れを抱いて覗いてガッカリした。ここに私の思い描いた場所はなかった。しかし、告白スポットとしては人気らしい。
「ああ。来たな黒川」
ジャパニーズプリンスは髪をそよ風になびかせて私を待っていた。
無駄にイケメンで腹が立つ。
「誤解されても嫌だし、早く済ませない? 私に告白したいわけじゃないでしょ?」
「そうだな。手っ取り早く終わらせよう」
手招きに誘われた。
屋上だからどうも声が聞こえづらい。私がパーソナルスペースに入ると、彼は口を開いた。
「お前、黒川真人の妹だろ?」
「……うん」
……え? 確認すんの?
黒川なんて珍しい名字じゃないし、もしかしたら確証はなかったのかも。
「黒川はどこまで知ってる? 俺ん家と、黒川真t……いや、お前の兄さんとのことについて」
「西園寺グループを傘下においているってことなら聞いてるけど」
「はは……傘下か。嫌な言い方だが間違っちゃいないな。表向きは協力関係だが、実質的に、西園寺は黒川の犬だ」
嫌な言い方するねぇ。
彼は自嘲気味に笑った。黒川と西園寺の関係について好ましく思っていないようだ。なんか、ごめんね黒川さんが……。
「それで、私を呼び出したワケは?」
「俺の父親が、俺と黒川との縁談を考えてる。もちろんお前の兄さんが了承するわけないし、急に言われても嫌だろ?」
「うん。嫌」
「そう即答されるとちょっと傷つくな……」
私、イケメンとは死んでも結婚しません。
顔合わせるたびにトラウマ誘発されるなんて勘弁。
「そこで、だ。黒川に協力させてくれ」
「……えっ?」
「ああ。先に謝らせてくれ。今まで、鳳翔たちの嫌がらせを見て見ぬふりしてすまなかった」
そう言うと彼は深く頭を下げた。
まるでお手本のような美しい礼。おっもしかして、ぴったり45°じゃないか?
「……良いよ別に」
はなから期待なんてしてない。
「ありがとう。謝って済むようなことじゃないが、本当にすまないと思ってる。ここにはあえて呼んでいないが、ランスも同じ気持ちだ」
彼の眉間には罪悪感が滲んでいた。
「実は今までにも何度か同じようなことがあったんだ。ランスが異性を気に入って、その子が鳳翔に嫌がらせを受けるって流れが」
「鳳翔さんバレちゃダメじゃん……」
「ああ。分かりやすいんだよ。最初は俺らも止めてたんだが、そうなるといつも悪化するんだ」
だから今まで口出ししてこなかったのか。
あの金髪マゾ王子が声をかけてこないなんて、少し変だと思っていたんだ。
鳳翔さんは金髪マゾ王子が好きなんだ。彼が相手の子を庇ったりしたら、その子への憎しみが大きくなるだけだろう。彼らのやり方は間違っちゃいない。
「だいたい一ヶ月くらいであいつらも飽きて、嫌がらせは無くなるんだが……」
「私は例外だったんだね」
「ああ。それにあいつの取り巻きが黒川に酷いことを……あっ、悪い! 俺と二人きりになるのは不安だっただろ? そこまで気が回らなかった。今から中庭にでも行くか?」
「平気だよ。西園寺君はそんなことしないでしょ」
イケメンの癖にとんでもなく親切だ。
先ほどの謝罪とこの言葉で、私は彼に好感を抱いた。
「ちなみに、その件についてはどこまで知ってるの?」
「お前が体育館裏で顔を殴られて、乱暴されそうになったって。女に何てことするんだ」
「正解。えっ、先生の誰かから聞いたの?」
彼は首を横にふる。
リリアーヌ先生は「生徒にはかなり濁して話した」と言っていた。ここまで正確な話が出回るということは、どこからか情報が漏れたんだろう。
「噂だ。誰かが愛の告白をしたら、翌朝には全校生徒が結果を知ってるくらい、玲海堂は噂が回るのが早い」
「ど田舎のコミュニティみたい……」
「その通り。玲海堂は狭い箱庭だ」
じゃあワンチャン、私と貴方が二人きりで会ってるってのも噂になるのでは……?
「ちなみに黒川が生徒会に入ったのも知ってるぞ。名前貸ししたんだろ」
「げっ……そんなのも噂になるの?」
「いや。俺には俺の情報網がある」
金持ちこっわ……。
って、そんな話がしたくてここに来たわけじゃないでしょ。
「脱線しちゃったね。何の話だっけ」
「あながち脱線でもない。……鳳翔の取り巻きがしたことを聞いて決めた。これ以上見過ごすわけにはいかない。もしかすると、もっと酷いことになるかもしれない」
「……」
「家の繋がりがあるのも何かの縁だ。俺たちに協力させてくれ。まずは鳳翔と取り巻き連中への対処と報復を考えてーー」
彼は自分の内にある計画を話し始めた。
風の音が邪魔でよく聞こえない。
いや、聞こえなかったのはーー私が聞こうとしなかったからかもしれない。
仕返しなんて興味ない。する必要がない。
「ねぇ」
私が声を発すると、彼の言葉と風が止まった。
「どうして私が鳳翔さんたちに報復しないと思う?」
「そんなの……黒川に力がないからじゃ」
「うちの家業が何か、知ってるよね?」
「……」
彼は押し黙った。
そう、私の後ろには黒川さんがいる。私が少し頼めば、鳳翔さんたちは二度と嫌がらせなんてできなくなるだろう。
でも私はしなかった。
彼にはその理由が分からない。分かるはずがない。
私はこれ以上、誰かが傷つくのを見たくない。黒川さんに介入させたくない。
ならどうすれば良い?
......そうだ。
彼が介入する原因を、元から絶ってしまえば良い。
つまり鳳翔さんたちを抑えればーー
私がジャパニーズプリンスを見つめ返した。
「報復は必要ない。でも鳳翔さんたちの嫌がらせは止めたい。……私に協力してくれる?」
「もちろん」
彼は手を差し出す。
ーー私を分かってくれているのは……黒川さんだけ。
ーー彼が私に協力するのは、純粋な親切心と少しの下心。
そう心中思いながら。
私は彼の手を固く握り返した。
「これからよろしく」




