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拾参

 学校は楽しい。

 なんてったって、私は勉強が好きだ。

 テストの点数さえ良ければ、私がどんな容姿でも、生まれでも、育ちでもーー誰も気にしない。私の努力だけが平等に評価される。


 だから友達ができなくても気にしないし……怖がられても気にしない……いや、嘘。ちょっとは気にする。

 そんな私に今日、新しい友達ができようとしていた!


「黒川さん。この問題、教えてくれないか?」


 昼休み。

 ぼっちには辛い時間だ。私は孤独を紛らわせるため、新しく買ってもらった参考書を開いて黙々と問題を解いていた。

 良い参考書や問題集はどうしようもなく高い。今までは中古やお下がりを使っていたが、もう違う! 私はようやくあの男の有用性に気がついた。

 そう、奴は金持ちなのだ。

 ねだればいつでも何でも買ってもらえる!


 そんなわけで、この参考書は紛うことなく新品。

 端が折れていたり、ページが破れていたり、手垢がついていたりすることもない。正真正銘、私が最初の持ち主なのだ。

 これの嬉しさったらない。


 私はそんな自慢の参考書を閉じると、声の持ち主へ顔を向けた。


「ごめん、急に話しかけて。僕は斉藤建人っていいます。ええと……」


 斉藤と名乗る彼は、今私が解いている参考書と全く同じものを胸に抱えていた。


「それは……」

「うん。黒川さんが同じのを解いているから、質問したかったんだ。模範解答を見ても分からなくて」


 確かにこの参考書は、模範解答がほぼ解答だけという鬼畜仕様。普通はその解答に行き着くまでの道筋まで書いてあるものだが、この参考書はそれがない。


「良いよ。どこが分からないの? ……ああ、ここは私もてこずったよ。まずはこの公式を……」


 斉藤くんは私の説明に一切口を挟むことなく真剣に聞いていた。時折「ああ」と声を漏らすくらいだった。



「ありがとう、完全に理解したよ。やっぱり黒川さんは賢いんだな。どこの塾なの?」

「塾には通ってないの」

「ええ?! やっぱり君は凄いなあ」


 塾に通うお金も時間もなかった。

 今なら頼めば通わせてもらえるかもしれないが、黒川さんは嫌がるかもしれない。「私と一緒にいる時間が減るじゃないですか!」とか何とか言って。


「2学期の期末テスト、黒川さんが学年一位だったろ?」

「えっ、そうなの? 先生が言ってたの?」

「廊下に張り出されていたけど……見てないのか。僕がずっと学年一位だったから、すごくびっくりしたよ。一ヶ月も休んでいたけど、もしかしてずっと勉強してたの?」

「ちょ、ちょっと家庭の事情でね……」


 まさかあの早めの冬休みに言及されるとは思いもしなかった。

 友達がいないからすっかり失念していた。急に一ヶ月休むって結構やばいわ。


 それからしばらくこの参考書の良さについて語り合って、昼休みが終わった。

 彼は友達……友達になったんだよね。

 友達も恋人みたいに「僕と友達になってください」「はい」みたいな挨拶を経てなれれば良いのに。雰囲気で察するのは苦手なんだよなぁ。


 *


「サリン、ご機嫌ですね」

「そうですか?」


 私はいつも通りに振る舞っているつもりだったが。

 久しぶりに黒川さん、後藤さん以外と話したのが楽しかったのは確かだ。


 私は今、ある有名なベストセラー作品を読んでいた。

 ずっと気になっていたが、人気作品ということで図書館でも借りられず、ハードカバーなので値段が張って、買えもしなかった。


 本屋で読みたい本を見かけたとき、躊躇せずに買えるのが最低限の生活なのではないかとーー本が好きだからだろうか。私は時々思う。

 ここに来る前は生活費が優先だったから、好きな本なんて買えやしなかった。

 でも今はいくらでも贅沢できる。睡眠前1時間の読書タイムが、私にとって一番の癒しの時間だ。黒川さんがいなければもっと良い。


「サリン」


 名前を呼ばれて顔を上げると同時に、黒川さんは私の本を奪った。

 せめて栞を挟ませてくれーーそう言おうとしたが、黒川さんの雰囲気に言葉が詰まった。軽口を言えるような空気ではなかった。


「黒川さん、どうしたんですか」

「フフフ……まさか私に、こんな人間らしい感情があったなんて」


 黒川さんは本をベッド脇のシェルフに置くと、そのまま私をベッドに押し倒した。

 強い力で抑えられ、身体が軋んで悲鳴を上げてくる。

 今まで何度も押し倒されたが、まだ優しさがあった。でも今日は違う。


 彼は男であると、私にかけられる力が主張してくる。



「貴女が悪いんですよ? こうやって人の気持ちを弄んで……無自覚なだけたちが悪い」

「え、それはどういう……?」


「ほら、サリンは何も分かっちゃいない」


 彼は馬乗りになるとそのまま右手で、私の首をギュッと掴んだ。



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