弐拾伍
「わぁ、怖いなぁ〜」
嘲笑を浮かべる誘拐犯。
その姿はさながら、ごっこ遊びの人質に興ずる大人の姿。完全に馬鹿にされている。
当たり前だ。
今さっき初めて銃を持った少女が、熟練の技術を持った裏社会の人間に敵うはずがない。
人を傷つけることを嫌う人間が、引き金を引けるはずがない。
本当は怖い。
誘拐犯に銃を向ける腕は、小刻みに震えている。きっと彼らもそのことに気付いているだろう。
恐怖で鼓動が高まるのを抑えられない。
それでもーー
「無駄口を叩かないで。伏せてください。足を撃ちますよ」
私は銃口を彼らに向ける。
私は今一人なんだ。
せめて後藤さんが来るまでは粘らないと。
外国人は私の言葉を理解しているようで、すぐさま手を挙げた。
おいコラ、確実に一番言葉が通じなさそうな人が真っ先に動いたぞ、さっさと伏せろ日本人。
私の心情も知らぬ残り二人は、銃なんてどこ吹く風でピクリとも動かない。
私のことを嫌味な笑顔で見つめる誘拐犯と、無表情で立ち尽くす男。
そういえば……このスーツ男と外国人はなんなんだ?
組の関係者? いや、もしかしたらお客さんかもしれない。
「おい、銃を降ろすんだ。君だって本当は、そんなことをしたくないはずだ」
スーツ男は私にそう言ってきた。
ああそうだよ。したくないよ。
だから私は、手を挙げて伏せてって言ってるのに。
「当麻さん。ここは俺に任せてください」
「いや、良い」
ーー”当麻さん”?
「なぁ、あの子は何なんだ?」
「分からない。当麻さんが大事そうに抱えていたから……もしかすると、新しい女かもな」
そういえば、あの二人の男たちがそんなことを言っていた。
誘拐犯が敬語を使うということは、彼より立場が上なのか?
ここの一番奥に人を監禁できるってことは、誘拐犯もそれなりの身分だと思うが……。
分からないが、一生理解する必要はない。
とりあえず、私に近づくな......!
「私の名前は当麻っていうんだ。実は石井に無理を言って、君を連れて来てもらってな。手荒な真似をしてすまなかった」
子供に諭すように、彼は優しく語りかける。
あのね当麻さん、ジワジワと近づいてこないでもらえますか?
撃ちますよマジで。銃を向けられることにもう少し恐怖を覚えてくださいよ。
「ほら、銃を俺に渡し……っ?!」
気がつけば私は、物怖じせず近づいてくる彼に狂気に近い何かを感じ、無意識に引き金を引いていた。
しかしそれは当麻さんに当たらずーーその後ろにいた誘拐犯の足に、弾丸が直撃した。
「っ?!」
誘拐犯は突然の足の痛みに顔を歪め、傷を庇うようにしゃがみ込んだ。
破裂音が金属で出来た廊下に延々と響き続ける。白い床に鮮血の花が咲いた。
だが、それでも彼は笑っている。
「ハハッ! 君凄いね! ただの普通の女の子かと思ってたけど、 ちゃんと撃てるじゃないか!」
そう、嬉しそうに笑う誘拐犯。
なんなんだ一体……気味が悪い。
だが当麻さんは、そんな誘拐犯に目もくれず、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
「本当はそんなことをしたくないのに......無理をしている」
「何を言って……」
ああ、あの鉄の不快な臭いが鼻の内側にこびりつく。
怖い。
逃げ出したい。
けれどもう、 体は震えていなかった。
「早くを伏せてください。貴方も撃ちますよ」
「本当はこんなことに巻き込まれたくない! 平穏な日々が欲しい! ……君は、いつもそう思っている」
「貴方に、私の何が分かるっていうの。本当に撃ちますよ」
何だよ。
だから何だっていうんだ。
確かに私は、平穏な日々が欲しい。
お金が無くても良い、不自由な暮らしでも良い。
平和で静かな日々が、私にとって何よりも尊い。
でもそれは、私の境遇を知っていれば容易に想像がつく。
あらゆる苦しみを耐え忍んできた私の気持ちが、 こんな奴に理解されてたまるか。
私は深呼吸をし、静かに口角を上げる。
「撃つ」という言葉は、本気だ。
私は既に一人の男を傷つけた。
撃った時の衝撃に耐えることが出来れば、私はすぐにだってこの三人を殺せる。
黒川さんはきっと……私が人を殺したって知ったらーー喜ぶんだろうな。
それでも彼は、歩む足を止めない。
誰も傷つけたくないのにーーなんで彼は手を挙げない?! 伏せない?!
自然と、目尻に涙が溜まる。
「私の所においで。私なら、君を救える」
「救わなくて、結構です」
「黒川真人はこの場所を知らない。だから、君はもう安全なんだ。誘拐みたいな真似をしたことは本当に申し訳なく思っている。石井も君に悪いことをしてしまったね」
何が真実で、何が嘘か。
私には皆目検討がつかない。
「大丈夫。君はもう安全だ。傷つけられることも、脅されることも、嬲られることもない。私は君を助けt」
「じゃあ何で、あんな拘束までしたの? あんな部屋に閉じ込めたの?」
「私は石井を見誤っていたよ......まさか、あんな趣味があるなんてな。君を石井に任せた私が悪かった。すまない」
「だって、可愛くって……。それに、黒川真人の妹なんですよ? ちょっとくらい虐めたって損はないじゃないですか 」
「黒川真人嫌いの石井にとっては、そうなのかもな」
初めてだ。
私を救おうなんて馬鹿な真似をしようとしてくれる人は。
それだけは、嘘でも素直に嬉しかった。
でも、私は警察に保護されようが、無理やり日本の外へ連れ去られようが、全力で黒川さんの下へ戻る。
彼を愛しているからなんかじゃない。
父を愛しているからだ。
私を守り、大きな愛情を注いでくれた父を。
もし私が逃げたら、父が殺される。もし私がいなくなったら、父が殺される。
嫌だ。
それだけは絶対にーー
すると、誘拐犯は足を撃たれながらも、私に向かってこう言ってきた。
「君、人殺したことないでしょ? どうかな? 今から俺を殺して、人殺しになるってのは」




