弐拾参
「あいつ、行ったかな……」
スピーカーが切れても、監視が続いていないとは限らない。
かといってこの暗闇の中でカメラをどうこうできない。誰にも見られていないことを祈りながら、私は行動を開始した。
暗闇の中。壁伝いに歩く。
一体どれくらいの広さかは分からないが、必ず出入り口があるはずだ。
「あ、これは……」
探索していると、一分も経たないうちにドアノブのような物が手に当たった。
恐る恐る触ってみるも、電撃や毒が噴射されたり、警告音が鳴ったりする気配はない。何かの罠かもしれないと思ったが、部屋を一周してもドアがあるのはここだけだった。
......どうしよう。少しだけ迷いが生じた。
でも、一歩踏み出さなきゃ何にもできやしない。
ええい、どうにでもなれ!
勢いをつけてドアノブを捻る。
するとドアはーーすんなり開いた。
えっ、ええぇ?!
「え、これ、逃げちゃって良い感じのやつ?」
拘束を外す誘拐犯。逃げてくれと言わんばかりに開くドア。
罠、か? 罠ですか......?
いや……こんな丁寧に開けてくれてるんだ。お望みどおり逃げてやるよ!
***
念のため言っておくと、私は女の子だ。
でも普通の女の子とはちょっと境遇が違う。
ヤクザの組長の妹だ。もし私が小説の登場人物だったら、面倒事に巻き込まれるためだけの存在だろう。もしくはトラブルメーカー。
だから、いざとなったら自分の身くらい自分で守れるように、後藤さんに様々な護身術を叩き込まれた。だからといって相手を簡単にのせるわけではないが、一発ダメージを与えてその隙に逃げ出すくらいはできるようになった。
くっそー、後藤さんめ。
今回の誘拐はともかく、前回の波角さんの時は全然仕事してなかったなあ。
いや、仕事はしてた。意識が薄れゆく中、彼はこっちに走ってきていた。そう、仕事はしていた。間に合わなかったけど。
そんなちょっと頼りない後藤さんでも、いないと不安だ。私は今一人。それなのに、この先にいる人間全てが私の敵だ。
監禁部屋の外の廊下は明るかった。私は警戒しながら歩を進める。
無機質な金属の壁に囲まれた、SF映画の研究所のような場所だ。一体ここはどこなんだろう。他にもドアが会ったが入る気にはなれなかったし、人気も全くない。
外への出口の道標や地図もない……どうしよう、せめて誰か人がいてくれたら良いんだけど。
そう思った矢先、前の方が話し声が聞こえてきた。見つかる前に咄嗟に曲がり角に隠れた。
声が近づいてくる。男二人だ。
「なぁ、あの子は何なんだ?」
「分からない。当麻さんが大事そうに抱えていたから……もしかすると、新しい女かもな」
「でもまだ成人してなさそうだったぞ。あの人、そういう趣味なのかな」
え、それって私のことか?
だとしたらその”当麻”という人が、スピーカーから話しかけてきたあの誘拐犯か。
話に気を取られ、私は自身が見つかる一歩手前だということを忘れていた。
慌てて隠れられる場所を探すも、めぼしいところはない。ただ、脇に設置してある消火器が目についた。ちゃんと定期購入してるんだな、と関心しつつ......。
よいしょ……っと、結構重いな。でも、持ち上げられないわけじゃない。
このまま角に隠れていても確実にバレる。
あんまりこういうことはしたくないけど……先手必勝!!
「良いなあ。俺も可愛い女の子とニャンニャンしたいなあ」
「お前っ、それ死語だぞ。まあ、ちょっとくらいなら味見させてくれるだろ」
私は男が横に来たのを見計らい、消火器を大きく振り上げて、片方の脳天に打ち付けた。
途端に血が飛び散って顔が汚れるが、気にしている暇なんてない。死んでいないと思う、多分。
もう一人は驚いた様子ながらも、すぐさま私と距離を取った。素人ならすぐに殴りかかってくるだろうが、彼はそうではない。
相手は私の力量を把握しようと、構えを崩さず注意深く観察してくる。
私は消火器を再び持ち上げると、今度は粉末の薬剤を噴射し、敵の視界を奪った。怯んでいる間に倒れた男から奪った警棒で殴りかかり、男を押し倒す。
粉で真っ白になった男の首元に、私は警棒を突きつけた。
「ここはどこですか? 答えて」
「うっ……嬢ちゃん中々やるな。ここは戦嶽組の、人身売買用倉庫だ……」
「人身売買……?!」
「ああ……お前が、当麻さんに連れてこられた女だよな?」
「多分そうですけど」
戦嶽組ーー私も名前を聞いたことがある。
確か関西を中心に勢力を強めており、黒川組の次に規模が大きい。黒川とは近畿の派遣を巡って睨み合っているって聞いたけど……。
にしても、人身売買だって?
ということはこの場所には他にも捕らえられている人がいるのか? 私みたいに?
「住所は?」
「細かいのは知らないが、東京湾沿いの地下倉庫だ」
「この先には誰がいるんですか?」
「組の幹部と組織の連中……あとは客くらいか」
「……ごめんなさい、ありがとう」
警棒で衝撃を喰らわせ、意識を奪った。
ペラペラ喋ってくれる人で良かったよ。どちらも気絶しているが、きっと長くは持たないだろう。早く去ってしまった方が良い。
他に武器がないか物色していると、ナイフと、それから拳銃二丁が出てきた。なんちゅう物騒な。ここは本当に日本だろうか。
全部拝借してポケットにしまった。
銃を服に突っ込んでおくのは不安だったので、一丁手に持っておくことにした。
「……進むかぁ」
銃は嫌いだけど。今は仕方ない。
私は覚悟を決め、男たちの身体を跨いで進んだ。




