肆拾陸
「黒川さん! お昼一緒に食べようよ!」
「えっ」
昼休みになった。
いつも通り学食でボッチ飯に勤しもうとしたところ、同じクラスの女子に声をかけられた。少し茶髪がかったボブで、そばかすのある可愛らしい女の子だ。
聞いたことのある声が記憶中枢を刺激し、彼女が授業の時、始まりと終わりの挨拶をする学級委員であったことを思い出した。
「私も昼食はいっつも一人なんだ。良かったら一緒にどうかな?」
「ほ、本当?」
やった!
やったよ天国ののお母さん!!
今私、生まれて初めて女の子の友達ができそうだよ!!
自然とゆるむ口元を必死に抑え、私は笑顔で頷いた。女子となら黒川さんも怒らない!
い、いや、でも……。
「あの、でも、私と一緒にいたら貴女まで……」
いじめられるんじゃ。
「大丈夫大丈夫! 私ほら、学級委員だから!」
いや、それは全然大丈夫にならないんじゃないのかな……。
というか、私の状況を分かってるんなら、注意しろとは言わないけどちょっとくらい手助けしてくれたって良いんじゃない?
喜んではいるが、彼女の申し出を訝しく思った。
彼女は学級委員で、それなりに友達もいるはずだ。可愛らしくて明るい性格なんだから、陽キャグループにいたっておかしくはないと思うんだけど。
どうしてお昼を一緒に食べる友達がいないんだろう?
まぁ、どうせ断るんだから、理由はどうだって良い。
彼女と仲良くしたら、きっと私の問題に巻き込んでしまう。鳳翔さんたちからのいじめに加え、もしかしたら黒川さんにちょっかいをかけられるかもしれない。実害はなくとも、彼女や彼女の家族に何かしらの圧力がかかるかもしれないし。
私が原因で、彼女が辛い目に遭ってしまうようなことがあってはいけない。
折角のお誘いだが断らせていただこう。
私、貴女の名前すら知らないし。
口を開こうとすると、突然手を握られた。
「これから仲良くしましょ! 私、片岡あゆみ」
「え、あ、あの……私、一人でーー」
「じゃあ、早速学食に行きましょ!!」
否応も言わせてくれなかった。
何だこの傍若無人っぷりは。
そうして私は、彼女に無理やり食堂まで連れてこられた。
引っ張られた腕が痛い。
関節を優しくさすった。
「何食べたい? お近づきの印として、今日は私が奢るよ!」
「いや、本当、そういうのは……」
私の都合をガン無視せんでくれ!!
何なんだこの子。
きっと悪い子ではないんだろうが、あまりの押しの強さにちょっと引いてるぞ。
「ああ、黒川さん、いっつも定食ランチ食べてるよね。私はステーキランチが好きだから、今日は黒川さんもそれにしましょ」
おいおいおい、おかしいだろ。
ちょっと2、3ツッコませなさい。
1つ目に、お前は何で私のいつものメニューを知ってる?! まさか黒川さん以外にもストーカーがいるなんて知らなかった。私のことずっとみてたの? 怖いよ……。
2つ目。
昼からステーキは重いと思うよ……。
流石はお金持ち学校。学食という庶民的な名前を冠してはいるが、実際は星付きレストランだ。シェフの作る料理は大変美味しく高価。私はこの学園に染まりたくないので、一番安く、一番庶民的な定食をいつも食べている。
3つ目。
何でお前に私のランチの決定権があるんだ。
ただでさえ黒川さんに全部決められてるんだから、お昼ご飯くらい自分の意思で決めたい。
何という我が道を行くタイプ……というか、自分の都合の良いように力づくで周りを修正するタイプだな? よく似た誰かさんを知ってるぞ?
「私、定食が良いんだけど……」
「定食なんて食べてるから、鳳翔さんたちに馬鹿にされるんだよ? それに折角奢ってあげるって言ってるんだから、いつもと違う美味しいものを食べた方が良いじゃない」
おい、お前こそ定食を馬鹿にするなよ。
定食はね、料理人の片方がちゃんと一日に必要な栄養素を計算して、腕によりをかけて作ってくれてるんだ。新鮮な国産食品だけを使った、健康に良い最高のランチなんだぞ。
ステーキなんか毎日食べてたら、カロリー超過で太るよ。
タンパク質が豊富だけど、資質もたっぷりだからね。
ちなみに、黒川さんも定食派だったそう。
限られた時間の中でランチを悩むのは馬鹿らしいと言っていた。私と志こそ違うが、同じ道を行く仲間であった。
男相手なら力づくで何とかなるが、女の子に蹴りを入れるのはちょっとな……。
泣かれると私が悪者になっちゃう。一回やからしたことがあるから断言できる。
とりあえず傷つけない程度に断って、ダッシュで離れるか。ふふ、お嬢様が私の豪速についてこられるかな。
「ステーキ2つお願いしまーす。さ、席に行こう」
玲海堂の学食はセルフサービスではない。
注文し、お金を払って座っておけば、すぐに運んでもらえる。
あぁ……頼まれちゃったよ……。頼まれる前に逃げれば良かった。
でもステーキ……食べないと勿体無いな。よし、逃げるのは味ってからにしよう!
そうだ。
昼食の会話のとき、この子をドン引きさせれば良いのでは? こいつとは関わらんでおこうと、どうにかして彼女に思わせよう!
ヤクザの組長の妹だってことをドヤ顔でカミングアウトすれば、流石に誰でも引くだろう。
「実は私、すっごく素敵なフィアンセがいるの!」
席についた早々、彼女の台詞はそれであった。
フィアンセなんて、私とは遠通り話だ。ほぼ100%の確率で一生独身だろう。黒川さんが結婚を許してくれるとは思わない。
もしかしたら、黒川さんの選んだ人と結婚させられるかも……いや、それもないな。
金持ちの世界では、いまだに政略結婚が健在らしい。
しかし彼女は嫌々ながらというわけでもなく、自分のフィアンセに惚れ込んでいるようだった。
「彼ね、真っ直ぐで真面目な人なの! 剣道をやってるんだけど、去年の総体連で全国2位だったの! 凄いと思わない?」
「すごーい」
女の子って好きな人の話しかできないの……?
適当に相槌を打ちながら、私は、どうやったら彼女をドン引きさせられるか考え始めた。




