4.キャベツ
しばらくすると眠たそうに目を擦っているエーファがクルシュによって連れられてくる。
その隣にはキャベツをそのまま囓っているシロの姿もあった。
ブルックは……、まだエーファの頭の上で眠っているようだった。
「ふわぁぁぁぁ……、まだ眠いよ……」
あくびを噛み堪えていたエーファだったが、俺を見た瞬間にピンと背を貼っていた。
「こ、これは主様!? あ、朝からお見苦しいものをお見せしました」
「いや、そんなこと気にしてない。それよりもクルシュから委細は聞いているな?」
「はい。ついにこのエーファの宿願が適うときが来たのですね。あのドラゴンに復讐するときが――」
「ついにドラゴンステーキが食べられるんだね!?」
シロはずっとそればっかり言ってたもんな。
今までの相手だと食べられたら困る相手ばかりだった。
しかし、今回は違う。
「そうだな、もし倒すことができたら思いっきり食っても良いぞ?」
「わーい! それなら本気を出しちゃうよー!」
シロがヤル気になってくれる。
これで問題の一つは解決された。
シロという戦力を存分に使うことができるわけだ。
「一応エーファに聞きたい。黒龍王はどのくらいの能力を持っているんだ?」
「エーファからしたらたいした能力は持っていませんね。能力が強い……というより、厄介なスキルを持っている……と言うタイプですね。エーファに掛けてきた呪いもそうですし、即死魔法や呪術系、あとはデバフ系を得意としていますね」
「即死!?」
さ、さすがにそれはまずいかも……。
いくら対策を取ったとしても一撃で倒されるのは問題がある。
まして、復活魔法がないわけだから……。
「即死魔法は大丈夫ですね。かなり複雑な条件が必要な上に相手の詳細情報も必要になってきて、更に能力差があるときかないので……」
まぁ、そうなるか。
念じただけで相手を殺せるレベルを想定してしまったけど、そんなわけないよな。
だからこそ、エーファは呪いを受けた訳だもんな。
「即死なら既にエーファは死んでる訳か」
「即死なんてこのエーファに効くわけないですよね」
エーファは笑みをこぼしていた。
確かに能力で上だったのなら、エーファに効くはずがないからな。
「でも、能力値に上回ってるのに負けるほどの相手……。かなりやっかいだな」
能力外の強さがあるわけだもんな。
「そうですね。黒龍と言うだけあって、やっぱり闇系統の力は段違いですね」
闇系統……か。それなら聖魔法で対抗はできるのか?
思わず俺はシロの方を見てしまう。
「んっ? ご飯の時間?」
「も、もう、シロちゃん! そんなことを言ってる場合じゃないよね!? とにかく今はドラゴンを追い払わないと!?」
「いや、ご飯の時間で良いな。どうやらこれから向かってくるドラゴンの弱点が聖魔法なんだ。後は言わなくてもわかるな?」
「うん、任せて! 爆破するよ!」
シロが涎を垂らしながらグッと親指を立てていた。
後はそれほど能力がないのなら、全力で強化したら対抗できるかもしれない。
「で、でも、危険だよ……」
ルルはそれでも不安を隠しきれない様子だった。
◇
やっぱり領地の回りには城壁が欲しいな。
ドラゴンが襲いかかってきて改めて思っていた。
今のままでは一気に領地を襲われてしまう。
防衛面で考えるなら、必要不可避だ。
でも、建築を担っているのがアルバン一人だとどうしてもそこまででを回すことができない。
それに町の防衛の要になる城壁は歪な形ではなく、しっかりとした性能を持っていて欲しい。
そんなことを考えながらドラゴンが来るのを待っていた。
その隣でギュッと体を掴んで、恐怖を噛みしめているルルの姿があった。
「大丈夫、俺たちの領地は俺たちが守るんだからな!」
「全く、その自信がどこから来るのよ」
ラーレが呆れ顔になりながら、ツッコミを入れてくる。
「でも、それがソーマさんの良いところですよ。何とかしてくれそうって思えますから……」
クルシュも苦笑しながらフォローを入れてくれる。
「どうせ、高をくくるしかないんだからな。それなら自信を持って挑んだ方が成功しそうだとは思わないか?」
「はははっ、こんなところで破れるはずがありませんからね。ソーマ様は神に愛されしお方ですから……」
「……ピコハンを無理やり渡されただけだけどな」
「神聖武器こそが神の御使いたる証ですから」
でも、よく考えるとあのピコハンのおかげでアルバンとシロがこの領地にいてくれることになったんだよな。
もしかして、普段から装備をしておいたほうが良いのだろうか?
そんな疑問が浮かんでくるが、すぐに首を横に振って否定をする。
さすがにピコハンを構えて、魔物に襲いかかる姿は滑稽以外の何物でもない。
普通の武器もろくに使いこなせないが、それでもピコハンを持つよりはいい。
見た目的に……。
「……来ましたよ」
珍しくエーファがちょっかいをかけずに遠くの空に集中していた。
その隣にはドラゴンの姿に戻っているブルックの姿がある。
「相手は暴虐の限りを尽くす黒龍王ですからね。このブルック、エーファ様を精一杯お守りいたします」
「無理だけはしないでくれよ。一応みんなにバフをかけるからな!」
俺は例のごとく、皆を鼓舞することでそのパラメーターを強化する。
これは主にスキル面での恩恵が大きい。
全部+1されるのだから……。
ただ、これだけではどこまで相手にできるかわからない。
激昂も発動させる。
これは相手に対する怒りによって、周囲のメンバーを強化するスキルだった。
この効果は全パラメーターを倍化させる。
その分、使う制限が出てきてしまうのと、発動の条件も厳しい。
でも、その恩恵はかなり大きい。
その結果、みんなの能力はかなり上がっていた。
例えば、今回の要であるシロの能力だ。
【名前】 シロ
【年齢】 16
【職業】 聖女
【レベル】 28(0/4)
『筋力』 5+1[×2](214/300)
『魔力』 80+8[×2](624/4050)
『敏捷』 20+2[×2](6/1050)
『体力』 7+1[×2](95/400)
【スキル】『聖魔法』14+1[×2](651/7,500)『空腹』5+1[×2](984/3,000)『逃げ足』7+1[×2](1,158/4000)『説得』2+1[×2](63/1,500)
頭のおかしい数値になっている。
ただでさえ、魔力だけなら全盛期のエーファに匹敵するシロ。
その力が今や鼓舞で強化された上で倍加されている。
とてもじゃないが魔法で勝てる相手はほぼいないだろう。
ただ、デメリットが大きいスキル、『空腹』も倍加されてしまっている。
その結果――。
「お腹すいた……」
「さっきご飯食べたところですよね?」
「うーん、三食きっちり食べたんだけどね。まだまだお腹減ってるんだよね」
「成長期ですもんね」
おそらく俺がスキル能力を上げてしまったのが原因だろう。
ただ、その分だけ能力上昇幅も大きくなるので、完全なデメリットにはなり得ない。
そして、しっかり準備を終えると向かってくる黒龍王の姿が見えてくる。
漆黒の巨大な体を持ち、禍々しい魔力を周囲に放ちながら、それを気にすることなくまっすぐこの領地へ向かって飛んでくる。
周りにいる魔物たちはその恐怖から逃げ出しており、まさに孤高の邪龍と言った雰囲気だった。
さすがにあれだけの相手、いくら軽快しても足りない。
俺たちも自分の身を守ることを最優先に死なないように――。
「えいっ!」
シロのいつも通りの声が隣から聞こえる。
その瞬間に黒龍王が爆散する。
「えっ?」
「あっ……、強過ぎちゃった……」
困惑する俺たちを他所にシロは悲しそうな声を上げていた。
「せっかくのドラゴンステーキが……」
「ま、まあ、無事に倒せたんだからよしとするか」
「ステーキ……」
「うそ……、えっ? な、何が起こったの?」
困惑するルル。
なるほど……。圧倒的数値による攻撃だと、これほどの効果があるんだな……。使うタイミングは気をつけないと。
とにかくこれでクエストはクリアだ。
「……復讐ってあっけないものですね」
エーファがぼんやりと黒龍王がいた場所を眺めていた。
確かにここまであっけないとは……。
いや、シロの魔法力が強すぎるんだな。
俺のバフに上限制限がないのも強い要因だったが。
「強い魔法を使ったらお腹すいた。ちょっと尻尾だけかじっても良いかな? ほらっ、その、先っちょだけだから……」
「だ、ダメに決まってますよ!?」
シロが涎を流しながらブルックにお願いをしていた。
もちろん、ブルックは大慌てで首を横に振っていたが、すでにシロの口にその尻尾が収まっていた。
「もぐもぐ……。あんまりおいしくないね……」
「と、当然であろう。私は食材じゃないですから……」
「仕方ないから、キャベツで我慢しておくね」
「最初からそうしてください!」
相変わらず食べ物のことしか考えがないシロ。
「こ、こんなに不幸が簡単に回避されるなんて……」
ルルは信じられないと言った表情で周りを見ていた。
「当然だろう? 俺一人じゃ何もできないけど、みんなが集まったらなんでもできるわけだからな」
「改めて実感したよ……。うん、ソーマを頼って良かったよ……」




