表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/151

小話3 風邪

 

「は……は……ハックション!」


 可愛げのないクシャミで失礼。

 昨夜、妙に寒気がすると思ったらーー朝起きてからずっと頭痛とクシャミが続く。うう、悪寒がする。気分が悪い。


 ......うん、これは風邪だ。


 体温計が確か、そこの引き出しの中に入っていたような......。


「おはようサリン。何か探しているんですか?」

「おはようございます。体温計を探してて……あった」


 私が電子音を鳴らして脇に挟むと、黒川さんは目を輝かせた。

 おい、そんな嬉しそうにするな。


「熱があるんですか?!」

「さあ。ちょっと体調が悪いだけです。ん? 何する気ですか?」

「よくあるじゃないですか。額と額をくっつけて熱があるか確かめるってやつ」


 よくあるけど、実際にするもんじゃないでしょ!


「い、や、で、す!!」

「ほら逃げないで」


 抱きついてくる黒川さんに抵抗していると、ピーと、いつもと違う電子音が響いた。

『ERROR』の角ばった文字。


「暴れるからですよ」

「誰のせいで暴れることになったと思います?」


 もう一度きちんと測ってみると、37度8分だった。


「風邪決定! 学校休みましょう!」


 自分は体調悪いってのに、目の前でそんな風にはしゃがれると殺意が湧いてくる。

 黒川さんはスマホを取り出し、誰かに電話をかけた。


「ああ。サリンが体調不良で。……ああ、今日は休む」


 相手は後藤さんか、それとも仕事の部下か。


 それにしても、週初めに風邪を引くなんてついてない。

 早寝早起きをして、三食栄養たっぷりのご飯を食べて、暖かい毛布に包まれて寝ているってのに風邪を引くなんて。最近寒暖の差が激しかったから、そのせいかもしれない。


「重役会議? 知らん。お前に任せる。こっちは緊急事態だぞ」


 全くもって緊急じゃないよ。

 薬飲んで寝たら治るから、とっとと行っておいで。


「今日は仕事を休みますから、何か困ったことがあったら何でも言ってください」


 スーツがハンガーに戻っていく様を見ながら、おぼつかない頭をどうにか動かす。頭痛は治まる気配を見せない。


 じゃあ早速、風邪薬でも買ってきてもらおうかな。

 下手に看病なんてして、黒川さんに風邪がうつったら大変だ。さっさと出て行ってください。


「そんな顔して……もしかして、私を心配してくれているんですか? 気にしないでください。苦しんでいる貴女を放っておくなんてできません」


 この男が心を読めるのか、私が分かりやすいのか。

 うん、後者だな。


「症状を教えてください」

「頭痛と悪寒が。あと、かなりだるいです」

「典型的な風邪ですね。薬を持ってきます」

「ついでにマスクも……」


 薬を飲み、何年ぶりかのマスクをつけてそのまま横たわった。

 後藤さんが軽めの朝食を用意してくれていたが、食欲がなかったので食べなかった。ごめんねバナナとヨーグルト。

 痛みを紛らわせるため一人会議をする。

 議題は「何でこんな目に遭っているのか」。


 風邪なんて最後に引いたのは小3だし、インフルエンザやその他感染症の類には堂々の無敗だ。

 ……まさか、黒川さんに変な薬でも飲まされたか? あの人ならやりかねないな……。


 黒川さん、心配しているのは本当のようだが、ニヤつきが隠し切れていない。

 病人にちょっかいをかけないでくれると嬉しいんだが。



 ふわぁ……何だか眠くなってきた……。

 寝るか……。



 ***



 黒川真人視点



 サリンが風邪を引いた。

 ふふ、ふふふふ……フフフッ……!! ついに、ついにこの日がやってきた! 待ちに待ったこの日が……!


 口元が緩んで仕方ない。

 確かに心配している。サリンが苦しむなんて望ましくない。でも、それでも少しばかり喜ばしい。

 あの、あの滅多に病気にならないサリンが、ついに風邪を引いたのだ。


「ああ、風邪引きサリンも可愛いなぁ」


 寝ついたところですかさず写真を撮る。

 この間、サリンの写真だけでまたクラウドが埋まってしまった。


 俺はサリンに並々ならぬ感情を抱いている。もはやそれは、愛を超越していると言っても良い。

 サリンを全てを見たいし、全てを知りたい。喜怒哀楽から、絶望、苦しみまで遍く全て。


 今までずっとストーカー……否、愛の観察をしてきた中で、俺はサリンの色々な顔を見てきた。

 だが唯一、病気と泣く姿だけは見たことがない。

 生理的な涙なら見たことがある。だが、あの子が悲しみに震えて泣く姿は一度もない。父親と離れても、俺に傷つけられても、あの子は普通の人間みたいに泣かない。

 強い子だ。心も身体も。


 そう、サリンは人よりずっと身体が強い……。

 子供の頃必ずかかると言われている、はしかやおたふく風邪にもかかったことがないし、インフルエンザでさえサリンの免疫力には敵わない。

 そんなんじゃ風邪なんて引きっこないーーと思っていたが、幸運の女神は俺の味方についたようだ。


 これで、サリンの新たな一面が俺のものに……!



「おおっ……風邪で寝ているサリンは、やはり一味も二味も違う……!!」


 寝てしまったが最後、俺のターンだ。

 スマホの代わりに一眼レフを構え、サリンの寝顔を撮りまくる。色んな角度、距離、構図で。そうだ、ついでにビデオも回しておこう。

 頭痛に苦しんでいるのか、時折サリンは辛そうな声を漏らす。ああ可哀想に。

 何て愛くるしいんだろう。


 顔を赤らめ、喘ぐ姿にーーちらと良からぬ妄想がよぎった。


 フフッ。大丈夫ですよ、サリン。私は紳士です。

 病人()()悪戯しません。



「そうだ。粥を作っておくか」


 紳士たるもの、欲望のまま写真を撮りまくるわけにもいかない。


 サリンが起きたとき、何と優しく声をかけよう。辛そうにしているとき、どんな風に抱きしめよう。

 そうだ。粥を食べる様子も録画しておかないと。

 カメラを持ちながら看病するわけにもいかない。早く小型カメラを隅に設置しないとな。


「サリン、今日も本当に可愛らしい……」



 全部、俺のものだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ