3.チビ魔女
「やはり魔女は中々侮れない相手のようだ。これからも注意していくぞ?」
「そのようですね。警戒心を高めないと……ですね」
「私の後に付いてきてくれたら大丈夫よ」
ラーレがぷいっと顔を背けていた。
「そうだな。回りの探索はラーレが断トツだもんな」
「ほ、褒めたって何も出ないわよ!?」
今度は恥ずかしそうに顔を背けていた。
しかし、すぐに真剣な表情を見せてくる。
「ソーマ、何かくる……」
ラーレのその様子を見ると何かあったことが一目瞭然だった。
「主様、エーファの後ろに……」
「ソーマ様は私の後ろに……」
またアルバンとエーファが喧嘩をする。
「とりあえず、二人で敵の相手をしてくれ。クルシュは俺の後ろに。シロも一緒に来い!」
「は、はい……」
「えぇ……、私も敵を爆破させたいなぁ……」
素直に後ろへ来るクルシュと文句を言いつつそれでも俺の指示に従ってくれるシロ。
「ラーレ、敵の正体がわかったら言ってくれ」
「えぇ、分かったわ」
完全な戦闘態勢を整える。
そして迫り来る危険な敵を万全の体制で迎え撃つ。つもりだったのだが……。
「ソーマ、敵が見えたわ。敵は……子供よ」
「こ、子供!?」
その言葉を聞き俺はエーファの顔を見てしまう。
見た目が子供っぽいのは、この中だとエーファくらいだった。
「主様、エーファは関係ありませんよ!?」
「それもそうだな……。でも、子供が襲ってくるって、どういうことだ?」
よくよく目を凝らして見る。
すると、森の奥からやってきたのは、小柄な少女だった。
それも俺たちの中で一番小柄な Aエーファと同等。
いや、それ以下かもしれない。
本当に子供としか言えないようなぐらいの身長しかなかった。
髪の毛は漆黒の長い髪で、外見も真っ黒なローブを着ている。
見た目だけは、すごく怪しい雰囲気を漂わせている上に、年数が経ったような気の杖を持っている。
見た目が子供じゃなかったら、どう見ても魔女としか思えない風体。
でも、さすがにこんな子を魔女と勘違いするとは思えなかった。
「君こんなところにいると危ないよ? どうしてこんな所にいるんだ?」
危険だとわかっていないのか、アルバンが少女に話しかける。
すると、その瞬間にアルバンの巨大な体は吹き飛ばされ、後ろの大木に叩きつけられていた。
「がはっ!」
「この森に侵入する愚かな者たちよ。早々に立ち去るがいい 今ならばまだ見逃してやらんこともない。襲いかかってくるなら覚悟をするといい。この深淵の大魔女であるルル様が直々に相手をしてやろう。さあかかってこい」
杖を構え、怪しげな視線を向けてくる。
やはり、その台詞は魔女そのものだった。
しかし、つたない声と容姿が邪魔をして、魔女に見えるはずもない。
ただ、それよりもアルバンの方が気になった。
「だ、大丈夫か、アルバン。回復薬を飲むといい」
慌ててアルバンに近寄ると回復薬を飲ませる。
「そ、ソーマ様……、申し訳ありません。助かりました……」
アルバンはそこまで深い傷ではなかったようで、回復薬を飲むとすぐに治っていた。
「見た目で相手を判断するな。この魔女、強いぞ……」
実際にどれほどの能力を持っているかはわからない。
見た目に騙されてその能力を見誤ることは問題がある。
だって、俺たちの中にも幼女の姿をした白龍王がいるのだから……。
「はい、申し訳ありません」
「はははっ、所詮筋肉は筋肉だね。主様を守るのはこのエーファの役目……ですね」
「そんなことを言ってる場合じゃないでしょ!? 魔女が来るわよ!?」
ラーレが慌てて、注意を促してくる。
「ほ、本当に魔女か?」
「もちろんじゃ。妾はこの深淵の森を守りし大魔女、ルルであるぞ。せいぜい敬うがいい」
「どうみても子供じゃないの?」
シロが思わず本音を呟いてしまう。
「わ、妾のどこが子供じゃ!? もっとよく見ると良い!!」
言われるがまま、じっくりルルのことを見る。
どう見てもやっぱり子供にしか見えない。
むしろ、子供そのものだった。
「――子供だな」
アルバンが再び呟いていた。
その瞬間に再びアルバンの体が吹き飛び、後ろの大木に体を打ち付けられていた。
「がはっ!!」
「あ、アルバン!?」
「わ、妾は子供じゃない!!」
ルルは大声を上げて必死に言ってくる。
「妾はこの深淵の森に200年住んでいるのじゃぞ? 子供なんかじゃないぞ?」
「あ、あぁ……、わかった。わかったから、もう吹き飛ばさないでくれ……」
アルバンはようやくルルが魔女だと理解したようで、これ以上何も言わなかった。
「ふむ、わかれば良いのじゃ」
満足げにルルが頷いていた。
すると、クルシュが目を輝かせながら言ってくる。
「ルルちゃんですね?」
「だ、誰がルルちゃんじゃ!?」
ルルが杖を振ろうとするが、シロも同じように三つ叉の槍を構えていた。
「クルシュちゃんには手を出させないよ!」
「――その魔力、聖女?」
「うん、私は聖女だよ? 魔女相手にも十分戦えると思うけど?」
「……たしかに相手が悪いかな」
ルルは杖を引っ込めていた。
ようやく話す態勢が整った……とも言える。
「どうぞ、ルルちゃん、お菓子でも食べますか?」
「わーい、って食うか!!」
一瞬お菓子を受け取れそうになっていたルルだが、すぐにそれを払いのけていた。
「もったいない……。 いらないのなら私がもらうね」
地面に落ちたお菓子はシロが回収して食べていた。
「さ、さすがに地面に落ちたものは食べなくていい……っていうか、食べたらダメですよ!?」
大慌てでシロからお菓子を回収しようとする。
しかし、既にお菓子はシロのお腹に収まっていた。
「やっぱり、おいしいね。クルシュちゃんの料理は――」
「はぁ……、ダメですよ。そんなものを食べたら……。別のお菓子を用意しますね。ルルちゃんもそれでいいですか?」
「うん……。って、違うって言っておるわ!」
クルシュの言葉にルルは翻弄されているようだった。
「それより、どうしてここにきたのじゃ? ここは妾の縄張り。奪うというのなら本気で抵抗するが?」
「あぁ、そういうことか……」
深淵の森に居住するルル。
そこに知らない相手が入って来た、ということは俺が領地へ攻め込まれた感覚と同じなのかもしれない。
危険を排除することはすることは、何もおかしいことではない。
だから、子供なのに魔女っぽいしゃべり方をして、敵を排除してきたのだろう。
「俺たちは別にここへ攻めに来たわけじゃないぞ? ただ、万能薬の素材になる毒草を探しに来ただけだ」
俺が理由を説明すると、ルルはなぜか目を輝かせていた。
「ば、万能薬じゃと!? ほ、本物か!?」
「いや、まだD級のものだけだな。ほらっ」
カバンの中から万能薬を取り出す。
すると、一瞬でそれをルルに奪われてしまった。
「こ、これが万能薬……。少し淀みを感じるね。だからD級の万能薬なのかな? 味は……、にがっ。あまり、飲む人のことを考えられてないね。でも、病気を治すような薬だから、下手に間違えて飲まないように、苦い味にしてるのかも。効果は……、弱い毒とか麻痺の治療くらいかな?」
一瞬でこの薬のことを見抜いていた。
ただ、その薬を見る目が尋常ではない。
目を輝かせているだけではなく、まるで恍惚の表情を浮かべるような……。
もしかして、薬に興味があるのか?
魔女……というくらいだもんな。
「他にも回復薬とかならあるが……?」
カバンから回復薬を取り出すが、その瞬間にルルに奪われていた。
そして、即行蓋を開け、中身を舐めていた。
「ぺろっ。こ、これは――」
意味深に間を置いてくるルル。
おいおい、もしその薬が毒だったらどうするつもりだったんだ?
その危うい行動を見ていると不安に思えてしまう。
「いきなり舐めるな!!」
「これは回復薬だね!」
「って、それはさっき言った! わざわざ調べることでもないだろう?」
「味は苦いね。回復効果は……、弱めだね。やっぱり少し混じり気があるね」
やっぱり食い入るように薬を見るルル。
その姿はやはり、薬に恋をしている風にも見えていた。
「まぁ、それはあげるよ。それよりも話を聞いて貰えるか?」
「えっ、くれるの? ありがとう……」
「……やっぱりしゃべり方は作っていたのか」
「そ、そんなことないぞ。わ、妾は元々こういう話し方じゃ! それより質問はそんなことか?」
「ち、違うぞ? 俺たちが来た目的についてだ。高品質の毒草を探すために来たんだが、あまり人が足を踏み入れないここならそれがあるかと思ってな」
「――なるほど。そういうことじゃったか。わかった。さすがにお主の目に見合う毒草があるかはわからんが、それに近しいものならあるかもしれん。捜索の許可を出してもいいが、妾の頼みを聞いてもらっても良いか?」
「なるほど、ここで自由に捜索する代わりにルルの頼みを聞くと言うことだな」
やはり、元ゲームの世界というだけあって、何かをしようとするならお使いクエストが発生するようだった。
それがわかっているからこそ、俺は即行で頷いていた。
「それで、俺たちに何をして欲しいんだ?」
「うむ、簡単な事じゃ。この深淵の森を捜索しにくらいじゃから、お主らはなかなかの力の持ち主とみた。だからこその願いじゃ」
意味深に間を置いてくる。
こういったときはあまり良いことが起こるイメージがない。
だからこそ、俺は息を飲んでいた。
「元々、この辺りには強力なドラゴンが生息していたのじゃ。そのときは何も問題なかったのじゃが、どうやらそのドラゴンがいなくなったようでな。新しいドラゴンが現れたのはいいが、そいつが色々と悪さをするドラゴンだったのじゃ。いつここに被害が及ぶかわからないのでな。そいつの討伐を頼みたい」
なんだろう……。そのドラゴンに心当たりがあるのだけど……。
思わず俺はエーファの顔を見てしまう。
「主様、エーファがどうしましたか?」
「いや、なんでもない……」
もしこれでルルがそのドラゴンに襲われるようなことがあったら目覚めが悪いよな?
その前に、そんな悪いドラゴンをここへ呼び込んでしまったのは俺たちのせいか……。
つまり、これは俺がエーファを仲間にしたからこそ、派生して現れたクエスト、ということだ。
これは俺に責任があるクエストだ。
「わかった。そのドラゴンを追い払えば良いんだな。どこに居るかわかるか?」
「それは妾が案内する。ドラゴンを倒してくれるのなら」
「それで、そのドラゴンは一体どんな奴なんだ?」
「詳しくはわからないのじゃ。ただ、当人は『白龍王』を名乗っている」
「ほう、白龍王……か」
エーファが目を光らせる。
一応、同じ名前を名乗っているだけだと思うが、確認をしておく。
「エーファ、まさかとは思うがお前、やってないよな?」
「主様、酷いですよー! エーファがそんなこと、するはずないじゃないですかー!」
「そうだよな。信じてるぞ、エーファ……」
「主様以外にはするかもしれませんけど、絶対に主様にはしません!!」
きっぱりと言い切ってくるエーファ。
ただ、これは本当にやっていない……とは言えないな。
「まぁ、エーファはずっと俺たちといたから、違うよな。それじゃあ、別の奴が白龍王を名乗っている……ということか」
「そうみたいですね」
「意外とエーファは冷静なんだな。自分の名前を使われたら、もっと怒り狂うかと思ったぞ?」
「あははっ、主様、エーファがそんなことをするはずないですよ。跡形も残さないだけですよ」
うん、やっぱり怒ってた。
俺は苦笑を浮かべていた。
すると、ルルがポカンと口を開けていた。
「ちょ、ちょっと待つのじゃ。今、そいつが白龍王という話が聞こえた?」
「あぁ、そうだ。このエーファが白龍王と言う名前のドラゴンで、元々ここら一帯を支配していた、いなくなったドラゴンというわけだ」
「し、信じられないのじゃ。どうして、最強と名高いドラゴンがそんなチビに……」
「誰がチビですか!? 死にたいのですか?」
「ひっ!?」
なぜかルルが俺の後ろに隠れていた。
「ダメだぞ、エーファ。とりあえず、これは俺たちが理由で起こったトラブルなんだからな。解消するのは俺たちの仕事だ」
「わかりました、主様。そいつを殺すのはその後にしますね」
にっこりと微笑むエーファを見て、ルルはもう一度小さく悲鳴を上げるのだった。




