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参拾玖

 

『 Liliane Cellier 』


「わたーしの名前は、リリアーヌ・セリエです。このクラスの担任の先生でーす。1年間よろしくお願いします」


 と、リリアーヌ先生は一礼する。一挙一動の何と洗練されていることか。何だか自分が恥ずかしくなってきた。

 えっと……もしかしてこの学園って、そういう感じなんですか? 担任がこれで、クラスメイトに王族がいるような学校だよ? 

 私みたいな粗暴な人間がいたら品位が落ちるのでは……?


 男子の視線はほぼ、彼女の大きく開いた胸元に向けられていた。絶対わざとだな、あれ。ただでさえ女神みたいな風貌なのにスタイルも良いんじゃ、さぞモテるに違いない。

 黒川さん、何かの間違いで一目惚れしてくれないかな……。


「今ーから、講堂で入学式を行いまーす。私が先導しまーすので、番号順で廊下に並んでくださーいねー」


 並ぶ途中、明らかにわざと肩をぶつけられたり、靴を踏まれたりした。こんなのご令嬢のすることじゃない。さては私以外にも粗暴族がいるな。

 私の前後の人は……あっそういえば、『黒川』と『西園寺』って『く』と『さ』だから、出席番号近いよな。そう思った矢先、私の後ろにあの黒髪がやってきた。やはりお前か。


「ああ。奇遇だな」

「はは……」


 表情から、妙に憐憫の情が感じられる。


「ランスのことだが、面倒だったら全部無視してくれて良いからな。俺が何とかするから」

「無視し続けたら、四六時中追っかけ回されそうな予感がするんだけど……」

「……」


 おい、無言は肯定と取るぞ。


「そっちがどうにかして」

「おい、全部俺に投げるなよ。……い、いや、親友として俺がどうにかするから、そんな目で見ないでくれ」


 この人、イケメンだがやっぱり悪い人ではなさそう。イケメンだが。イケメンだが。

 きっと、自由奔放な親友にいつも振り回されている可哀想な人なのだろう。言われてみれば、苦労人っぽさが雰囲気から溢れ出ている。

 はあ……やっぱり日本男児は良いね。日本男児最高。欧米の積極的な感じは心臓に悪い。


 よし、ランス君は西洋の王子なら、君は日本の王子だ。ジャパニーズプリンスと呼んであげよう。


 そういや、黒川さんも日本男児だな……。



「はーい。私語は謹んでくーださいねー」


 リリアーヌ先生の声が響く。

 流石、この学園は育ちの良い金持ちばかりで、教師の手を煩わせるような行動をしでかす人間はいなかった。風のそよぐ音が聞こえるほど静かなまま、私たちは講堂へと向かった。




 講堂は、先ほどとは打って変わって人で溢れかえっていた。

 テレビでよくみる芸能人や、私でも顔を知っているような大手企業の社長や幹部など、名だたる有名人がちらほら。

 道理で出入り口に武装した警察官がいっぱいいるわけだ。


 そんなビックネームに囲まれている黒川さん。

 周囲の圧に全く物怖じせず、いつもの調子でこっちに手を振ってくる。私は見ない降りをした。


 無視したがーー彼がいることに安堵を覚えた。

 緊張でバクバクが止まらない。でも彼が見ていてくれるなら、もう少しだけ勇気を出そうと思えた。




 入学式が始まった。

 あの司会者、絶対に職員じゃない。聞いたことのある声だな。もしかしてあの方、日本放送連盟(NHR)の大御所アナウンサーじゃありませんか……?

 金持ち学校の式典は伊達じゃないな。

 マイクの横にあるあの盆栽、いくらするんだろう。すれ違う拍子に倒したらとんでもないことになりそうだな。


 開会宣言、学長挨拶、理事長挨拶、来賓挨拶、来賓祝辞ーーと知らない人たちの、大して面白くもない話が終わり……あっ、次私の番?


 お、落ち着け。

 落ち着け私。

 深呼吸。深呼吸を……すーっ、はぁ。うん、全然落ち着かない。むしろ改めて緊張してきた。


 大丈夫。黒川さんが見守ってくれている。

 これが終わったら、いっぱい本を買ってもらうんだ。

 あんなに練習したんだもの。

 私ならいける。私ならーー



『新入生総代挨拶。黒川佐凛』


「はい」


 私は立ち上がって壇上へ歩く。

 新入生、先生方、保護者たちーー会場にいる全ての人間の視線が雨のように注がれる。と同時に、嫌なざわめきが広がった。


『何で西園寺様じゃないの?』


『黒川って誰だよ』


『西園寺様、今回の試験も満点近かったって話じゃないの?』


 うわああ、めっちゃ聞こえてくるぅ……!!

 陰口いうならもっと声抑えてよ!! 丸聞こえだよ! 地味にダメージがでかい!


 西園寺って、あの黒髪ジャパニーズプリンスのこと?

 ……もしかして、今までの最優秀成績者はずっと彼だったのかな。それなら悪いことをしたかもしれない。

 そりゃあ、ぽっと出のよく分からない女が王者を抑えて学年1位になったら、こんな風にざわめくよね……。


 顔を上げられない。

 手汗が蛇腹の原稿に滲むのが分かる。

 歩む足が震えていることに、一体何人が気づいているだろうか。



 私がマイクの前に立つと、ようやく会場のざわめきが収まった。

 だが、彼らの訝しげな、不満げな表情は消えない。


 だから私は彼を探した。

 来賓席。真ん中より少し右。ああ、あの黒いスーツだ。遠くて顔はよく見えないが、黒川さんだと確信できた。

 彼は大きくうなずいた。「やってやりなさい」と、そう聞こえた。


 深呼吸。

 顎を引け。下を見るな。真っ直ぐ前だけを見つめろ。


 私は代表として、凛々しく、堂々と言葉を発した。


「晴天の暖かな空の下、桜舞う景色に包まれながら、伝統ある『玲海堂学園高等部』に入学できましたこと、大変嬉しく思います。また本日は新入生一同のため、栄えある方々によってこの入学式を開いていただきましたことを、心よりお礼申し上げます。


 ・


 ・


 ・


 玲海堂学園の伝統を重んじ、玲海堂の名に恥じぬ相応しい生徒となれますよう、これから精進して参ります。どうか、これから宜しくお願いします。……新入生総代、黒川佐凜」



 一瞬の静寂の後、会場中が地響きのような拍手に包まれた。


 やったー!! やり切った!!

 人目がなかったからここでガッツポーズしてたのに!!


 一言一句噛まなかった自分を褒めちぎってやりたいところだが、余韻に浸っている暇はない。すぐに席へ戻らないと。


 すっかり冷たくなった椅子に座ってひと段落した頃、隣の席のジャパニーズプリンスがささやいてきた。


「良かったぞ。ああいうの慣れてるのか?」

「いや。そういうわけじゃ……」

「そうか。ったく……9年間ずっと俺が学年トップだったのに、してやられたよ。期末では覚悟しとけ」


 ジャパニーズプリンスは子供っぽく笑いながら、ステージを見上げた。


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