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リビングデッドにキスをして  作者: 神川 宙
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壁に耳あり誰かが見てる

第四十九話。

「全然重傷じゃないよ。むしろ、かすり傷ばっかりだ。足首も軽い捻挫だし、本当に高い所から落ちたの? これじゃあ別に医者に来る必要もない、救急箱で事足りるよ」

「あ、あははははははー。い、意外に高くなかったのかもしれませんね。こう、ほら、恐怖で色々おかしくなってたのかも、みたいな。あ、あはははー……」

 懐疑的な目を向けてくる初老の医者に、七絆は固い声で笑った。医者は尚も訝しげな視線を七絆とカルテの間で行ったり来たりさせている。細かい傷を消毒されて、「仮病はよくないよ。いい精神科でも紹介しようか」と早々に処置室から追い出された。

「……もうここには来ない」

 ぺこぺこと頭を下げてから、七絆は低く呟く。零にも口うるさく言われたため、一番近くの診療所に来たがとんだ外れくじである。会計待ちのために待合席に座るも、周囲のお年寄りからの生温い視線が居心地が悪い。見た目だけならただの元気な子どもだ。早く帰りたいと思うも、たったひとつしかない受付兼会計では事務員に熱心に話しかけているお婆さんがいた。口元が引くついている事務員の様子から見て、少なくともあと数分は解放されないだろう。手持無沙汰になった七絆は壁に設置されたテレビを何とはなしに目を向けた。

『全国各地で“ゾンビ”テロか!? 中心になるのは始祖教会か』

 そんな仰々しいテロップが浮かんで、七絆は思わず吹き出しそうになるのを寸で押し込めた。脳裏に清々しいくらい胡散臭い笑顔の胡蝶が出てきて、頭をぶんぶんと振って吹き飛ばす。最近は色々とあってニュースをきちんと見ていなかった。七絆は頭の中の胡蝶を追い出すと、画面に目を向ける。

 曰く、今回の“ゾンビ”テロは顕在型を用いたものであり、市街まで顕在型を運んできて解き放つという無差別テロだ。信条も主義も声明もあったものではないので、テロと呼んでいいのかは甚だ疑問ではあるが、『タカ』が全国に派遣されて被害はさほど多くはないらしい。それでもいきなり市中に理性のない“ゾンビ”が放たれたら、もはや地獄絵図さながらだろう。視聴者映像ではまさに襲われている人がモザイクもなしに映しだされていて、七絆は思わず視線を下げた。

 昨夜の出来事が頭を過ぎる。七絆も零が間に合わなければ、映像の中の人のようになっていたのだ。そう思うと背筋がぞっとする。

『そして、いずれの被害地でも必ず白髪赤目の男性が目撃されているとのことです。主犯格ではないかと考えている有疵性無死症候群対策委員会では、昨日付で指名手配を出しています。心当たりのある方は―――』

「…………何がしたいんだ、あのひと」

 ニュースが切り替わった時、七絆は思わず顔を手で覆った。やはり頭を過ぎるのは人を食ったような笑みを浮かべた胡蝶だ。それを消したくて、七絆はか細く深く息を吐いた。

 考えるまでもなく、このテロは胡蝶の仕業だろう。前までやっていた『みんな零になろう大作戦』(七絆命名)に一定以上の効果が出なくなったため、第二フェーズに移行したとかそんな感じではなかろうかと七絆は推測する。昨夜会った時はそれどころじゃなかったため、七絆に伝えられなかったのではないか。そうでなければ、あんなところにわざわざ胡蝶が足を運ぶとは考えにくい。

 けれど、逆に注目させてしまうとはどういう了見だろうか。これだとますます零が外に出にくくなってしまう。きっと何か考えがあってのことだとは思うが、七絆にはその心の内がわからなかった。

「……そう言えば、あっちの端末確認してなかったっけ」

 昨日どこにやったか憶えていないが、今七絆の手元にあるのは自身の端末だけだ。帰ったら早速確認してみるべきだ。というよりも、七絆の知らないところで勝手に作戦を変更されたら困る。今回は偶然にも早くに知れたからいいものの、事前に教えておいてもらわないと七絆にも身の振り方というものがあるのだ。


「心配かい?」


「へっ!?」

 いきなり話しかけられて七絆は素っ頓狂な声を上げて肩を跳ねさせる。声の主を見れば、杖を突いた白髭のお爺さんが七絆を見ていた。服装もきちんとしていて、何処か上品そうなお爺さんだった。特徴的なのは左右で僅かに瞳の色が違うことくらいで、どこにでもいそうな人だ。

「え、あ、し、心配って?」

「おや、先ほどテレビを見てため息を吐いていたろう。遠方にお友達までいたのかと思ってねぇ」

「あ、そういう……。ええ、そうですね。最近、この町も“ゾンビ”が増えてきているって話ですし、恐いですよね」

「そうだねぇ。でも、この町は“ゾンビ”が出たのが早いし、何かと『タカ』の人たちが見回りに来てくれるから、危険区域に指定されていても他のところより安全だよ。すぐそこに『ハト』のひとつがあるのも大きいのかねぇ」

「……へぇ、『ハト』って確か病院ですよね、対死会運営の。ここらへんにもあるんですね」

「あぁ、表向きは隠しているそうだけど、昔からここに住んでいる人間には周知の事実だよ。それにしても、1班は各地を転々としていてこの辺りの守りにはついていないという点は少し心配かな。私にも孫がいてね、その子が―――」

「1班っていうのは『タカ』の班のことですか?」

 話を遮って質問してきた七絆に老人は目を丸くしたが、彼女のその態度を気にもしていないように口を開く。

「そうだよ。『タカ』では戦闘力順に班に分けられているんだ。まぁ、色々と性質はあるんだけど、1班は一番強いってことで有名なんだ」

「一番強い……。それがこの町にいないって言うのは恐いですね」

「でも、生方くんがいるからねぇ。彼は一番特別だよ」

 その名前に思わず、七絆は反応してしまった。大きく見開いた目がそれを如実に表していただろう。詰め寄る勢いで七絆は老人にその先を促そうと口を開いた。

「特別って―――」


「嘉翅さーん、お待たせしましたー」


 会計の方面から声を掛けられて、七絆は一瞬逡巡したものの立ち上がる。お爺さんはにこにこと微笑んで「怪我には気をつけてね」と言うと、「蒼生あおいさん、診察室へどうぞー」という看護師の快活な声にお爺さんも杖を突きながら立ち上がった。

 お爺さんも診察室に向かうとなると、七絆がここに留まる意味はない。軽く会釈をしてから、会計へと向かう。

「お大事にどうぞー」

 生温かい視線に見送られながら、七絆は診療所から出た。途端に肌を突き刺すような寒さが吹き抜けていく。マフラーに顔を埋めながら、真昼間を歩いて帰る。明らかに学生とわかる年頃の七絆が歩いているからか、途中で寄ったスーパーではじろじろと見られてとても居心地が悪かった。

「別にサボったわけじゃないんだけど……。とはいえ、五体満足だし、傍から見たただのサボりか」

 とは言え、世間が七絆の事情を察するわけもないので、レジ袋を両手に抱えたまま足早に帰路へと着く。昨夜はあんな出来事があって、朝も寝不足同士だったからかシリアルだけで朝ご飯を済ませてしまった。きっと零のことだから、盛大にお腹を空かせて待っていることだろう。そう思えば、ひとりでふふっと笑ってしまった。

 食事を作るのは嫌いではない。今までは特に好きでもなく、効率の良い栄養摂取のことだけを考えて作っていたから、味付けも似たり寄ったりのものだったと思う。別に飽きたりもしなければ、自分一人のために凝ったものを作る気もしなかった。けれど、零が来てくれてからは彩も味付けもこだわるようになった。最近はそれが段々と楽しくなってきて、料理を口にした瞬間の零の嬉しそうな顔が何よりも楽しみだった。

 今日は何を作ろうかと鼻歌を歌っていれば、自宅の前の道まで帰ってきていた。レジ袋を片手にまとめて持ち直して鍵を探ろうとポケットに手を突っ込んだところで、七絆の動きは止まった。


 何故なら七絆の家の前に閖坂凍雲の姿を見つけてしまったからだ。


 彼は小脇に茶封筒を抱えたまま、手持無沙汰なのか端末を弄っている。どう考えてもその横にあるポストにその封筒を入れる素振りはない。恐らく、というより十中八九、七絆を待っているのであろう。

 七絆はあまりの嫌悪感に思いっきり顔をしかめた。あれほど強く関わるなと言ったはずなのに、それでも付き纏ってくる凍雲の神経が理解できない。これはもういっそストーカーというやつではなかろうかと現実逃避をしていた七絆だったが、いつまでもここで立ち往生というわけにはいかない。

 だからと言って無策で突っ込むのも嫌だった。家の中には零がいるし、何よりも七絆自体が凍雲と関わり合いになりたくなかったのである。

 しかし、時とは無情である。ふと端末から顔を上げた凍雲と目が合ってしまったのだ。これがゲームの世界で会ったらバトルでも始まって、一方的にぼこぼこにして去るのだが、生憎ここは現実だった。

 何より一番腹が立つことに凍雲は七絆を見ている癖に、家の前のドアから離れようとしないのだった。あくまで七絆が彼女自身の意思でもって、ここまで来いとでも言うつもりだろうか。七絆は自身の額に青筋が走るのを感じたし、それが間違いだとは思っていない。理性で圧しつけていないと、レジ袋を投げ出して殴りかかりそうだ。

 レジ袋を持ち直すと、いっそ堂々とした足取りで七絆は家の前へと向かっていく。徐々に凍雲に近づかなければいけないという苦痛に顔が歪んでいると思うが、仕方のないことだと思う。今ここで胡蝶が呼べたなら問答無用で呼んで、人ひとりを消させていただろう。

 ドアの前の階段から七絆を見下ろしている凍雲を下から睨みつけながら、彼女は口を開いた。


「人の家の前で、邪魔なんですけど」

「七絆、今日なんで休んだんだよ」


 七絆の言葉に対しての凍雲の返しがこれだ。日本語が通じないのだろうかと、七絆は露骨に眉根を寄せた。

「それ、私宛のものでしょ。郵便受けに入れてさっさとどこかへ行くか、とっとと渡してさっさとどこかへ行くか、選んでくれないかな。どちらにせよ、邪魔なんだ」

 ならば、七絆も凍雲の質問に応じる必要はない。彼の持つ茶封筒を指差して、用件を済ませるよう告げるが、凍雲の澱んだ視線は指を差すために持ち上げられた七絆の手に向いていた。そこは真っ白なガーゼに覆われている。

「“ゾンビ”に襲われたのか?」

「そんなわけないでしょ。いくらこの町が危険区域に認定されたからって、そうほいほい“ゾンビ”に出くわすわけないよ」

 七絆の発言すらも無視してあまりにも突然飛び出てきたその言葉に返答が詰まりそうになったが、逆にすらすらと反撃の言葉が出てくる。そもそも軽く怪我した程度でいきなり“ゾンビ”の名前が出てくるのがおかしいのだ。

 七絆は少しばかりこの男が気味悪く感じた。何を考えているかわからない虚ろな視線とその目の下にある濃い隈。教室の人気者のする顔ではないし、今の凍雲を見てきゃあきゃあとはしゃぐ女性とはいないだろう。そもそも会話が成り立っていないことからも、なぜかは知らないが勝手に追い詰められているようにも見えた。

「“ゾンビ”に襲われたんだろ。だから、あん時に一緒に帰ればよかったのに、ひとりで勝手に帰りやがって」

「興味もないけど、ひとりで何の話をしてるの? 全く話が読めないし、きみとは会話が成立していると思えない。きみの用事は知らないし、知るつもりもないから、そこを退いてくれないかな。何度も言うけれど、邪魔なんだ」

「もしかして、お前も“ゾンビ”だったのか? だから、俺のこと無視してたのか」

「……本当に頭おかしくなったのかな。どうしてそこまで“ゾンビ”に固執するのかわからないけれど、とりあえず、邪魔だ」

 いつまでも平行線どころか、交わる気配のない会話にしびれを切らした七絆は実力行使に出ることにした。まずはドアに繋がる階段から凍雲を引きずり落とすところから始めようと、彼の腕を引っ張ろうと腕を伸ばした時、逆にその腕を掴まれてしまった。触れられたところから鳥肌が立ち、口の端があまりの嫌悪感に引き攣るが、凍雲はそんなことお構いなしに顔を近づけて口を開く。


「だって、お前、“ゾンビ”と会ってるって話じゃん」


「は―――」

 凍雲の言葉に、頭を鈍器で殴られたような衝撃が走る。勢いよく腕を引き抜けば、凍雲はその勢いにつられて階段から降りた。しかし、その瞳は七絆を捉えたままだ。

「聞いたんだぜ、誰からとは言えねぇけど。お前があの公園で“ゾンビ”と会ってるって」

「……なに? 私が“ゾンビ”と会ってるって? 何それ、もし会ってたなら私、襲われて死んでるでしょ。質の悪い冗談はやめにしてくれる? 下手したら、それで人が死ぬかもしれないんだ。『タカ』がどういう機関か知ってるでしょ」

「知ってるぜ、俺。七絆が隠していること、全部」

 にたりと笑ったその顔に殺意が湧きそうになる。そもそも凍雲は何を言っているのか、それがハッタリなのか、それとも本当に何かを知りえているのか。やけに自身気な態度のその奥がわからない。

 ただ現状、七絆がわかることは二つ。

 どうにかしてこの場から脱し、凍雲の発言の真偽を確かめなければいけないこと。

 それと、やはり七絆がこの閖坂凍雲という男がどうしようもないほどに嫌いだということ。

 だが、ここで嫌悪感を露わにしていても何も起こらない。幸いなことに今の七絆と凍雲の立ち位置は逆転している。後は背後にあるドアを開けて家の中に入るだけだが、普通にいそいそと鍵を開けている場合ではない。万が一にもこの男が侵入してきて、零と鉢合わせようものなら、七絆自身の手で死体を一つ生み出すことになる。流石に多くの『タカ』が巡回するこの町で自ら疑われるような真似はしたくない。

 ならば、どうやって家に入ろうか。出かけ際にきちんと上下の鍵を閉めてしまったことを悔いても遅い。せめてどちらか一方であれば、もう少しスピーディーに入ることができただろう。

 と、そこまで考えた時に、唐突に家の中から響いてきた警告音に七絆は我に返った。

「やば、ガス消し忘れてたかもっ!」

 それは聞く人が聞けば、ガス漏れ警報器の音に似ていた。なんでそんな音がするかはわからないが、この場を切り抜けるには渡りに船だった。何よりも本当にガス漏れだったらまずい。“ゾンビ”にガスが効くのかどうかはわからないが、兎にも角にも七絆自身が危険なことに変わりはない。

 上の鍵穴に焦って鍵をさし込んだ時、下の鍵穴が開く音が小さくした。聞き間違いではなかったようでドアノブを捻ればドアが開いた。その勢いのまま家の中に入り、中を見られる前にすぐにドアを閉める。

「―――後悔するぜ、きっと」

 ドアが閉まりきる前に、凍雲はそうとだけ言葉を残す。隙間から見えた彼は薄ら笑いを張り付けたまま、七絆だけをまっすぐ見ていた。


 それがただただ気味が悪かった。

この前初めてテレワークなるものをしましたが、お茶とかお菓子がそっと母から差し入れられるのですごい快適でした。一生テレワークがいい。


ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました

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