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リビングデッドにキスをして  作者: 神川 宙
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雨が止んだのなら

第六話。特に注意描写はなしです。

「あ、雨止んだみたい」

 外を覗いてみれば、先ほどまでしとしと降っていた雨は止んでいた。かなりの範囲泥に変わっているのをみると、七絆たちが騒いでいる間にもかなりの雨が降っていたようだ。二人して穴から空を見上げてみれば、薄ら明るくなった見事な晴天だった。雨に濡れて冷えたのだろうか、七絆がくしゃみをすれば、青年は「大丈夫?」と尋ねてきた。

「ええ、多分冷えたんだと思います。こんな恰好で外にいたわけですし、お兄さんは冷えてませんか?」

「僕はダイジョウブ。そうだ、そろそろきみもお家に帰った方がいいよ。ここから遠い?」

「いえ、そんなには離れていませんが……」

「そっか! じゃあ、よかった」

 青年は立ち上がると、それは綺麗な流れのまま「それじゃ!」と手を振り、去っていく―――のを、七絆は全力で引き留めた。

「え、どうしたの? もしかして、どこか痛い?」

「いえ、そうではなくてですね。お兄さん、自分の格好が見えますか?」

「……すごく汚れていると思うけど。それがどうかしたの?」

「端的に言うと、この格好でうろうろするのはとてもまずいんですよ。それとも、お兄さんの家はこの近くで?」

「いや、違うけど……」

 七絆の制服は泥と酸化した血でどす黒く染まっている。青年もたいして変わりはない、というよりも出血していたせいで七絆よりひどい。けれど、青年はよくわからなかった。どうしてそれが悪いことなのだろう。

 七絆がどう言おうかと迷っている所に、そう遠くない距離でパトカーのサイレンが聞こえてきて、肩を揺らした。

 そうだ。七絆が襲われた場所からこの公園まではそう距離は離れていない。つまりはこのサイレンの音は近くに警察が来たということだ。彼女は再び自分と彼の姿に目を遣る。泥まみれ、血塗れ。

 そう、血塗れなのである。

 こんな状態で警察と出会ってしまえば、確実に署まで同行をお願いします案件である。しかも、相方の彼は恐らく何も状況がわかっていない。現に今も「なんかすごい音だなぁ」なんて言っている。

 そして、七絆は警察に状況をしっかりと説明できる自信がなかった。落ち着いているとはいえ、起こった状況を冷静に説明はできまい。それは隣の彼についても同じだろう。

――この人に助けてもらったんですけど、彼刺されちゃってー。でも、生きてて助けてくれたんですよねー。あはははは。

 確実に疑われる。犯人疑惑を強める可能性がとても高い。ここまできっちりかっちり法を守って生きてきたのに、冤罪で真っ逆さまなどに陥りたくはない。

 とりあえず、まず七絆のすることは家に帰ることだ。それもこの辺りに来ているだろう警察に見つからないように。

「迅速に、かつ警察に見つからないように……。この公園は家の南東にあったから、北側の出口から出ればそんなに遠くない。あの道を通って、ここを迂回すればあんまり人に合わずに済むはず……よしっ!」

 そうと決まれば善は急げだ。七絆は遊具の下からカバンを取り出し、端末を見る。現在の時刻は6時12分。もしかすると通勤する人に出会うかもしれないが、一か八かである。周囲を確認すれば、人の影はない。

 あれだけサイレンが響き渡っているのだから、近くの住民たちが何事かと外を見に出てくるのも時間の問題だ。時間がかかればかかるほど、七絆たちは不利になる。急いでカバンを肩に引っさげると、のんびり空を眺める青年の腕を引っ張った。

「わわっ、どうしたの?」

「ここから早々に離れることにしました」

「家に帰るんだね。うん、それじゃ――」

「いえ、一緒に来てください。命の恩人が冤罪で掴まりでもしたら、私も寝覚めが悪いというか……。いや、何でもないです。とりあえず、私についてきてください」

 困惑したような雰囲気の青年だったが、一から十まで説明している暇はない。決して面倒くさかったわけではない、決して。七絆は真剣な顔をすると、彼の腕を引っ張って走り出した。


 が、彼女はとても大切なことを忘れていた。迅速な行動をする際にとても重要なことだ。

 それは50メートル走14秒の恐るべき底辺の運動能力だった。ちなみに1000メートルは走りきれたことがない。加えて、昨夜の逃走である。

 つまり、数メートルしないうちに、七絆は完全に息切れを起こしてダウンした。先ほどの鬼気迫る表情は霧散している。

「? 大丈夫?」

「だ、だ……だいじょ、ぶ、で、す」

「全然大丈夫そうじゃないね……」

 ぜえはあと肩で息をしてれば、突如浮遊感が七絆を襲った。いつの間にか足が地面から離れており、顔を上げれば間近に青年の顔があった。

――こ、これは! 女の子が一度は憧れるお姫様抱っこではっ!?

 顔を赤らめる少女を他所に、本人は顔色一つ変えないまま、彼女を抱えたまま走り出した。

「お家に帰りたいんだよね? とりあえず、きみの家の道順を教えてくれると助かるかな」

「……こほん。そうですね、家に帰りたいというよりも……いえ、確かにここは家に帰りたいと言った方がお兄さんにはわかりやすいと思います。私が道順を教えますので、走ってもらえますか?」

 青年はこくりと一つ頷くと、そのまま出口の階段を飛び降りる。そして、そのすぐ近くに警察が立っているのを七絆は目撃した。音もなく着地したのが功をなしたのか、彼らが気がつくことはなかった。

七絆がほっと胸を撫で下ろす前に、青年は警察を確認することもなく外に飛び出そうとする。が、それは七絆が許さない。思いっきり彼の肩を後ろへと押せば、彼は綺麗にスッ転んだ。

「急になに―――」

「と、止まってください、かつ隠れてください! ハインドです! 警察ですよ!」

 小声で彼にそう告げれば、七絆の必死が伝わったのか青年は近くの草むらに身を隠した。しかし、彼の身長が高いせいでしゃがんだ状態でも普通に頭が飛び出している。腕に抱えられたままの七絆も然り。

 警察はこちらに背を向けたまま、何事か無線でやり取りをしている。「向こうへ行け~」と念じる七絆の思念も届かず、その人はくるりと彼女たちが隠れる草むらを振り返った。慌てて七絆は青年の頭を茂みに突っ込んだ。ついでに、自分自身も頭を引っ込める。隣で彼がぐえっと声を出したのは気にしない。

 しかし、そんな杜撰な隠れ方にも関わらず、警察はこちらに目も向けず慌てたように彼女たちの目の前を走り去っていった。それを目で見送ってから、七絆はひょこりと顔を出した。

「いいですか、あれが警察さんですよ。こんな辺鄙なところとはいえ、死体が見つかったとあってはみんな躍起になって犯人捜ししますからね。気をつけないと私たち、仲良く刑務所行きです」

「あの黒っぽい人がケイサツさん……」

「そうです。あの人たちが警察さん、基、近所のお巡りさんです。いつもなら私たちの味方なんですけど、恰好が恰好ですからね……。時たまにスーツの人とかもいますけど、大抵はあれです。見つかって追いかけられる前にここを抜け出しましょう」

「追ってくるの? へぇ、追ってくる人って真っ黒な人だけかと思ってた」

「真っ黒な人? ……ああ、『タカ』のことですか。この辺りには逆にいませんね。”ゾンビ”は出ないんで」

「………」

「まぁ、この格好じゃあ大抵の人には追いかけられますね。もしくは通報です。さ、長々と話している場合じゃありません! 行きましょう!」

 勢いよく青年は草むらから飛び出す。一度それを止めて周囲を確認したが、まだ野次馬などはいないようだ。

「よしっ、誰もいないですね。ここを左に進んで行った方に私の家があります」

「うん、わかった!」

 七絆の言葉を受けて、彼はなぜか右へと走り出す。

「待て待て待て! そっちじゃない! 逆! 180°逆の真逆です! そっちは警察さんの行った方ですよ! そんな自らエンカウントしに行かないでください!」

「あれぇ、逆だったかぁ」

 彼は明るくはははっと笑っているが、七絆は冷や汗だらだらである。方向音痴にも程がある。こんな状況でどうしてここまで生きてこれたのか、七絆には疑問でしょうがなかった。

「指差ししていくので、そっちの方向に行ってくださいね。指差し確認ですよ」

「うん、今度は間違えないように気をつけるよ」

 七絆が「本当に頼みましたからね」と念を押すのに対して、彼はうんうんと大きく頷く。そうして、彼は勢いよくまた右に走り出した。

――だから、そっちじゃないって、言ってるじゃないか。

 七絆はこの後のことを考えると、先が思いやられる気分だった。

 あと意外にこの状態、胃の中がシェイクされることがわかった。




最近はマイクラばっかりやってます。整地に12時間かけてる。


ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

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