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参拾漆

 

 2週間後に届いた合否通知書にあった文字は、紛うことなき「合格」だった。

 決定事項を素直に喜んで良いものか。おそらく普通に試験を受けても合格だったろうが、実力だけで受かったと胸を張れず、少しもやもやする。


 とはいえ、いち早く受験が終わったことは喜ばしい。高校入学までの数ヶ月、ゆっくりさせていただこう。



「そうだサリン。さっき玲海堂から連絡がありました。入学式で新入生総代の挨拶を頼みたいそうです」


 合格おめでとうパーティーの最中、黒川さんがとんでもないことを言いやがった。

 し、新入生代表の挨拶……?!

 いや! むりむりむり! クラス初めの挨拶でさえガチガチに緊張するのに!!


「断っておいてもらえませんか……?」

「ええ〜! サリンちゃん、そりゃもったいねぇよ。総代に選ばれたってことは学年成績トップなんだろう? 絶対記念になるって」


 そう言って後藤さんは、一口で巨大から揚げを食べる。


「せ、成績トップ……?」

「ええ。私も高等部進級の試験でトップだったので、総代の挨拶をしましたよ。せっかく兄妹そろって代表になったんです。ぜひやってください」


 うへぇ、流石インテリ腹黒ヤクザ。昔から頭は良かったんですね。

 黒川さんとオソロとか嫌だな……。


「あ〜、入学式でサリンの晴れ姿が見たいな〜」


 おねだりされても可愛くないもん。

 でも確かに記念にはなりそうだ。もしかしたら代表挨拶をきっかけに、他の人が話しかけてくれるかもしれないし……。

 それにトップ合格で代表なんだから、決して悪い話じゃない。こんな機会、今後の人生で二度とないだろうから……。


 仕方ない。やるか。



 それから時間をかけながら代表の挨拶を練った。

 黒川さんが作った原稿が倉庫の中に残っていたらしく、後藤さんが古い原稿用紙を持ってきてくれた。


「あの時の組長、中々カッコよかったんだ。ね、組長?」


 と黒川さんにウインクを繰り出したが、適当にあしらわれていた。

 そういうわけで、昔の言葉も若干借りつつ、ついに原稿を完成させた。文章を書くのって意外と骨が折れる。黒川さんリスペクト挨拶になってしまったが、本人以外は誰も気づかないだろう。


 それにしても、私が衆人の目に晒されるなんて、黒川さんが一番嫌がりそうだけど……何でこんなに積極的なんだろう。



 原稿用紙と一緒に、後藤さんは卒業アルバムも持ってきてくれた。18歳の黒川さんと後藤さん……うわぁ、まだ幼く見える。

 こいつ、この頃から憎たらしいイケメンだな。


「あれ、制服が違うんですね」

「確か4年前からブレザーに変わったんだよな。俺は今の方が可愛くて好き」


 そうそう、制服と言えば大変だった。


 玲海堂の女子制服は、胸元に可愛らしいリボンをつける上品なブレザー。

 夏服、中間服、冬服とあり、家にわざわざ仕立て屋が着て寸法を測ってくれた。

 こういうのは制服専門店に買いに行くもんだと思っていたが、流石は金持ち。服屋が足を生やしてやってくる。

 お値段は一着20万円。どこぞのハイブランドのデザイナーに作らせたようで、とても庶民価格ではない。絶対にお味噌汁とかこぼせない……。



 制服が届いた時の黒川さんのはしゃぎようったら、まるで子供みたいだった。


 着ることを強要され、およそ3時間半にもおよぶ写真撮影会が行われた。


「可愛い! とてつもなく可愛い! ほらサリン、むすっとしないで!!」


 机の上に並べられた、初めて見る一眼レフの数々。

 く、黒川さん、そのアングルは下すぎませんか? 見えるんで止めてください……!!


 不本意ながら様々なポーズ、表情をさせられた。

 3時間半だよ? 正気じゃない!


 黒川さんは満足そうだったが、私は身も心も疲れ切っていた。こんな恥ずかしいこと……対価なしじゃやってられない!

 そう黒川さんに主張したところ、強く抱きしめられた。これが対価らしい。貴方が嬉しいだけですよね……?



 ***



 卒業式はつつがなく終わった。

 自分が違う中学で卒業式を迎えることになるなんて、2年前の私が知ったら何て言うだろう。

 クラスメイトーー特に女子は卒業アルバムにメッセージを書き合っているが、生憎私にはそんな間柄の友人がいなかった。

 高校で良い友達ができますように。

 少なくとも、卒業式を一緒に祝える友達が。



 短い春休みを終え、待ちに待っていない入学式がやってきた。

 桜舞う晴天の日。これ以上ない素晴らしい天気だ。

 雲一つない青空に反して、私の心は暗かった。


 入学式の日が近づけば近づくほど、後悔の念が募った。

 何で挨拶を引き受けたんだろうか。合格ハイになっていた数ヶ月前の自分を殴りたい。


 絶対に上手くいかない……。

 笑い者になったらどうしよう。台詞を噛んじゃったらどうしよう。原稿は持ち込むが、もしかしたら家に忘れてしまうかも。そしたら一体どうすれば……? 

 いや、それより当日体調が良いかも分からない。

 うう……本番でもないのに緊張で押し潰されそう……。


 願わくば、願わくば挨拶をきっかけに友達ができてくれ!


「あ、さっき挨拶してた子だよね?」

「そうだよ」

「私、山田花子。これからよろしくね〜」

「よろしく!」


 よし、シミュレーションは完璧。他にも何個か会話パターンを用意している。何なら、私から話しかけにいく準備だってある!

 黒川さんも、私が女の子の友達を作るのは許してくれている。

 どうにか、どうにか高校では青春を謳歌するんだ! だからがんばれ私! 挨拶がんばれ!



「私は来賓席にいますから。安心してください」


 安心できない。

 学園を爆破したりしないよね……? 国のお偉いさんが集まっている入学式を占拠して、国に身代金を要求したりしないよね……? 

 未だこの男を信用できない。

 というか、何でお前が来賓席にいるんだ。


「ああ。私、今年から玲海堂の理事になったんです。サリンが入学するからには、色々と経営に首を突っ込ませてもらいます」


 あっ……。



 ところで、高校デビューに先立って髪の毛を切ろうと思ってたんだ。

 黒川さんの要望で伸ばしていたが、腰まであるのは流石に長すぎる。髪型を変えて心機一転したかった。この際ショートカットにしてみようかなって思ってたんだけど……。


「は? 切る?」


 その旨を伝えると、親の仇を見るような目で睨まれた。


「いや、いやいやありえない。ありえないですよ! そんな綺麗な髪を切るって言うんですか?」

「だって髪の毛乾かすの大変だし……」

「私が乾かします! もし切ろうもんなら食べますからね」


 か、髪を? 髪をか?

 この悪食め。


 そんなことを言うもんだから、イメチェンは先延ばしになった。でも、いつかすっきりさせるんだ。



 ***



「ああ……お腹いたいよぉ……」

「ほら、胃薬ですよ」


 いつも通りの車内。

 ただ体調はいつも通りではなかった。


 胃がキリキリと痛む。

 鞄に原稿が入っていることを5回は確認して家を出た。もし忘れても取りに帰れる距離ではあるが、それでも心配だった。

 リハーサルのために少し早くつかなければならなかったし。


「サリンがここまで緊張しいだとは思いませんでした」

「すみません。お恥ずかしいです……」

「いえ。私も苦手なのを承知で、無理を言ってしまいました」


 来賓席の黒川さんに恥をかかせないよう頑張ります……。



 タイヤの鳴らす音が変わった。もう敷地内に入ったらしい。

 私は黒川さんに別れを告げると車内を出た。彼は目的の場所まで送ろうかと言ってくれたが、そこまで頼るわけにはいかない。


 新品の制服に身を包んだ生徒たちが、ぱらぱらと校門から入ってくるのが見えた。

 混雑を避けるため、車登校は原則禁止だ。だが黒川さんは理事で、汚いお金の使い方が世界一上手い男だ。そこらへんはどうにかしているんだろう。


 どうにも生徒たちは新入生らしくない。

 そりゃあそうだ。編入の私からしてみれば新しい学校だが、多くの生徒たちにとってここは、小等部からの馴染み深い場所。

 中学から高校への進級も、ただ校舎が変わるだけに過ぎない。




 講堂で担当の職員へ話を通し、簡単なリハーサルを済ませた。


 まだ会場準備の最中だったが、私はその荘厳さに胸を打たれた。中学時代の体育館の3倍は大きい。

 こ、こんな場所で挨拶すんの……。

 ガチガチになっていることに気づいたのか、職員の人が優しく慰めてくれた。うう、情けない姿を見られてしまった……。


「おや。黒川佐凜さんですかな。初めまして」


 そう声をかけてきたのは、この学園の理事長だった。

 何で私を知っているんだと思った瞬間、黒川さんの顔が頭をよぎった。そうかあいつか。関係者的には、私はあのヤバい奴の妹っていう認識なのか。


 それから簡単な社交辞令を済ませて別れた。

 学長は随分と下手で、私をかなりおだててきた。悪い気はしない。

 最後に「ではお兄さんによろしくお伝えください」と言っていたから、おそらくそれが一番の目的だろう。私を通じて黒川さんに媚を売りたいわけだ。一応伝えておこう。


 私に話しかけようという気配を見せる大人たちを振り切り、私は急いで自分の教室に向かった。

 下心のある大人を相手にするのはどうも苦手だ。

 私のクラスは1ーA。

 高等部校舎の3階にある。


 少なくとも1年は同じクラスなんだ。面倒事だけは起こさないようにしないと。



 リハーサルに行っていたせいで、時刻は集合の15分前。教室にはかなり人が入っている。もうグループに分かれているから、もしかしたら出遅れたかもしれない。

 出席番号順の席ーーお、一番後ろだ。ラッキー。


 席に荷物を置き、誰か話しかけられる人はいないかキョロキョロしているとーー



「あ、やっぱり! あの時の可愛らしいレディだ」



 聞き覚えのある声。


 振り返るとそこにはーーこの間の金髪野郎がいた。


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