小話1 黒川真人の日常
ー黒川真人視点ー
ヤクザの組長の朝は早い。
朝6時に可愛い妹の隣で目覚めると、すぐさまパソコンを広げる。
今日の天気、ニュース、日経平均株価ーーその他一日を過ごすに不可欠な情報を確認する。
暴力なんて古い。今はすっかりインターネット社会だ。昔のようにクスリや店からのシノギだけでは生きていけない。そうだったらずいぶんと楽だったんだが。
今の時代、物を言うのは情報力だ。インテリヤクザもそれなりに辛い。
「ああ、もうこんな時間か」
6時半になると、俺は朝食を作り始める。
愛くるしいサリンの為の朝食だ。後藤の分もついでに作ってやるが。
今までは自分と後藤しか食べなかったから、適当に冷蔵庫の中にあったものを摘んだり、若いのに近所でパンを買ってこさせたりと、栄養バランスの偏った食事をしていた。
だが! 今はこの子の体調管理もしなきゃならない!
サリンが体調を崩したりなんて考えたら......いや、それも結構良いかもな。病気になったサリンに一日中寄り添って愛を深め合うーー良い。最高じゃないか。
よし、今度、体に負担をかけ過ぎない程度に寝込ませる薬でも盛るか。
「おや、起きたんですねサリン。おはよう」
「おはよーございます……」
呂律の回っていないサリン......可愛い! 今日も最高に可愛い!
ああ、何てことだ。
この子は兵器だ。もしくは、俺を悶え死なせるために神が送り込んだ天使だ。そうに違いない。
欠伸を浮かべ、寝癖立たせ、乱れた服を着るサリン。心なしか込み上げてくるものがある。
もしサリンを好き勝手できるんだったら、このまま遠慮なく襲っている。
ーーといった具合に、毎朝俺は、様々な葛藤に耐えているのだ。
理性を保てているだけ素晴らしいと思わないか。サリンに言ったら褒めてくれるだろうか。
***
7時半過ぎになれば、俺とサリンの朝の幸せな時間はお終い。
お互いがお互いの仕事場に赴かねばならない。
ああ本当に、どうして義務教育なんてものが存在するんだろうか。中学を卒業したら、絶対に家の中から出してやらない。
今はまだ我慢できるが……サリンが中学を卒業するまでしか我慢できない。つまり後2年だ。ああ、2年って長い。
もしかしたら気が変わるかもしれないが、今の計画では一生屋敷の中で飼い殺す予定だ。大丈夫、不自由はさせないからな。
俺の仕事場は、屋敷からはそう遠くないビル街の一角にある。屋敷自体は郊外だから、いつも部下の運転する車に乗る。
大学生のときに免許を取ったが、あれから今まで一度も運転席に座っていない。だが、今度サリンを連れてドライブするのも良いかもしれない。
俺のこの会社は、元々は祖父が税金対策で作ったペーパーカンパニーだった。
だが俺が祖父から会社を引き継いでから、会社の方向性が変わった。ただの貿易会社だった小さな会社が上場し、規模を拡大し、今や業種を越えた様々な事業に手を出している。
吸収合併を繰り返し、今や立派な大型複合企業だ。
今やヤクザ稼業より、こっちの収入の方がメインだ。だからといって、裏稼業を止めるわけではない。暴力も時には必要なのだ。
「あー、イライラする。この世の全てが気に食わない。誰か俺とサリン以外の人間を皆殺しにしてくれないものか」
仕事場に向かう車内。
後藤はサリンの警護についているため、運転手は別の人間だ。後藤ほどではないが、ある程度信用出来る部下である。
「止めてくださいよ。俺も死んじゃいます」
「俺とサリンの為に死ねるのなら良いだろ。死ねよ、舌切れ」
「他力本願な殺人予告をしないでください……何でそんなに機嫌が悪いんですか?」
機嫌が悪い理由......?
そんなの決まってる。
「サリンと五メートル以上離れた時点で、切歯扼腕するほどイラつく」
「すみません、俺よく分からないです。四字熟語が難しいとか、それ以前の問題です」
やはり凡人には理解できないか......。
***
俺の仕事部屋には、大量の”ブツ”がある。
高層ビルの最上階。
地震が起きたら真っ先にぶっ倒れそうなほど高いビルの最上階に、俺の仕事部屋はある。
この会社は、普通の貿易会社だ。
社員は一般人だし、そもそもこの会社が黒川組のものであることを知っている人間が少ない。
もし俺が逮捕されたら、日本の大手企業がドミノ倒しみたいに潰れるな……。それが警察が俺を逮捕出来ない理由の一つなんだが。
「サリン不足で死にそう」
「またそんな事言ってる。ほら、アラビア油田のデータを持ってきましたよ。やる気出してください」
「死にそう」
「さっき”死ね”って暴言吐いてた癖に何言ってるんですか。さっさと仕事しましょうよ。来年には世界の油田の半分を占拠したいんでしょう?」
「油田なんて今時流行らんが、西アジアには利用価値がある。でもな……取引するにはサウジに直接出向かなきゃならないから……ああ、サリンと離れたくない。死にそう」
後藤ならここで「ならもう死んじゃって良いですよ組長』なんて言い出すだろうが、流石にこの男は言わない。
賢明だ。後藤以外がそんな事を言ったら、真っ先に射殺する。
さて、こういうやる気の出ない時に、俺は仕事部屋にある大量のブツを取り出す。
それはーー
紛うことなき、サリンの盗撮写真である。
個人的にはカメラ目線の写真よりも、盗撮写真の方が興奮する。なぜだろう......サリンがいなくても近くにいるような感覚になれるからか?
「あぁ……サリン可愛い。写真から本物を取り出す技術が欲しい......」
仕事部屋の壁一面に写真を貼りたかった。
だが流石に来客があるし、そもそも俺以外に写真を見られたくない。
20分程度眺めていると、退室したはずの部下がまた部屋に入ってきた。
「おい、出ろ」
「そのくらいにしてください。組長、俺が止めに入らないでとずっと続けるでしょう? もう終わりです。はい、終わり」
「ハァ……」
仕方がない。
仕事を疎かにして、サリンに嫌われたり、金を稼げなくなって、サリンに好きな暮らしをさせられなくなったら元も子もないからな。
……よし、今日も一日頑張ろう。




