4.城壁
そして、数時間後。
俺たちの目の前にあったレンガはすっかりその姿を消していた。
「くっ、中々やるな」
「人間の癖にそれなりにやるようだな」
なぜか達成感を持っていた二人。
俺もレンガが大量に集まったのでそれなりに満足していた。
そして、建築できるものの中に城壁が現れていた。
しかも、レンガをかなり大量に集めたおかげで、速攻作れるほどの材料が溜まっていた。
ただ、そうなると次の問題が出てきてしまう。
――どこに擁壁を作るか。
一度作ってしまうと、領地を広げたときに作り直しになる恐れもあるからだ。
「アルバン、この領地ならどのくらいの城壁があったら良いと思う?」
「今でしたら、町をすっぽり覆う程度で十分かと……」
「いや、将来で考えると人が増えるからな。そうなったときにどのくらいの大きさが必要になりそうだ?」
「ソーマ様のご威光を考えますと、この国を覆っても足りないかと思われます」
当然のように言ってくるアルバン。
それを聞いた瞬間に俺は話す相手を間違えた、とため息を吐いていた。
「いや、さすがにそこまで大きくなったときは別で考える。一般的な町の広さだとどのくらいになりそうだ?」
「そうですね……。それでしたら当面は今の倍くらいの広さがあれば、問題ないかと思います」
今でも建物の数を考えると数十人は優に暮らせる。
その倍、と考えると百人程度が住める範囲……ということになるな。
確かに一旦城壁を作る範囲、と考えると妥当かもしれない。
「ありがとう、アルバン。助かるよ」
「いえ、これも全てソーマ様のためを思ってしているまででございます」
「いやいや、いつもアルバンには助けてもらっている。感謝してもしたりないよ」
素直にお礼を言うとアルバンは目に涙を浮かべていた。
「そ、ソーマ様からそのような謝辞をいただけるとは……。このアルバン、一生胸に刻みつけます」
「いやいや、大げさすぎるぞ……」
苦笑を浮かべてしまうが、アルバンは首を横に振る。
「いえ、むしろ足りないくらいです。そうですね、今の言葉は我が家の家訓として一生教え伝えようかと――」
「そ、それはやり過ぎだ……」
本当にやりかねないアルバンの行動を止める。
「そ、それよりもおそらく壁を築く工事が必要になる。人を集めてくれないか?」
「はっ、かしこまりました! すぐに集めて参ります!」
アルバンは敬礼をすると、大急ぎでその場を去って行った。
あとに残された俺は、早速城壁作りを開始する。
『現在建築できる建物になります。どちらを建築しますか?』
→城壁
城壁に必要な素材はレンガだったようだ。
しっかり水晶にその表示が映し出されていた。
さらに、その詳細情報を表示する。
【名前】 城壁
【必要材料】 レンガ(102/100)
【詳細】 外敵の侵入を抑える石壁。それなりの強度を持っている。
大量のレンガを集めたからな。
城壁を作れるだけの素材は集まっている。
あとは、それこそ建築をするだけ……。
俺はアルバンが戻ってくるのを待っていた。
そして、集まったのは七人だった。
◇
「な、なによ、いきなり呼び出して……。私はまだ食事中なのよ!?」
「えっと、ご飯は食べ終わってからで良かったんじゃないでしょうか? ソーマさんもそのくらい待ってくれると思いますよ?」
「主様ー、私が一番に来ましたよー。ほめてくださいー!」
「大トカゲ! お前、ソーマ様になんたるご無礼を。やっぱりここで成敗してやる!」
「なんだ、髭だるま。やるのか!? 今日こそはこんがり肉に変えてやろう!」
「アルバン様。このあたしがサポートするわ」
「こんがり肉……。じゅるり……」
「相変わらず騒々しいのう。もっと静かにできないのか」
やってきたのはいつものメンバーだった。
ただ、相変わらず騒々しくて、全くまとまりが取れていない。
串に刺さった焼き魚を食べるラーレ。
そわそわと俺やラーレ、アルバンやエーファをキョロキョロ見渡しているクルシュ。
喧嘩を始めるアルバン、ルイスとエーファ。
その側でラーレと同じように焼き魚を食べながら、エーファの姿を見て涎を垂らしていたシロ。
呆れ顔を浮かべながら、その手にはたくさんの薬瓶を持っているルル。
その様子にため息が出てしまう。
「とにかく、今からこの領地が魔物に襲われないようにするために城壁を作る。手を貸してくれるか?」
「主様のためなら魔物くらい焼き払いますよー?」
エーファが首を傾げながら言ってくる。
「いや、そんなことをしたら山火事になってしまう……。人間が生活をする上で必要になる物なんだ。だから、エーファにも協力して欲しい」
「そうなんですね。わかりました。主様の頼みならエーファはいくらでも。髭だるまの倍は働きますよー」
「なにをー! 建築で私を上回るつもりか? トカゲ風情に負けるはずないだろう!」
「アルバン様に認めてもらうために頑張りますね」
「もぐもぐ……、ご飯終わってからなら良いわよ」
「……ご飯は終わらないよ」
「あ、あははっ……。私も出来ることは手伝いますね」
「妾も以前約束したもんな。妾に任せておけ」
皆の協力を得られることが決まったので、俺は早速水晶から城壁作成のボタンを押していた。
すると、目の前にはたくさんの石材やモルタル。使用する道具が現れ、水晶に『60:00:00:00』の文字が浮かび上がる。
60日で作らないといけないのか……。
中々ハードなスケジュールになりそうだ。
俺たちは早速、城壁作成に取りかかるのだった。
◇
1日目。
アルバンが土台となる部分を作り、他のみんなはその指示に従っていた。
「おい、このクソだるま! なんで私がただ見てるだけなんだ!」
エーファがアルバンに対して、怒りをあらわにしていた。
「建物と同様で、基礎が何よりも大切だからな。さすがにお前は不器用すぎる」
意外としっかりした理由だった。
確かに白龍王であるエーファは、細かい作業には向いていない。
もっと大きい作業でこそ、その力を発揮してくれる。
「まぁ、エーファはこの領地の最後の切り札だからな。ここぞという時に力になってもらうために、今はその力を温存しておいてくれ」
「そういうことでしたか。わかりました。主様のために今は監視することにしますね」
なんとか納得してくれたエーファ。
そんな彼女を横目に俺たちは城壁作成を進めていった。
5日目。
城壁に関してはアルバン以上にルイスが詳しいようだった。
そこで城壁作成の指揮をルイスにとってもらうと、更に作業の効率が上がっていた。
ただ、アルバン以外は慣れない作業でほとんど戦力にならず、結果的にアルバンとルイスの二人に任せることとなってしまった。
その際にルイスは「アルバン様と二人きりになれるなんて、ご褒美かしら?」と喜んでいたのだが、時間が足りなくなりそうなので、何か対策を取る必要がありそうだった。
10日目。
ようやく1割ほど進捗した程度。
このままだと確実に間に合わないと俺でもわかる。
そのタイミングでアルバンから申し訳なさそうに頼まれる。
「ソーマ様、少しよろしいでしょうか?」
「――城壁の件だな?」
「はい。このままだと、どう頑張っても間に合いそうにありません。私の力不足で申し訳ありません」
「いや、最初から俺が無茶を言ったせいだ。アルバンのせいではない」
「せめて、もう数人、私たちのような建築に慣れた人がいたら……」
アルバンが申し訳なさそうにしているが、むしろ人を集められなかったのは俺のせいでもある。
むしろアルバンが気にする必要はないのだが――。
「分かった。誰か他に建築できる人がいないか探してみる」
「すみません。よろしくお願いします……」
こうして俺は新たな人材を確保するために領内を歩き回ることとなった。
◇
「そう言うことがあったんだが、クルシュは誰か心当たりはいないか?」
領内のことに詳しい人物。
そう考えた時にまず浮かんできたのはやっぱりクルシュだった。
俺の次にこの領地にやってきただけあって、この領内については彼女が一番詳しかった。
でも、建築できそうな人については心当たりがないようで、首を傾げていた。
「私も心当たりはないですね。アルバンさんが建築については仕切っておられましたので……」
「やっぱりそうだよな……」
「あっ、でも、そう言ったことなら商人さんが詳しいかもしれないですね」
そこで俺は、この領地にクルシュやラーレを連れてきてくれたビーンがいることを思い出していた。
「なるほど、その手があったな。ちょっと行ってくる」
「私も一緒について行きますね」
こうして、俺たちはビーンの商会へと移動していた。
◇
「これはこれは、ソーマ様。本日はいかがされましたか?」
ごますりしながら寄ってくる商人のビーン。
ニコニコと笑みを浮かべながら話しかけてくるので、俺も遠慮なく頼み事をすることができる。
「実は建築ができる人間を探しているんんだ。ビーンに心当たりはないか?」
「建築……でございますか? 力仕事でしたら、元々この領地にいた商人のバルクさんとかが得意だと思いますよ? 日雇いで雇われるようでしたら、数人声をかけさせていただきますが?」
「そっか……、確かに言われてみたらバルクさんも得意そうだな。ありがとう、ビーン。まずはバルクさんに声をかけてからまたやってくるよ」
「はい、かしこまりました。では、それまで私はお待ちさせていただきますね」
ビーンにアドバイスをもらった俺はその足のまま、今度はバルクの商店へとやってくる。
すると、いつの間にか横にはユリさんの料理屋が出来上がっていた。
料理屋はかなり繁盛しているようで、人が並んでいた。
これはユリさんに料理屋を勧めてよかった、と思わされていた。
「おかわりー!」
聞き慣れた声が店の中から聞こえてくる。
「シロちゃん……、一体何をしてるんでしょうね」
苦笑を浮かべるクルシュ。
まぁ、食べ物のあるところにクルシュは必ずいるからな。
俺も呆れ顔になりながら、店の中を覗いてみると、確かにそこにはシロの姿があった。
しかし、それだけには止まらずに、シロの隣にはルルの姿があり、ぐったりとテーブルに突っ伏していた。
「も、もう食べられないのじゃ……」
「あははっ、ルルちゃんって少食なんだね……」
「お主が食いすぎなのじゃ……」
「えーっ、そんなことないよー……。まだまだ腹一分目程度だよー」
「そ、そこまで食べてまだ一分目なのか……」
すでにシロの前には山積みに積み上がった皿が置かれている。
「大丈夫、流石の私でも、ご馳走になるから少し遠慮しながら食べてるから」
「わ、妾の体力はもうゼロじゃのじゃ……」
うん、見たらいけないものを見た気持ちになった。
とりあえず、そっと料理屋を後にしようとする……が、失敗してしまう。
「あっ、お兄ちゃんとクルシュちゃんだー! 一緒にご飯食べない? 美味しいよー?」
「た、助かったのじゃ……。ぬ、主も少し金銭を――」
「俺はちょっとバルクさんに用があってな。後からでいいか?」
「お腹が空いたら仕事なんてできないよー?」
「俺はちゃんと朝ごはんを食ってるから問題ない」
「もう朝じゃないよー?」
時刻はそろそろ昼になりそうな時間。
「まぁ、仕事が終わったら適当に食うよ」
それだけ言うと料理屋を出て行く。
最後にルルの「薄情者ー……」と言う言葉か聞こえてきた気がするが……。
これは気安くシロに奢るなんて言えないな。これからの教訓にしておこう。
「ソーマさん、良かったのですか?」
「まぁ、今のところはルルに任せるしかないだろう?」
「いえ、そういうわけではなくて……」
クルシュは少し言いよどんでいた。
何か別の理由があるのかもしれない。
「どうしたんだ?」
「いえ……。シロちゃん、あの調子だとずっとご飯を食べ続けるんだろうなって思いまして……」
「あっ!?」
い、いったいどのくらい食べるのか、恐怖すら感じていた。




