壱
「ほら、さっさと金を出しやがれ!」
「今日払うっつったろうが!!」
もはや見慣れた光景だった。
柄の悪い三人組の男が、玄関で土下座する父を殴る、蹴る。
最初こそ、野次馬精神から様子を見にきた人や、警察を呼ぼうかと言ってくれる人がいた。だが何年もこんな調子で、もう、誰も私たちのことなど気にかけない。
連中は父の頭を踏みつけたり、横腹を蹴り飛ばしたりとやりたい放題だ。力もお金もない私は、ただ眺めていることしかできない。
「申し訳ありません……! ら、来月までには、必ずご用意いたします!」
何年もの間、毎月のように繰り返される借金の取り立て。
父の苦悶に満ちた表情を見るのは、これで一体何度目だ。
私は電柱の陰からそっと彼らの様子を伺う。
「お父さん……大丈夫かな……」
私の名前は赤城佐凜。
母は幼い頃に亡くなって、今は父と二人暮らし。
このボロアパートにはもう何年も住んでいるが、借金の取り立てさえなければ、普通の人が思うほど悪い暮らしではない。そう、こいつらさえいなければーー
学校から帰ってくると、時々この人たちを見かける。
刺青をしていたり、スカーフェイスだったり、ナイフを所持していたり……彼らがただのチンピラだったらまだ良かった。
けど彼らは違う。
ヤクザだ。
「おい、財布だせ。今日のところは、あるだけで勘弁してやる」
父に抗う術はない。ヤクザは財布を受け取ると、なけなしの2000円を抜き取った。
「チッ、これだけか」
「使えねえな。お仕事ちゃんとしてますぅ?」
父は、私にこのことを内緒にしているつもりらしい。
傷だらけの体を見せないように、暴行された後でも笑顔で私の前に姿を現す。私に心労をかけまいとずっと気を遣ってくれているのだ。
父は知らないが、私は部活に行っている振りをして、ちょっとしたところでバイトをしている。
バイト先のオーナーは私の事情を知っており、私がまだ中学生ということもあって、お手伝いに小遣いをあげているという体で雇ってくれている。
そのバイト代を食費に充てたり、ちょくちょくポストに投函される請求書にお金を払ったりしてきた。父だけに重荷を背負わせるわけにはいかない。
けれど流石に、闇金融から借りたお金は返せない。
あまりに途方もない金額だった。
闇金融から借金をし始めたのは、何もここ2、3年の話じゃない。
元々母の病気の治療費のため、一般の真っ当なところからお金を借りていた。
しかし利子のついた借金を返すために借金、それをまた返すために借金、それをまた返すためーー繰り返していくうちに、とても払いきれない金額になり、やっていた店が潰れ、父はついに闇金融に手を出した。
父の抱える借金は5億。そして、娘の私もそれを背負っている。
「本当に申し訳ありません! 来月には、必ずお支払いします!」
父は全てを投げ出したいはずなのに。
やせ我慢をして、毎月飽きもせずにやってくるヤクザに頭を下げる。
もう、逃げてしまえば良いのに。私が全ての責任を負うから。
一時期、身体を売ることも考えていた。
バイト先のオーナーはそれだけは絶対に止めなさいと言っていたが、今となってはもう、それくらいしか……。
「そういえばお前、一人娘がいただろう」
「中々の美人だったが……確か、中学生くらいだろ? 世の中にはそういう未発達なガキが好きな連中もいるんだぜ、おっさん」
「そ、それだけは……! どうか娘だけは……!」
父が解放されるなら、それも止む無い。私一人が犠牲になれば良いのなら……。
夜逃げも何度か考えた。しかし上手くいくはずがない。
相手はヤクザで、それも『黒川組』ーー関西で最も幅を利かせているヤクザグループ。その規模、財力、武力は日本最大だ。
関東中のあらゆる悪事は黒川組に集結すると言わしめるほど、連中の評判は悪い。殺人だって厭わない。このままだと一体何をされるか……。
「おい、そこらの対処は俺らみたいな下っ端がするもんじゃない。上が決めることだ。なんてったって、5億だしな」
「次に来るときまでに、十万くらいは用意しとけよ。じゃあな」
下品な笑い声を上げながら、連中は派手な車で帰って行った。
よし、これであとしばらくは大丈夫。次連中が来るのは、何週間後か、もしくは来月だろう。
まだ時間に余裕があるから、今のうちにお金をかき集めて……。
安心するのが早すぎた。
翌朝、私はそう後悔することになる。