表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/151

玖拾弐

 

「北条、何でこの場所が分かったんだ。誰が教えた」


 聡は怒りに震えていた。


 家族のパーソナルスペースなだけあって、裏庭の入り口は分かりにくくなっている。入り組んだ廊下を抜けた先に大量のカーテンがあり、その一つの裏にドアが隠されている。

 元々この屋敷は遊び心のある建築家に建てられたらしく、家主でも全ての作りを把握できていないそうだ。

 探検家ランスはこの十年間で、三つの隠し部屋と二つの隠し通路を見つけたらしい。


 北条さんに西園寺邸を歩き回る趣味はないだろう。

 つまり誰かがこの場所を教えたか、私たちを追けていたかのどちらかだ。


「歩いてたらなんかこう、ビビッときたんや。そしたら嬢ちゃんとクソガキ二人が俺様の悪口を言いよったもんで」

「……まぁ良い。それよりここは俺の家で、日本だ。銃の持ち込みはご遠慮願おう」


 そうだそうだ! 日本の治安を乱すな!


「ええやん。いつどこで何が起こるか分からんのやから、護身用に持っとくに越したことはないやろ。急に抗争が始まるやもしれんし」

「俺に向けたのは護身だって言うのか?」


 抗争という言葉ーーそれに刺青、拳銃。

 100%カタギじゃない。ヤクザだ。

 関西弁だけど、西園寺と関わりがあるということは黒川組の人間なのか? 聡と関われるということはそれなりの立場のはずだが、いかんせん私は組の内情に詳しくない。

 若頭とは面識があるが、他は家を警備している若い人の顔を知っているくらいで他の幹部に会ったことはない。


 それでも黒川組の人間なら、黒川さんか後藤さんの名前を出せば引いてくれるはずだ。

 忌み嫌っている立場を利用するなんて情けないが、背に腹は変えられない。



「北条さん。()()()の方とお見受けしますが、所属はどちらですか?」



 そのとき初めて彼の笑顔が消えた。

 見たこともないような冷めた表情に身体が強張る。


「……うちらはな」


 彼は気怠そうに口を開いた。


「簡単に所属ば言わん。喧嘩んときに『自分は何ちゃら組のモンだ』とほざく奴もおるが、あんなんは嘘っぱちや。組の名前を出した瞬間、そいつの責任を組も負うことになる。言っとること分かるか?」


 小さくうなずく。


 逆を言えば、組の介入を許すということだ。

 駅前の酔っ払いが「俺の知り合いはヤクザだ」と言って喧嘩したら、本物のヤクザがやってきて喧嘩を止めさせ、仲介料をふんだくれるということだろう。


「つまり俺が黒川組のモンやと名乗ったら、このクソガキに銃向けたケジメを黒川組がつけなあかんくなる。嘘やったら俺がボコボコにされるだけやけどな」


 虎の威を借りるには代償が必要だ。

 たとえそれが、虎の庇護下にある狐であってもーー


「名乗りたくないということですか?」

「いいや。俺様は自分のケツを自分で拭ける立場や。……俺様、実は関西出身やねん」


 あえて言われなくても分かる。


「関東から中部にかけては黒川組のシマやけどな、関西はちゃう。()()()ーーサリンちゃんなら知っとるよな」

「……は?」



 戦嶽組。


 忘れもしない。

 数年前、好きだった先生を利用して私を誘拐した組織だ。


 あの日握った銃の感触が蘇る。

 そうだ、そうだあのとき、私は生まれて初めて人を撃ったんだ。

 忘れかけていた罪の記憶が、フラッシュバックのように一気に目を覚ました。


 あの場所には限られた人間しかいなかった。

 そして彼は、私の名前を知っている。



「改めまして、俺様は戦嶽組()()の北条末斗や。直接会うのは初めてやけど、部下がずいぶんと世話になったみたいやな」

「聡、離れて!」


 聡を向こうに突き飛ばし、北条さんと距離を取らせた。

 戦嶽組は敵対組織だ。

 また私を誘拐するつもりか、それとも黒川さんに害をなすつもりかーー


「あらら。もしかして警戒されとる? 今日は巴ちゃんの誕生日を祝いにきただけやのに」

「信用できるか」

「そんな言わんといてほしいわ。最近は関東も諦めて、ホームの関西で細々やってるちっちゃい組織なんやで? 黒川と戦争する気なんてあらへんて」


 へらへらと何でもないように笑う。


 黒川組と仲が良いなら問題ないが、そんな話は聞いたことがない。

 黒川さんは誘拐のことを知らないはずだが、薄々勘づいている。戦嶽に対する印象は良くないだろう。


「いやぁ、本当に悪いことしたって思っとる! 信じてくれへん?」

「……」

「そっちだって俺様の右腕に銃ぶっ放してくれたやん。おあいこや。おっと、もうこんな時間か。俺様は巴ちゃんを探しに行ってくるわ。じゃあまた」



 *



 私は椅子に座りこんで頭を抱えていた。

 9月なのに冬のように寒く感じる。見なくても二人の友人が、項垂れる私に声をかけかねていることが分かる。


「やばいやばいやばい……ブラッディーバースデーになる……!」

「お、おい。落ち着けよ」


 聡は分かっていないようだが、これは、かなり、まずい。

 和合していない東西ヤクザのトップが同じ空間にいるなんて、まだ起動していない時限爆弾を抱えているようなものだ。

 北条さんはきっと、黒川さんが来ることを分かっているだろう。


「お前、戦嶽と何があったんだよ」

「何年か前に誘拐されたの。黒川さんにはバレずに内々で済んだけど……」

「やけに誘拐の語り口が軽いと思ったら、慣れてるからなんだね」


 ランスは納得したような納得できていないような、複雑な表情でそう言った。


「……で、戦嶽と西園寺家ってどういう関係なの? 黒川さんは知ってるの?」


 聡は嫌そうに話し始めた。



 西園寺家と北条家は遠戚だ。


 元々北条は京都に門を構える貴族で、北条だった聡の曽祖父にあたる人が西園寺に婿入りしたことで繋がりができたらしい。

 組とは関わっておらず、あくまで親交があるのは家同士のことらしい。



「何で黒川の傘下に入ったの?」

「言ったろ、あのハゲ親父は金の匂いがする方に行くんだ」


 ふとランスの様子を窺う。

 箱入りのおぼっちゃまだから、ヤクザと金のドロドロ話には免疫がないかもしれない。しかし存外平然としており、私たちの話を興味深そうに聞いていた。


「西園寺って日本のマフィア二つに板挟みにされてるんだね。ウケる」

「ウケないぞ」

「待って。ランス、黒川がヤクザだって知ってたの?」


 ランスは困った顔をする。

 仲間外れにしているつもりはなかったが、彼は知らないものかと。


「普通に聡から聞いてたけど」

「いつ?」

「編入試験の日だよ。サリンちゃんに蹴っ飛ばされた後、聡がすぐにサリンちゃんのことを調べてーー」

「その話は良い」


 当時はこんなに親しくなるなんて思いもしなかった。きっと彼らもそうだろう。


 とにかく、北条さんをどうにかしないと。



 黒川さんみたいな危ない変態野郎は一人で十分だ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ