弐拾弐
あまりの寒さに目が覚めた。
そこは真っ暗な場所だった。
手足には枷がつけられており、私は冷たい床に寝転がっている。
暗さに目を慣らすために何回か瞬きした頃には、私は”好きな先生に裏切られた”と判断できるほどの冷静さを取り戻していた。
罪人よろしく床に放り出された私は、心の中で悪態づく。
監禁方法は波角さんを参考にしてくれ!
あの誘拐は、手の拘束さえなければ百点満点だった!
気絶させる時にスタンガンを使ったのがマイナス20点、部屋の空調がないのがマイナス30点、あと床が冷たいのがマイナス5点ーー不満を挙げればキリがない。
誘拐の仕方に不満をたらせるほどたくましくなれたのは、間違いなく黒川さんのお陰だ。
あの人のせいで多種多様な非日常と恐怖を味わった私は、強メンタルを手に入れていた。
後藤さん、せめて貴方の迎えが遅れなければ……!
いや、彼を責めても仕方ない。今どう対処するかを考えないと。
女一人で私を誘拐できるとは思わない。
確実に手引きした人間、手伝った人間がいるはずだ。
そうなると、誘拐犯は黒川さんに恨みを持った人間か、敵対勢力の人間と考えるのが妥当かもしれない。少なくとも、この扱いの悪さからして私個人が目的の誘拐じゃないな。
「とりあえず、逃げるのが先だよね」
『へえ、誰がどうやって逃げるの?』
突然響いてきた声に、ぞわりと寒気がした。
一体どこから聞こえてくる......?!
空間が狭いのか、声が反響して音源を特定できない。
『怖がらないで良いよ。別に殺そうってわけじゃない』
男の声。
よくよく記憶を辿るが、聞き覚えがない。知り合いではないか。
「誰ですか? 一体何の目的ですか?」
『君は物怖じしないところが良いね! 女ってギャーギャー騒ぐから嫌いだけど、君は気に入ったよ。目的? うーん、そうだなあ……』
一呼吸おいて、男は答えた。
『俺は黒川真人が大っ嫌いなんだ! アハハハハ!!』
彼の笑い声には私を不安にさせる魔力があった。
声が響いて気味が悪い。
そして何が楽しいのか鼻歌まで歌い始めた。これは……最近流行のKPOPじゃないか。意外とミーハーだな。
最悪。急に親近感が湧いてきた。
黒川さんに恨みがある人物ーー志を同じくする人間と会えて嬉しいよ。
黒川組が嫌いなのか、それとも父のように借金を負わされたのか、はたまた個人的に嫌なことをされたかーー
突発的な誘拐とは思えない。都合よく後藤さんが遅れ、ちょうど先生が手伝ってくれと言ってきた。きっと計画的な犯行だ。ただの一般人には難しいように思える。
とすると、波角さんのようにお金持ちか、やはり敵対勢力の息のかかった人間である可能性が高い、か……。
「先生は貴方の仲間ですか?」
『ああ、あれ? うーん、仲間の定義がよく分からないけど、脅して手伝わせただけだから仲間じゃないと思う』
ああ良かった。先生が私のこと嫌いだったらどうしようと思った。
「それで、私をどうするつもりですか?」
『どうしようかな。誘拐はしたけど、後のことは考えてなかったな。どうされたい?』
いや、どうされたいって……。
「家に帰してください」
『ヤダ』
デスヨネー。
これで家に帰してくれたら拍子抜けだよ。誘拐した意味がなくなっちゃう。
『俺は黒川真人が嫌いだから、あいつが一番嫌がることをしたいな。何が一番嫌だと思う?』
「......私が美味しいご飯を食べると嫌がると思います」
『それ、『まんじゅう怖い』的な? 流石の俺でも騙されないよ』
ちょっと阿呆そうだから言いくるめようかと思ったが無理か。
うう、この手枷足枷が重いな……立ち上がったは良いけど歩けないよ。
『ねえ、何が一番嫌かな? やっぱり妹が暴行されたら嫌かな?』
それは私も嫌だ。
誘拐犯はその後も色々と提案してくるが、どれもおぞましい内容ばかり。私に直接聞かせる話じゃない。
ちょっと精神ダメージをくらった。
私の嫌がることなら確実にできてる。
「あの……この拘束、解いてもらえませんか……?」
『ん、良いよ』
「えっ?!」
精神攻撃が止んだ頃、ダメ元で頼んでみると誘拐犯は即座に了承した。
まさかオッケーがもらえるとは思わず、素っ頓狂な声を上げてしまった。どういう仕組みか、枷が全て音を立てて落ちた。
『やっぱり、君を辱めた方があいつもかなりーーえ、何? あの人が呼んでる? 仕方がないなぁ』
ガサゴソと動く音がした。
この空間にいるのではなく、どこかのスピーカー越しに話しているのか。
『ごめん。ちょっと用事ができたから話は後で。俺が戻ってくるまでに何個か候補を考えておいてね』
「あ、はーい……」
『くれぐれも、逃げ出そうなんて馬鹿なことはよしなよ。じゃあまたね』
プツン、とスイッチが切れる音がした。
よーし、逃げ出すぞ!
誘拐なんて慣れたもの。




