5.ホワイトドラゴン
そして、ドラゴンの下へと案内してもらった。
深淵の森の更に奥。
回りが少しこげ、黙々と黒い煙が立ち上がり、緑が剥げているその場所に巨大なドラゴンはいた。
確かに色は白。
白龍王と言えば、頷いてしまうかもしれない。
威圧もドラゴン相応にはある。
でも、言ってしまえばただそれだけだった。
本気のエーファが発するような……、それほどの迫力はなかった。
むしろ、アルバンが言うようにドラゴンではなく、ただのトカゲだと思えるほどに――。
だからこそ、俺たちが何かする前に決着は付いていた。
「おい、お前!」
「この我を白龍王だと知っての――」
「――なんだ、ただの死にたがりなトカゲか」
エーファが低い声を出すと、その瞬間に白龍王を名乗るドラゴンは驚きで口をぽっかり開けていた。
「ま、ま、まさかお前は……。いえ、あなた様は……、ほ、本物の白龍王エーファ様!?」
「なんだ、知り合いか?」
「全く身に覚えがありません……」
はっきりと言い切ってくるエーファ。
すると、巨大なドラゴンがまるでごますりのごとく手をすり合わせて言ってくる。
「あ、あなた様が行方知れずと聞き、こうやってあなた様の名前を騙れば、本人が来てくれるかも……と思ったのですが、まさか本当に来てくださるとは……。このブルック、感激の極みにございます……」
「知ってるか、エーファ?」
「いえ、私は全く知りませんし、私の目には主様しか移っておりません。暑苦しいチビドラゴンのブルックがやってきたなんて、知りません」
「知ってるじゃないか……」
どうやら、エーファの知り合いらしい。
それならわざわざ戦う必要はなさそうだ。
「よかった。それならエーファが話して、この場から去ってもらうように頼んで――」
「今まで、どこにおられたのですか? それにそのちんちくりんな人間の姿……。ま、まさか、そこにいる人間に脅されているのですか!? ぐぅぅ……、許すまじ、人間」
全く話を聞いてくれそうになく、俺のことを睨んでくるブルック。
「よし、エーファ。俺のことを全力で守ってくれ!」
「主様が私にお願いを……。このエーファ、身命を賭して、その命を遂行します!」
エーファがなぜかうれしそうに涙を流しながら、俺の前に立つ。
「ぐっ、白龍王エーファ様。まさか、そこの人間に操られているのですか? それなら、操っている人間をぶっ殺して、元のエーファ様に戻っていただく!」
なぜか殺気満々のブルック。
簡単に勝負が付くかと思ったのに……。
残念に思いながら相手の出方を待っていた。
すると、何かをするわけでもなく、エーファがゆっくりとブルックの方へと歩み寄り、そして――。
ぽこっ!
今の姿のまま、ブルックの頭を思いっきり殴っていた。
もちろん、弱体化しているエーファの攻撃力はたかがしれている。
龍魔法を使えば、まだ圧倒的な力を出せるが、通常の攻撃はそれこそ俺ですら防げるほどに――。
だから、ブルックにダメージを与えれるはずもなかった。
「え、エーファ様!?」
「このエーファ、黒龍王の呪いにより死にかけた。そんなエーファを助けてくれたのが、こちらにおわす主様、ソーマ様だったわけだ。我が命の恩人を愚弄することはこのエーファをも愚弄することと均しいとしれ!」
「は、ははぁ……」
ブルックが頭を垂れてくる。
「頭を下げるだけで許して貰えると思ったのか? その命を持って――」
「待て待て! そこまでしなくていい」
ただ、エーファを思うが故の行動。
確かに迷惑を掛けた人もいるだろうし、このままこの深淵の森に滞在して貰うのは困るが、その程度。
ここから離れさえしてくれたら俺たちはそれで構わなかった。
しかし、どうしてドラゴンはこうも違った捉え方をしてくるのか……。
ブルックは涙目になり、感動のあまりワナワナと震えていた。
「どうだ、これが我が主の寛容さだ。人間などにしておくには惜しい程の逸材。まさに神の如き人だろう?」
「ほ、本当にそうでございます。エーファ様が心酔される気持ちも良くわかります。これほどできた人間、他に見たことがありません。人間どもと言ったら、我々のことを素材や食材にしか見えていないと思っていましたが、まさかそうではない人間がいるとは――」
後ろでサッと三つ叉の槍を隠して、涎を拭っていたシロの姿を俺は見逃さなかった。
だからこそ、俺はブルックの言葉に苦笑いを浮かべる以上のことはできなかった。
しかし、戦わずしてドラゴンを制してしまったことを、一緒に付いてきていたルルは驚いていた。
「うそ……、妾がこれほど悩んでいたドラゴンをほんの一瞬で……。妾が今まで悩んでいたのはいったい何じゃったのじゃ……」
「一人だとできないことが、仲間がいたらできるだろう? こういうときに頼りになるんだ」
「ほ、本当にそのようじゃな……」
目の前の光景を見てもまだ完全に信じられないルル。
「せっかくだ。エーファ、ブルックも俺の領地に来ないか誘ってみてくれないか?」
もし来てくれるなら大敵に対する最大の防衛になってくれる。
そう思い、エーファに頼んでみる。
「主様もああ言っている。どうだ、ブルック。エーファたちの領地に来ないか?」
「よ、よろしいのですか? 一度は襲おうとしたこの私を――」
「あぁ、構わないぞ?」
「それじゃあ、ぜひお願いします!!」
ブルックが頭を下げてくる。
その表情はとてもうれしそうだった。
「それじゃあ、これからよろしく頼む。ただ、そうだな。今のままの姿だと俺の領民が驚くかもしれないな。ブルックもエーファみたいに人化したりとかはできないのか?」
「そ、それが――」
ブルックは言いにくそうに言葉に詰まっていた。
すると、ブルックの代わりにエーファが教えてくれる。
「主様、人化の術はかなり高度な術でして……、ドラゴンの最高峰たるエーファはできましたが、ブルックはまだ……」
「なるほどな……」
「いえ、お気になさらないでください。全てはこのブルックの力不足が所以。もっと力を鍛えて出直して参ります!」
ブルックはガックリと肩を落として、目で見えるほど落ち込んでいた。
すると、水晶に浮かんでいたブルックのステータスが消えていくのが見て取れた。
ただ、完全に消える前に一つのスキルを発見する。
【名前】 ブルック
【年齢】 63
【職業】 ホワイトドラゴン
【レベル】 20(0/4)
『筋力』 40(974/2050)
『魔力』 30(852/1550)
『敏捷』 20(2998/1050)
『体力』 24(4110/1250)
【スキル】『龍魔法』8(514/5000)『怪力』7(957/4,000)『咆哮』5(225/3000)『縮小』5(954/3,000)
「もしかして、縮小のスキルって自身の体も小さくすることができるのか?」
それを聞いた瞬間にステータスが消えていくのが止まる。
何とか今は思いとどまってくれたみたいだ。
しかし、それもいつ気が変わるかわからない。
なるべく早く決意してもらわないと……。
「もちろんです。元々自分の体を小さくするためのスキルですから……」
「そうか……。それなら試しに今ここでそれを使ってくれないか?」
俺の考えが正しかったらそれで問題ないはずだ……。
ただ、訳もわからないブルックは不思議に思いながら、縮小を使っていた。
◇
「ちっこくなりましたね……」
ブルックのサイズは手のひら大に変わっていた。
「どうでございます? これなら問題ないですか?」
ブルックは不安そうにしながら俺の目の前に飛んでくる。
「確かにこれなら怯える人たちはいなさそうだな。クルシュはどう思う?」
一番普通の人の感覚を持っているクルシュに聞いてみる。
「そうですね。まだ凶暴そうには見えますけど、サイズが可愛らしいので、緩和されてますね。ソーマさんのペットと言えば大丈夫だと思いますよ?」
「ぺ、ぺ、ペットだと!? この最強種であるドラゴンの私をペットだと!?」
ブルックが憤慨してみせる。
しかし、それと同時にエーファもワナワナと肩を振るわせていた。
「エーファ様もわかってくださいますか? 最強のドラゴン種がペット扱いなんて万死に値する――」
「主様のペットにしていただけるなんて、なんたる名誉。なんたる恩賞。それをこのエーファではなく、小童のブルックにお与えになるなんて……。え、エーファが何か悪いことでもいたしましたか?」
態度が全く違った。
馬鹿にされたと思ったブルックは悔しがるエーファを見て、困惑している様子だった。
しかし、それは俺も同じだった。
どうして、ここまでエーファはペット扱いして欲しいのだろう?
そこで、エーファが一人孤独だったことを思い出した。
口では強がっていたが、本当は寂しがっていたのかもしれない。
そのことを思い出した俺は、エーファの頭をそっと撫でながら言う。
「エーファは俺の家族みたいなものだろう? 今更何を言ってるんだ?」
すると、周りにいた皆が驚きの表情を浮かべる。
「えっ、エーファちゃんが家族ですか!?」
「な、何を馬鹿なことを言ってるの!?」
「ドラゴンステーキ食べたかった……」
「ソーマ様はそこにいるトカゲに騙されてるんですよ。このアルバンが正気に戻して差し上げます!?」
俺の領民はみんな家族みたいなものだからな。
ということが言いたかっただけなのに、なんでここまで盛大に五回されているのだろうか?
ただ、それを聞いたエーファは一瞬呆けていたものの、すぐに笑顔に戻っていた。
「えへへっ、ありがとうございます。主様……」
本当にうれしそうな笑顔を俺の目の前で見せてくる。
それを見た俺は思わず頬が赤く染まってしまった。
◆
ソーマたちの様子を遠目で見ていたルルは不思議そうにその光景を眺めていた。
(家族……か)
ずいぶん昔に、自分にも家族がいたことを思い出す。
しかし、そんなモヤモヤはすぐに振り払って、改めてソーマの表情を見る。
今まで敵だったものが楽しそうにしているその光景……。
自分も加われるものならぜひそうしたい。
でも、自分にはそんな権利はない。
(妾が楽しむと他のみんなが不幸になるのだから……)




