肆拾参
「あの、えーっと……」
そこには知らない男子生徒が立っていた。
スラリと細いが見上げるほど背が高く、胸元では赤いバッチが輝いている。長い髪を後ろでまとめているが、長髪を不快に感じさせない清潔感があった。恐らく上級生だ。
困っている新入生に手を差し伸べる、優しい先輩。
今の構図はまさにその通りだったが、私は気圧された。
先ほどから笑みを浮かべているがーー目が全く笑っていない。
「いや、すまない。何だか困っているように見えてね。困っているレディを放っておくわけにもいかないだろう?」
「はぁ……」
これはまた濃い人が……。
「君は新入生で、しかも編入かな? ここは中等部校舎だが」
やっぱり違うところに迷いこんじゃったのか。
そうだよね〜、持ち上がりの生徒ならこんな場所で迷わないよね〜。あの渡り廊下は中等部と高等部をつなぐためのものだったのか。
「そうだ。見覚えがあると思ったら、君は入学式で挨拶をしていたな。名前は確か……黒川佐凜」
「えぇ」
「俺は神楽坂浩司だ! 君さえ良ければ、教室までエスコートさせてもらおう。お手をどうぞ、レディ」
お手は断固として取らなかった。
しかし親切にあずかって、神楽坂先輩にA組まで連れて行ってもらうことにした。
人の靴に画鋲を入れる人間がいるってのに、片やこんな親切な人がいるなんて思いもしなかった。うん、悪い人ばっかりじゃないよね。
ところで、私を案内して彼は自分のSHRに間に合うのだろうか。
もし間に合いそうにないんだったら、私を置いて行ってくれて構わないんだが。
という旨を彼に伝えると、
「ああ、俺なら平気だ。何てったって、俺だからな!」
ちょっと申し訳ないが、本人がそう言っているから良いか。
「ところで、何で君は俺とソーシャルディスタンスを取るんだい?」
だって怒られちゃうもん……。
ああ、みんながうちの事情を知っていてくれるなら楽なのに。
「うちの過保護者が異性と近づくとうるさいんです!」って、声を大にして言えたら良いのに。
「そんなことより、早く教室に行かないと」
「確かに」
流石上級生。迷路みたいな校舎の地理を把握しているようで、彼は何の迷いもなく進んでいく。いくつか見覚えのない階段を上り下りすると、すぐにA組の教室についた。
「もう大丈夫かな? じゃあ俺はもう行くよ。また会おう!」
「ありがとうございました」
途端、チャイムがなり始めた。
神楽坂先輩が走り出すと同時に、私も教室のドアを開けた。ギリギリ滑り込んできた私に、教室中の視線が向けられた。
クスクス。
クスクス。
囁くような小さな笑い声が、教室のどこかから聞こえてくる。
一人の女子と目が合った。
彼女は私を見据えると口角を大きく吊り上げる。
私の学園生活は、不穏な形で幕を開けた。




