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参拾肆

 

 家から玲海堂学園までの距離はそう遠くない。

 何なら歩いていけるほどの距離だが、黒川さんがそれを許さなかった。

 試験会場となる学園の高等部の校舎まで、車でざっと10分程度。通勤ラッシュの時間帯は避けられなかったが、運転手が良い裏道を知っていたおかげで、予定よりも早く会場についた。


 入試なんて初めてだ。

 準備万端だけど……やっぱり、ちょっとだけ緊張する。



「大丈夫。サリンならきっと合格できますよ」


 うん、入学は決定事項って言ったのはどこの誰でしたっけ?


 とはいえ、黒川さんなりの激励だ。緊張する私を気遣っての言葉なのだろう。

 確かに私が緊張する必要はない。

 校外模試を受けるようなものだ。学校の成績に何の影響もなけりゃ、悪い点数だからといってどやされることもない、そんなテスト。


「そういえば、黒川さんと後藤さんも玲海堂出身なんですよね?」

「ええ。後藤は編入でしたが、私は小等部から玲海堂でした」

「そうそう。俺も意外と頭良かったのよ」


 いつもは運転席にいる後藤さんが、今日は私たちと同じ席に座っている。

 今日の運転は後藤さんではなく、いつも黒川さんの車を運転しているプロの方にお願いした。

 決して後藤さんを信用していないわけではないが、この人はちょっとばかし方向音痴なのだ。こんな日に迷われたら困る。


 受験時の服装は制服が基本。

 そういうわけで中学の制服を着ているが、公立高校のセーラー服だなんて、他のお金持ちたちの中じゃ悪目立ちしそうだ。

 他に選択肢がないから仕方ないけど……。


「よし、着いたぞサリンちゃん」



 ***



 車の向こうに広がる世界に、私は感嘆せずにはいられなかった。

 これがかの『玲海堂学園』かと唖然としたが、すぐさま正気を取り戻した。こんなんで驚いてちゃ話にならない。私は令嬢、私は令嬢……。


 学校と呼んで良いものか。

 もはやお城ではなかろうか。

 学園の外観を見てぱっと思い浮かんだのは、迎賓館赤坂離宮だ。以前歴史の資料集でちらと見た程度だが、あまりに豪華だったので今でも記憶に残っている。



 私は気後れしてしまった。

 なんでかっていうと、目の前にでっかい噴水がある。

 車はロータリーを旋回して敷地内に停まったのだが、ローマとかにありそうな噴水があった。



 あっ、なんか急に怖くなってきた。

 試験が怖いんじゃない。学園が怖いんだ。

 何この場所。私、中世ヨーロッパにでもタイムスリップしたかしら……私、ここに通うの……?


「サリン、本当は会場まで一緒に行きたかったのですが……実は、すぐ仕事に行かなくてはならないんです。すみません」

「だ、大丈夫です」


 平常運転の私ならきっと、「仕事頑張れさっさと行け」と悪態づくだろう。ただ存在するだけで人の目を惹きつけるイケメンだ。こいつがついてきたら、きっととんでもない騒ぎになる。

 でも今日は、掌返しではあるが、是非とも一緒に来ていただきたい。

 黒川さん的には母校だろうが、私からしてみれば魔窟。一人で乗り込む勇気なんてない。


 それに、もし他のお嬢様やお坊ちゃまと遭遇したら、私はどう対峙すれば良いの?

 挨拶って「ごきげんよう」で良いのかな。それとも別のハイソなマナーがあるんだろうか。何にも分からなくて怖い。



 受験に使われるため、校舎に高等部の学生はいないが、小等部、中等部の校舎では普通に授業が行われている。

 私たちの試験が終わる頃には、あちらさんの授業も終わって……。うう、出会わないようにさっさと帰らないと。


 黒川さんとの別れを惜しみながら校舎へ入ると、私はめまいに襲われた。

 なんて豪華なシャンデリアだろう。黒川邸にもここまで大きくて立派な代物はない。あれにどれほどの学費が費やされているのかは分からないが、きっとうん千万なんてレベルじゃないだろう。


 ここは玄関ホールのようだが……あっ、あそこに地図がある。係員さんもいるな。

 よーし、いっちょやったろう!



 ***



「緊張するなぁ」

「大丈夫だよ」

「親父が言ってたんだけど、受験料と一緒に寄付した時点で入学は確定らしいぜ」



 あら、皆さん例に漏れず。


 係員の案内を受けて会場の教室までやってきたが、他の教室とは違い、想像よりもずっと朗らかな雰囲気だった。

 ここに来るまでに覗き見してきた他の受験教室では、皆がかじり付くように勉強していたんだけど……。


 友人同士で喋っていたり、本を読んでいたり、スマホをいじっていたりーー入試本番の様子とは到底思えない。

 誰も参考書や単語帳を出して勉強していない。


 そうか……このテンションで良かったのか……。

 だから、黒川さんあんなに勉強しないで良いって言ってたんだな。形だけの試験だから……。


 くっそー、あんなに頑張ったのに! 何だか思いを踏みにじられた気分だ。

 はっ……良いさ。その余裕そうな顔を歪ませてやる。

 私が編入生一位を取ってやるよ!



 そういうわけで一人席に座って勉強していたら、必然的にボッチになった。

 多分、私の悪いところはこういうところだ……。



 ***



「はいはーいお前ら。今から試験始めるぞー。席につけー」


 しばらくすると、教師らしき人間が入ってきた。彼に似た俳優だかタレントだかを、いつかのテレビで見たことがある。

 やはりお金持ち学校の教師だということもあってか、彼の着ているスーツはかなり上物だ。


 スーツ系イケメンは黒川さんで見飽きた。

 女子は色めき、「かっこいいね」と囁き合っているが、騙されてはならない。

 黒川さん然り。波角さん然り。あの誘拐犯然り……イケメンには碌な奴がいない。ここ一年で嫌ってほど体感してきた。


「今から玲海堂学園高等部の編入試験を始める。机の上に出して良いのは、筆記用具、時計、受験票ーー」



 彼の声を聞き流しながら、私は参考書類を鞄にしまった。一人勉強して目立ったからか、彼はずっと私ばかりを見ていた。


「俺は試験監督の成宮だ。今日一日、よろしく」



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