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「サリン、今まで隠してすまなかった。実はーー」


 夕食のとき、父は全てを話した。

 ヤクザから借金をしていること、それがとても払える金額ではなくなってしまったこと、奴らがいずれ私を連れ去るかもしれないということーー


「……そう、だったんだ」


 ギリ、と自分の歯が軋むのを感じる。

 何もかも全部知っているなんて、どうして言えよう。父は必死に、自分だけでどうにかしようとしてくれていたのに。


「サリン、次に奴らが来る前に逃げよう。今すぐには難しいが、アテならある。奴らから守ってくれる人たちがいるんだ」

「そう……それなら、良いけど」


 どうにも上手くいかない気がした。



 *



 翌日、何だか体調が思わしくなく、学校を早退して帰ってきた。いつもより三時間も早いから、父は仕事に行っていないかもしれない。


「あれは……」


 思わず足が止まる。

 アパートの前に、似つかわしくない黒塗りの高級車が停まっていた。

 明らかに、いつものヤクザの車ではない。かといって、こんなボロアパートに高級車で乗り付けてくる友人を持つ住人がいるとは思えない。

 私は警戒して、陰から様子を伺った。


 玄関ドアの前には父の姿があった。

 そして、いつもの倍はいるヤクザに詰め寄られている。


「へっへ、良い知らせだぞ、赤城のおっさん」


「組長に聞いてみたんだ。お前の処遇について。すると何て言ったと思う? 『その娘が俺のものになるなら、もう二度と関わらないし、借金も帳消しにしてやろう』ってさ!」


 血の気がひいた。

 急に足に力が入らなくなる。


「まさかあの子を?! 娘は……娘は渡さんぞ!」

「断るんだったら仕方ねーな。赤城、アンタを殺すよ」


 ヤクザの言葉に、父は覚悟を決めたように目を閉じ、そのまま俯いた。

 父は私がまだ学校にいると思っている。


 誰か、誰か周りに人はいないのか。

 急いで辺りを見回すも、人どころか、いつもは騒がしいカラスまでもが、太陽と一緒に雲隠れしてしまっていた。

 そして、道の脇に落ちているパイプに目がついた。


「じゃあな、おっさん。長い間お疲れ様でしたぁ〜!」



 ヤクザがナイフを振り下ろした瞬間ーー私はパイプを持って呼び出した。

 そしてすぐさま間合いをとり、ナイフを持った男の頭を思い切り殴る。


「いってぇ!」

「てめぇこのクソアマ、何しやがる!」


 所詮は中学生の浅知恵。

 大したダメージは与えられなかったものの、ヤクザはナイフを取り落とした。パイプにはほんのり赤い筋がついた。


「さ、サリン?! 学校にいるはずだろう!」

「お腹が痛かったの!」


 勇気を振り絞るため、あえて大声を出した。

 父は今にも泣き出しそうだった。


「私ね、昔っから……頑張るお父さんの姿を見てきたよ。私は、ずっとお父さんに守られてた……だから最後くらい、私にお父さんを守らせて」


 パイプを捨てて、私はヤクザたちに対峙した。


「組長さんに伝えてください。私は貴方のものです、と。そして、もう二度と父に関わらないでくださいとも」

「分かった。別れを惜しむ時間くらいならくれてやるが、すぐにお前を連れてこいとのお達しだ。逃げさせないようにな」

「逃げたら父は殺されるんです。そこまで馬鹿じゃない……」


 父を見る。なんて情けない顔だ。

 きっと私もこんな顔をしているんだろう。


「サリン、父さんはーー」

「今すぐ、本当に必要なものだけをこの中に入れて持ってこい。衣服などはこちらで用意してある」


 父の言葉を遮り、ヤクザは私に大きめのボストンバックを渡してくる。

 私は泣き叫ぶ父の声を無視し、家の中に入った。


 思い出のたくさん詰まったアパート。戻ってくることは、きっともう二度とない。


 これから私は慰み者として扱われるのかな……。

 良い大学に行って良い会社に就職して、父に楽をさせてあげたかった。

 部屋の隅にある勉強机の上には、使い古した参考書や教科書が並んでいた。全部は持っていけないから、特に愛着にあるものだけを選んだ。


 ふと、机の上の写真立てに目がついた。

 私がまだ幼く、母が生きていた頃ーー家族三人でピクニックに行ったときの写真だ。まだ借金もなく、平和な日常だったに違いない。私はもう覚えていない。


 持っていきたい衝動に駆られたが、私はそっと、写真立てをうつ伏せを倒した。家族とは違う人生を歩む。

 もう二度と関わらない赤の他人になるんだ。


 六畳一間の家から必要なものをかき集めるのに、そう時間はかからなかった。

 玄関先に父が座り込んでいる。すっかり絶望的な表情をして呆けていた。私はそっと歩み寄り、優しく肩に手を置く。


「サリン、行かないでくれ……私はもう死んでも良いんだ。だから、あいつらなんかに……」

「ごめんなさい。でも、お父さんを助けるためにはこうするしかないの。分かって。止めないで」


 父は泣いている。


 お父さん、愛しています。

 貴方は私を男で一つでここまで育ててくれた。母がいない分まで愛情を注いでくれた。何よりも大切にしてくれたーーちゃんと恩返しできなくて、ごめんなさい。


「今まで、ありがとう」


 涙を見られないように背を向け、私は車に乗り込んだ。



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