2.不幸
パーティーは結局次の日の朝まで続いていた。
最初はみんな大人しく料理を食べていたかと思うと、いつの間にか料理の食べた量を競い合って、アルバンとエーファが争っていた。
更に、それをブルックが煽る始末。
そして、大食い対決が始まったかと思うと、いつの間にかそこにシロが加わって、シロの圧勝。
そこで一旦騒動が収まったかと思うと、クルシュが目を回して、ソーマにしがみついていた。
どうやら、アルバン秘蔵の酒をジュースと間違えて飲んでしまったらしい。
「なんで、ソーマさんは私の事を見てくれないのですか!? 私はこんなにソーマさんのことを思っているのに……」
むっとした表情を見せながらソーマに詰め寄るクルシュ。
「ちょっ!? く、クルシュ、飲み過ぎじゃないか?」
ソーマがアタフタとしている様は中々珍しい光景でもある。
「そうやっていつも誤魔化して……。今日こそははっきり答えをもらうのですから……。くぅ……」
結局ソーマに詰め寄りながら、そのまま倒れるように眠りについてしまった。
その様子をソーマは苦笑して見つめていた。
そんな光景を少し離れた場所で料理をつまみながら眺めていたルル。
とても幸せな光景。
そこに自分も加われたらどれほど幸せだろうか。
でも、やっぱり自分は加わるわけにはいかない。
自分に掛けられた呪い。
ルルが幸福を感じた分の倍、ルルと近くにいる人たちに不幸が訪れるというデメリットスキル『不幸』。
これのせいでルルは一人でいることを余儀なくされていた。
誰かが近づいてきたら絶対に不幸にしてしまう。
そして、自分も不幸になる。
だからこそ、誰も来ないような深淵の森に居を構え、誰も近づいてこないように噂を流していた。、
全ては自分のスキルのせい……。
そのせいで自分は深淵の魔女なんて呼ばれるようになってしまった。
本当は近い年の子らと遊んでいたかった。
でも、そんなことをして自分が幸福を感じてしまったら……。
「うん、ルルは幸せなんかじゃないんだからね……」
暗い表情を見せながらぽつりと呟く。
誰にも聞かれていないと思い、魔女らしい話し方はせずに。
しかし、それをバッチリ聞いている人間がいた。
「なんだ、やっぱりあの魔女の話し方は作っていたのね。そんな気がしたわよ」
「えっ!?」
全く気配がしなかったのに、振り向いた咲きにはラーレがいた。
「なんだか深刻そうな表情をしていたからね。ちょっと気配を消さしてもらったわよ。こう見えても私はこの領地の斥候を担っているから」
「あっ……」
「大丈夫よ。今聞いたことはだれにも話さないから」
「それを信用しろと?」
「まぁ、一人で暮らしてきたあんたには信用できる言葉じゃないわよね? それは私も良くわかるわよ」
「る、ルルのつらさをわかるはずがない! ルルだって本当はみんなと楽しく話したい! 一緒に笑っていたい! 友達を作ったり、恋をしたり……、年相応のことをしてみたかったの! でも、でも、それをしたらどんな酷いことが起こるかわからないでしょ!?」
目から涙を流しながらラーレに詰め寄るルル。
それが心からのルルの叫びだった。
そして、それを聞いたラーレはため息交じりに答える。
「そこで誰かを頼れないからあんたは弱いのよ」
「なっ!? ルルがどれほど思い悩んだと思ってるの!」
「そんなこと知らないわよ! 私はあんたじゃないからね。でも、私も同じように悩みを抱えていたことがあるの。一人じゃどうにもできないほど大きな悩みをね。莫大な資金が必要になるような、それでいてお金があったとしても解決できるかどうかわからない悩みだったの。それを笑いながら『俺が何とかしてやる!』って言いのけた馬鹿な男がいるのよ」
ラーレはクルシュに抱きつかれて、困惑の表情を浮かべているソーマに慈しみの視線を送っていた。
「まだ私の問題は解決していない。でも、あいつらと一緒にいたらいつかはそれも解決すると思うの。私の悩みを共有してくれるおバカなほどにお人好しなあいつらとなら……」
「で、でも、そんなことをして、あの人たちにまで迷惑を掛けたら――」
「そんなこと、俺が気にするとでも思ったのか?」
「えっ!?」
いつの間にかルルたちの側にソーマが来ていた。
「なんだ、そんなことで悩んでいたのか」
「そんなことって! ルルがこれまで、どれほど、この呪いで悩んでいたと思うの!」
「一人で解決できない悩みは誰かに頼れ! ここには馬鹿が付くほどのお人好しがたくさんいるのだろう?」
「……聞いていたのね」
ラーレはどこかばつが悪そうにしていた。
◆
本当ならルルとラーレの話に入るつもりはなかったのだが、ついつい俺の話が出てきたの会話に参加してしまった。
「全く……。どうせルルのことを気にして、ずっと気に掛けていたんでしょう? あいかわらずなんだから……」
ラーレはやれやれと両手を振っていた。
「まぁ、当たらずとも遠からずだな」
「まぁ、この領地の領主がこう言ってるのだから、素直に聞いておいたら良いんじゃないかしら?」
「い、いいの? ほ、本当に? だって、ルル、みんなに迷惑を掛けちゃう……。またルルの前からいなくなっちゃう……。そうなったらもう二度と立ち直れないよ……」
ルルはぽろぽろと涙を流しながら、それでも期待のこもった視線を俺に送ってくる。
ここの返答は特に大事だろう。
「安心しろ……とは言えないな」
「やっぱりそうだよね……。うん、わかってたよ。迷惑を掛けてごめんね……」
ルルは一人帰っていこうとする。
その手を俺は掴んでいた。
「待て! 冷静に考えてみろ。俺一人の力なんてたかがしれている。今までルルが一人でどうにかしようとしても、どうすることもできなかったんだろう? それならたった一人の力だとどうすることもできないのは自明の理だろう?」
「うっ、それはそうですけど……」
「でも、一人で頑張る必要なんてないだろう? だってここにいるのは俺一人じゃない。少し脳筋なところもあるけど、力仕事はとても頼りになるアルバンがいる。暴走しがちだが、その力はこの領地最強のエーファがいる。勝手に食糧を食べてはクルシュに怒られている聖女のシロがいる。鈍くさいところもあるけど、みんなをよくまとめてくれているクルシュがいる。興味がないフリをしながらも、一番みんなのことを気に掛けてくれているラーレがいる」
「ふ、ふんっ、べ、別に気になんか掛けてないんだからね!?」
ラーレが恥ずかしそうにそっぽを向いていたが、俺は気にすることなく話を続けていた。
「更に今日新しくブルックという強大な戦力も加わってくれた。何もできない領主の俺だけだと、どうすることもできない問題もこれほどの人材が集まったらどうだ? 何とかなりそうに思えないか?」
にっこり微笑みかけると、ルルの目から更に涙があふれ出していた。
「で、でも、みんなに迷惑を掛けるかも……」
「大丈夫だ。迷惑を掛けられるのは慣れっこだ」
「怪我をするかも……」
「治すための薬は準備してあるし、そうならないためにも死力を尽くす」
「うぅぅ……、ほ、本当にルル、ここにいても良いの? みんなと暮らして良いの?」
「もちろんだ! この領地はルルを歓迎するぞ?」
「あ、ありがとう……、ソーマ……。ありがとう……」
何度も嗚咽を堪えながら、ようやく絞り出してきた言葉。
そして、俺に抱きついてくると、そのままワンワンと泣き出していた。




