世界を造る話
実在の地名とは関係ないので、怒らないでくだされ
1 高尾山頂
「意味解らん。なにそれ、東西南北?」
葛飾は引き攣った顔で、ほぼそいつの為だけに用意した地図をぶっ叩いた。
「おま、何聞いてたんだよっ!!北連が南下して、もう宇都宮まで来てるって」
渋谷は肩を竦めて、新宿を見た。
「何で、北が南なのー?」
おっとりした美貌、眠そうな瞳だがその奥に冷徹な光があるのは、相棒である新宿には隠さない。状況を最も理解しているのは実は渋谷なのだ。なんせ、実情を調査?している。だからこそ、渋谷は意味が解らないから知らないよという、徹底した傍観者のふりしてやり過ごす気なのだろう。
新宿は怒りを隠せないでいる葛飾や足立の方を見る。
「無駄だって言ってるだろうが。北連が戦を仕掛けでもしない限り、こいつは昼寝してるぞ。俺も、何もする気ないしな」
東京ロックの主戦力とも言える二名は、北連に対して現状では交戦の意志を持っていなかった。 二人とも、元々戦いとは無縁だった筈だ。一生そういう世界の中で生き続けたいと、願うまでも無い平和な国に生まれた。ただ、それが許される世界は途絶えてしまった。為に、無数の敵を抹消し続け、やっと平穏を取り戻したのだ。今更、戦いを繰り返したいなんて思ってはいない。
もっとも、渋谷は決めたルールを破られたら、ずらっと並んだ北連を何の躊躇いもなく始末する。北連は一瞬で、きれいさっぱり消去されるだろう。
一大勢力を誇る北都連合は戦力にして二万を公称。だが、兵の質はロック・S×Sから見たら、藁人形と同じだった。そして、S×Sの戦闘力は加減が利かない類のものが多い。味方も自宅も傷つけないという前提で交戦してしまったら、多分相手を殲滅するしかなくなってしまうのだ。
「じゃあ、北連をどうするんだよっ」
足立が怒鳴る。会議室の空気がいよいよ悪くなってくる。
「協議の上で合流が妥当だって……」
杉並が苦々しげに発言する。
「あんな連中に、東京を好き勝手にさせ」
ガタッと椅子が大きな音を立て、葛飾を遮った。
「あのさー、オレ、忙しいんだけど。ペンギンの餌やりの時間もうすぐだから。四匹だってちゃんとパレードやってくれてさ、超可愛いんだよ。もう、見に行かないとだし」
渋谷は、自分が多趣味だと思う。動物園、美術館、博物館、庭園、色々見て回るのが好きで、その合間にちょっとだけ良い物を食べて、宿題?を色々やっつけて、それで塒でたっぷり寝る。それ以外の事は仕方ないからやる事で、それは極力省エネで行きたいのだ。その価値観から言うと、この会議は非常に無駄だった。
東京ロック連合という組織というか、インチキ集団の幻を抱えたアホ区はものの本質が解っていない。そもそも、東京ロック連合を称したアホ区が欲しがっているものを、北連はちゃんと持っているし、好き勝手なんてしない。してたら、南下なんか出来ない。東京を押さえたら、多分、東日本連合とかって名乗って拡大路線を停止し内部の強化に入る。東京から勢力を西に延ばすのは無理がある。
と、そう踏んで、緩やかな合流を希望する杉並や中野、豊島辺りの読みは妥当で、非常に常識的だと新宿が言った。
東京は、長く、どこにも属さないで放置されていた。それは、偏に、内部が流動的過ぎて、押さえつけても統制が利かない、押さえた先から内乱みたいな面倒な事にしかならない、その上荒廃に荒廃を重ねた旨味の無い地域だったからだ。
それが、東京ロック連合によって統制がとれた、ように見えた。しかも考えられない水準にまで復興した、らしい。だから、北連は南下して東京を押さえに来たのだ。それにしたって最初から武力侵攻なんて、アホ区並のノータリンな事を考えている筈ない。北連はとっても苦労して、足場を固めて良好な統治体制を作った。参加地域は概ね北連に満足している。
特に、協議して合流した地域は、そのままその内部の幹部を登用して現地に置く方式を採用しているから、不満もほぼほぼ出ようがないのだ。見たところを共有する新宿は、そう解説してくれた。
だったら、渋谷としても合流したいなら合流すれば良いと思った。ただ、渋谷は興味ない。勿論、ロックの根幹に関わらせるつもりもない。先行五区にも好き勝手はさせない。人間だけにしか通じない理屈を掲げた連中の事は、渋谷にはよく解らないし関係ない。
それでも、北連がアホ区のお守をしてくれるんなら合流に賛成して、ちょっとなら仕事をしても良い。ホントは渋谷は益体も無い連合なんかさっさと辞めたい。礎石にした奴がいるんだから、礎石が世界と一緒に世界は作ればいいだけだ。造りたい物、欲しい物は沢山あるし、「世界」から言われている事もあるし、アホ区の喚き声には飽き飽きしてる。なんでこんな目に遭っているのか、色々考えてしまう事は沢山ある。
ペンギンの給餌時間が迫ってきていた。
動物園は作ったものの、まだ公開できる場所は少ない。肝心な動物がなかなかスカウト出来ないでいる。そんな中で、やっと念願のペンギンが来てくれた。まだ四羽しかいないが、ちゃんと行列してくれるのだ。
あの絶望しかない暗闇の底で、新宿に聞いた瞬間からずっと見たかったペンギンパレードだ。
葛飾の文句とペンギンとだったら、ペンギンの方が何億倍も大事だ。
「……連合、解散でいいのになー」
ペンギンについつい気がいって、ぼろっと本音を吐いてしまった。
「渋谷ぁぁぁっっっっっっっっっっっっ」
葛飾の怒号は、虚しく空席に達しただけだった。
あれ以来、渋谷は、完全に消息を絶った。区内外のどうしても渋谷の力が必須な仕事はこなしているが、ものの見事なトンズラだ。
S×Sの片割れである新宿ですら、行方はしかと掴めなかった。否、掴む気にならなかった。いつの間にか、渋谷と新宿は、視聴覚の情報を相互に遮断しようとしない限りは共有するようになっていた。だから、制御法を使うまでも無く、渋谷の視覚情報から居所は簡単に割り出せるのだが、あえてそれをする気になれない。新宿は渋谷の情報を遮断していた。
無責任なようでも、戻る必要が出来たら戻る。渋谷はそういう奴だったし、新宿は相棒と気持ちをともにしていた。ただ、渋谷ほどアホ区どもを簡単に見切るのは躊躇われるし、北連に加入し、東京をまともな国?社会?にしようとしている中野や豊島、杉並に協力してやりたい気もあった。住民達の希望もあるのだ。その為には葛飾や足立、北が暴走しないように首根っこ押さえる力が必要で、新宿はそれをする事は決めている。
「新宿。北連とのランデブー地点が決まった。高尾山の山頂、との事だ」
中野の言葉に眉を顰める。
東京ロック連合に、都下は参加していない。制圧するのは爪を切るより簡単だったが、渋谷は無関心。逆に、あちらから打診があれば迎えたかもしれないが、閉鎖的で内部の結束だけはやけに硬い地区揃いの都下は、連合を一切無視してきた。
そもそも六区の環境改善と治安維持活動、と言えば聞こえが良いが、要は自宅の掃除と警備を目的としていたのが本来のロック。その仕事以外したくない渋谷が、そんなエリアの統合に目を向ける筈ないのだ。
渋谷が欲した世界は、覇権主義とも統制管理された社会ともに無縁だった。
それは、本当だったら叶うべくもない、遠い遥かな夢のまた夢で、だから贅沢なもの、だっただけなのだ。
「都下は論外だろ。協議中に天狗に襲われでもしたら……」
「一昨日ぐらいに、北連が高尾エリアを制圧したそうだよ。天狗党が襲い掛かって、あっという間に返り討ちにされたみたいだ」
アホすぎる。さすが、高尾の狂犬・天狗党だ。それにしても、そんな情報知らなかった。
新宿はため息をついた。渋谷は仕事については困った面ばかりだったが、いつもそこかしこ動きまわって見物していたから、情報は瞬く間に集めてくれていた。だから渋谷が都内にいない今、ロック連合は目と耳を半ば失った状態だ。寄りによって都下が進攻された情報は、情けない事に北連の使者が齎したのだった。
「しっかし、高尾までのエリアを突破すんのか。襲われたりはしないだろうが、面倒くせぇな。なんで、ここまで来させないんだよ。待ってりゃ、来るだろ?」
中野は杉並と顔を見合わせる。
「新宿、頼むよ。いきなり北連に肉薄されたくないよ。」
数の上では合流というより併呑と言う方が的確な状況だけに、賛成派でも協議が整うまではご遠慮願いたいのが本音なのだろう。
大体、ロック連合には、基本兵隊がいない。雑兵であろうとも、兵と名のつく人員を持っているのは、皮肉な事に自身の戦闘力が低いくせにタカ派の葛飾、足立、北の三区だけだった。
杉並、中野、豊島、それと目黒、文京は先行してロックに加入しており、ある程度の第五段階までの制御が出来る為、単独で区内を平定出来ており状況が安定している。それ以外の区は、ロックと先行区が緩やかに制御網を作る事で制御段階を上げて区内を穏便に納められるようにしてやっているのだが、それにしても、他区とロック、もといS×Sとは桁が違う。
ずらっと武装した北連に取り囲まれるのは、実力をつけている先行区であっても心臓に良くないに違いない。
「なあ、一緒に来てくれるんだろう。新宿も渋谷だって、北連に合流で良いって言ってくれたじゃないか」
哀願口調の杉並。
良いも悪いも、それしか道はない。もう、皆殺なんてまっぴらごめんだ。それに、北連が来てくれて協力したら、連合が出来てなかったまともな施策、政策レベルの統治なり統制なりが生まれる筈だ。
現状、渋谷の趣味に従い、渋谷の力技で六区や五区内に集められ再生され、ロック・五区全員で運営している各施設群の為に生まれた都合11区の繁栄に類似する状態と違っても、どん底に地道で地味にではあっても旧都区内全域に極めてまともな形で統治のある世界が広がって営まれる事になるだろう。六区に早くから頭を下げ、制御法を与えられ状況が改善している中野、杉並、豊島、目黒、文京は問題ない。だが、力不足で制御補助を受けている有象無象、戦闘力ばかり欲して肝心のそちらは置き去り、そのくせ先行区に劣る状況にイラつき施設を作れ、よこせ、とせがむアホ3区に、統治や統制の為の仕組みを、社会を作る自助努力って奴を北連が叩き込んでくれるに違いない。
渋谷がそれをやれれば良かったのだろうが、渋谷はたった一つの願いを抱いてロックを作っただけで、統制とか統治とかとは違うのだ。新宿自身にも渋谷にも、そもそもそんな野望に似たものは持ち合わせが無い。第一、あんな興味本位に突っ走ったエリア、施設を全域に広げるのもどうかとも思う。普通だったら、動物園や博物館、美術館や庭園等が役場、学校、病院より優先なんてありえない。そして、学校、病院とまともな施設を用意した今、次に掲げた渋谷の目標は御所だった。
新宿でさえ、止めてくれと喉まで出かかったし、そもそも御所ってなに?場所は千代田ねと言って無駄に広大な用地は確保しているものの、江戸城を再現したいのか、京都御所の模倣をしたいのか、意図がさっぱりわからない。だが、御所を再現するべく渋谷は熱心に勉強している。文教の図書館に蔵書がどんどん増えるほどに。傍から見れば狂気の沙汰だった。
学校と病院でさえ、文教が参加を請うてきた時にやっとこまともに設置されたほどだ。あの時も酷かった。二つとも、図書館のおまけでの設置であり、理由も文京だからだった。文教なら、学校がないと名前負けするとかで造りだし、途中で面倒くさくなって台東になれと文教に信じ難い文句を言ったり、出来たら出来たで学校があるなら保健室がいると病院を展開してみたり、渋谷の言動はいつも通りどうしようもない物だった。
そして、渋谷はトンズラしている。
「俺だって、北連の面拝むより、花見に行きたいって」
新宿はつぶやいた。渋谷のトンズラは、思えば季節的なものも重なっていた。春先、花に誘われるように、渋谷は各地に遠征する。何時ぞやは、極北のラベンダー畑まで旅をしてきたらしい。
クールビューティーの権化のような港が、なんとも優しげに口元を綻ばせる。港は一度だけだが、渋谷の花見に同行した。何故、港が新宿を差し置いて同行を許されたのか不明だが、港にとってはエポックメイキングとなる旅だった。
「確かに、あちこちの名所に行ってそうだ。いいよなぁ」
追いかけて行きたいが、新宿が留まっているのに、そんな訳にもいかない。品川も苦笑した。
「高尾で花見、できるんじゃない?良いお酒と自然食、渋谷の倉庫から貰って持ってこうか?」
三人の言い分に、残る千代田と中央は頭を抱える。ただでさえ、ロックの中心メンバー、真の盟主である渋谷がいないのは不味い。その渋谷の足取りを追い連れ戻すなんて事は新宿しか出来ないのだが、その新宿にまで都内を離れられたら、それはそれで目も当てられない。
慎重派の二人は、S×Sが楽観的すぎると案じていた。二人とも突出し過ぎていて、細かな話に興味ないのだ。新宿はそれでも大雑把過ぎるだけだからましと言えばましなのだが、渋谷は本気で色々複雑な人間社会の事など一顧だにしない。
一口に北連に合流といっても、いざ協議となったら、大揉めになりそうな事項が山なしている。だが、二人とも、それにS×Sを価値の絶対基準にしている港も品川も、合流なんてアホ区の厄介払いぐらいにしか考えていないだろう。
「高尾まで行くのは、どうとでもなるだろ。ぞろぞろ22人で出向かなくても、第五制御出来るメンツだけで行けばいいんだ。」
笑みを押さえて港はさらっと言い捨て、留守番組に該当する奴らを見もしない。新宿程ではないが、港も実力は折り紙つきで、渋谷とも仲が良い。そして、渋谷のアホ区アレルギーを最も共有しているのは港だった。品川のいう通り、高尾まで行くなら花見ぐらいせねば割に合わなさすぎるし、そういう宴席に無粋なアホ区の奴は邪魔なだけだ。
不味いなと思いつつも、新宿も花見とアホ区の面倒なら花見が良いし、哀しいかな、その言葉に従えば、リスクも負わなくて済むのが明白だった。だが、そんな事は出来ない。新宿の目に、憤怒の形相が写っていた。
葛飾と足立は顔を真っ赤にして拳を握りしめた。北も唇をかみしめて青褪める。葛飾は港を怒鳴りつけるのを、やっとの事で我慢していた。渋谷と違って、港は問答無用とばかりにかなり手が早い。新宿が止めてくれるだろうが、何をされるか判らない。港と葛飾では、実力の差などという生易しい言葉では済まない。だから、後れを取っている葛飾と二区は常に蔑ろにされている。
何時もそうだ。ロックだった時の六人と、先にロックに追従した、杉並、豊島、中野、目黒、文京の先行5区が事を勝手に進めていく。今はもう、東京ロック連合であって、23区はそれぞれ対等な立場の筈だというのに。区内の施設造営も運営も、何一つ助力して貰えない。華やかなロック、堅実に成長している先行5区、牛歩の如くでも区内が整いつつあるその他の区、それに比して、葛飾と足立、北は完全に置いてきぼりにされていた。
その上、北連に無条件降伏じみた馬鹿げた合流をすると、会議はなし崩しで打ち切られた形になりその方向に進んで行こうとしている。
苦労して区内をまとめ上げ維持しているのは東京ロック連合なのに、何故、北の連中に東京を牛耳らせなければならない?!
「俺達には手勢がいるんだ。高尾山までの遠足程度、ふざけ」
「糧食も装備も、その手勢の分まで整えるんじゃ大変だぜ。自力で何とかなるのかよ?」
港が肩を竦めて応じる。他区におんぶに抱っこ、食料プラントの再建すら渋谷に拒否されている葛飾ら三区に、港だけではなく中央や千代田も視線は冷たかった。渋谷がアホ三区と本人達に面と向かって言い放った葛飾達は、他区から見ると渋谷のご機嫌を損ねる一大要因で、今となってはお荷物以外の何物でもなかった。
つまるところ、ロックの志向性は渋谷と新宿の眼差しの元にあり、特に渋谷の趣味が色濃く反映される。それからすると、兵隊は悪、嫌悪すべきもの、まして生産力がほぼ無い葛飾や足立、北のこきたない御一行様と、歩みをともにするなんて鬱陶しいにも程がある。大体、第三制御までしか出来ない人間と、第五制御まで可能な人間とでは出せる速力が違い過ぎる。制御法を使えない手勢とやらは論外だった。
地の第五制御の地脈行なり、風の第五制御の随風なりを使えば、高尾までの走破はあっけない。ジモティの戦闘集団と遭遇しても、あちらが身構える前に通過してしまえる。もっというと、両者を併用しつつ激突すれば、ならず者連中を問答無用で吹っ飛ばして全滅させることも出来る。
「高尾まで行進したいならすればいい。だけど、お前らが到着する頃には、会談は終わってるぜ」
このまましゃべらせておくと港が爆発し、結果、アホ三区は首と胴体を泣き別れにされかねない。アホであっても区の礎石は必要だろう、多分。
「よせよ、港。それは無しだ。書面に、北連は総帥だか以下、殆どの幹部が揃っているから、東京ロックも幹部全員で来いと書いてある。」
幹部全員というのが、東京ロックの場合、所属人員全てになってしまうのだが、それは北連の知るところではない。新宿の宥めるような言葉に、港はげんなりした表情でそっぽを向いた。
「全員で行くなら、兵隊の同行は無理だな。兵隊に足並み揃えたら時間がかかりすぎるし、兵隊の速力まで上げるなんて労力の無駄すぎる。途中で厄介事が起きたら、俺と千代田、品川で押さえる。文京、豊島、目黒は、それぞれ葛飾と足立、北を確保して走法の補助、杉並と中野は周辺警戒、港は残りの奴らのとりまとめ、新宿はいつも通り指揮を執ってくれ」
ロックの参謀である中央が静かに告げる。
「あっちは万単位の兵がいる組織だぞっ。手勢なしで行ったら、端から舐められるだろうがっ」
葛飾は怒鳴った。兵さえいれば、多少の荒事だってびくともしないのだ。子供のように、文京に手を取って貰って速度を上げてもらう必要もない。
「ロック・S×Sが舐められる?いい加減にしとけよ。新宿一人だって、あいつら殲滅するのは簡単なんだぞ。一分とかからんよ。神焔に北連が対抗できるかよ」
保護者に任命された文京は、保護すべき葛飾の肩を叩いた。手勢など、なんの意味もないのだ。新宿は主として火の制御が得意で、第六制御である神焔を使える。相手を文字通り消滅させられるだけの地球内核の温度に匹敵する炎熱を、周囲に一切影響させず任意の範囲で瞬時に放出し操れる。北連がおかしな真似をしたら、武器を手にする暇も無く幹部全員でも兵隊丸ごとでも、灰すら残さず消してしまえる。
新宿は眉を顰める。文教の言葉は嘘ではないが、真実とも言えない。神焔の制御は難しすぎて、渋谷の補助無しでは怖くて使えない。さすがに、文字通りのフレンドリィファイヤで味方を焼き尽くしてしまう事はないだろうが、思ったような範囲に納められるかは心許ない。それ以下の第五制御の攻撃性の技だと、殲滅には多少の時間、十分ぐらいはかかるだろう。
とにかく、神焔なんて使わない方が良い類の物だった。
「文京。制御法の事はなるべく口にするな。余計な軋轢を生むだけだぞ」
力が無いものは、力があるものを恐れる。恐れは猜疑心に繋がり、不和を呼ぶ。あれだけ圧倒的な渋谷が、派手な制御戦闘を殆どしないのはその為もあるだろう。そして、渋谷には神焔以上の静かなる絶技、地の第六制御・神淵がある。しかも、渋谷は独力で神淵を思うままに発動できるのだ。
渋谷の見物の範囲内では、北連の制御法の実力はかなり低い。それ以前に、制御法を使える人間がいる事が不思議なのだが、ともあれ渋谷がそうと判断するならそれは間違いない。渋谷に実力を隠せるだけのものがいたら、北連はもっと違っている。
「明日、10時には出張るぞ。区内の各手配を怠るなよ」
新宿の締めくくりで、会議場となった文京の学校の会議室から三々五々22人は散った。