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リビングデッドにキスをして  作者: 神川 宙
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鵜の目鷹の目あなたの目

第四十六話。グロテスクな描写があるので、苦手な方はお気を付けください。

「いやぁ、ここまで派手にやるとはねぇ」

 雨が傘を叩く音を聞きながら、叴人は感嘆とも取れる声を出す。ともすれば口笛すらも吹きそうな勢いだった。

 彼の目の前に広がっているのは所々に散らばる肉塊と雨で薄まった赤色の池だ。雨のせいで近くの排水溝までそれは伸びており、濁った水を流していた。叴人は靴が汚れるのも構わず、それに近づいてしげしげと観察する。

十三じゅうそう、辺り一帯に規制線は?」

「も、もう張ってます。え、えへへへ、ぼ、僕が来た時にはもうこの有様で……。ね、念のため、本部には、れ、連絡を取っておきました」

 叴人の声にどもりながらも応えたのは後ろ一本で髪を結わえ、厚い丸眼鏡を長い前髪で覆った男だった。折れ曲がったと表現するのが適切なほど曲がった背はきちんと立てば身長は高いだろうに、不安げに胸の前で動く両手を守るように猫背はこの先も伸びることはなさそうだ。

 忙しなく目をきょろきょろと動かす彼―――蛕手かいて十三じゅうそうは口元を薄く持ち上げて、何とも奇妙な表情を作って叴人の横に立つ。

「で、でも、このあ、雨ですからね。規制線なんて、い、意味がないかと。み、水は止められませんので……」

「こればっかりは俺たちにもどうしようもないからさ、お天道様の気分次第。とはいえ、今は裏側にいるけど。……それにしても、十三」

「は、はい?」

「なんでお前ここにいるの? 二班の持ち場って駅周辺だったはずだろ」

 訝しげな叴人に問われると、十三はわかりやすく肩をびくつかせ、おどおどとし始めた。その様子を見て叴人は大きく溜息を吐く。

「また置いて行かれたな?」

「は、はぐれた、だけですぅ……。ちょ、ちょっと気を逸らした時には、は、はぐれてて」

「一瞬で人がいなくなるかっての。お前のところの班長、確かうるしだったよな。はぁ、これが終わったら説教かな。ほんっとにどうしてお前らの班はうまく回らないかなぁ。お兄さんは頭が痛いよ」

「へ、へへへへ。そ、それにしても、きょ、今日は生田さんは、い、一緒じゃないんですね」

「『死体に興味はない』ってさ。いーや、俺たちの場合はバディだから来てくれないと困るんだがな。まぁ、無理矢理連れてきて当たり散らされる方が収拾がつかなくなるので置いてきた。お前がいることも踏まえると、その選択で合ってたような気がしてるよ」

「く、叴人兄さんは生田さんに、あ、甘いですよね。む、昔からの話ですけど。へ、へへへへ」

「……そう見える?」

「み、見えるかって聞かれると、その、やっぱり……。え、えへへへ、へへへ」

 落ち着きなく視線を動かしながらも十三がぎこちなく頷けば、叴人は風船から空気が漏れるような音を出しながら頭を抱える。傘が大きく傾いたのを十三はおろおろとしながら見守っていた。

「……そうかぁぁぁ。それは大問題だぜ。俺は“家族”には平等を心がけてるつもりだからね。ちょっと態度を改めんといけないかも」

「別にいいんじゃねぇーの。叴兄の四兄への過保護は昔っからだし。誰も気にしてねーよ。ま、もっとオレのこと可愛がってくれてもいんじゃねーのとは思うけど」

 声とともに森の草陰が音を立てて揺れ、二人がそちらを見ると、人影が近づいてきていた。

「あらら、さとる。もうそっちは終わったのかい」

「あったりまえじゃん。オレを誰だと思ってるワケ? こう見えても五班のリーダーなんだけど」

 高い草むらを飛び越えてきたのは金髪の小柄な少年―――射得いえさとるだった。ぶかぶかの黒いスーツを捲りながら、面倒くさそうに叴人たちの元へ来ると、「入れて」と叴人の傘の下に入り込んだ。

「報告。コイツ以外にもあと二つ、“ゾンビ”の死体を見つけたよ。一つはこの森にある崖下のとこで、もう一つは森の中腹辺り。写真は撮ったし、ココ、なんかの研究所らしいから烏呼んでとっととオソウジしといたぜ。何の研究してるか知らねぇケド、持って帰られちゃたまらねぇし。死体が確認したいのなら、本部でドーゾ」

「相変わらず仕事が早いねぇ。お兄さん感激しちゃうぜ。どっかのよよちゃんにも爪の垢煎じて飲ませたいくらい」

 「ほいっ」と言う軽快な言葉とともに渡されたカメラを受け取って、叴人は悟の濡れた頭を撫でてやる。彼はそれに頬を膨らませつつも、まんざらでもなさそうだ。

「ソレ、もう名指しじゃん。というか、烏くらい呼んどけよ、ダメガネ。なぁに真っ先に叴兄呼んでんだ。他のみんながあっちこっちに飛ばされてるからって、ポイント稼ぎとかだっせぇ」

「ぼ、僕は別にそういう、つ、つもりじゃあ……。く、叴人兄さんが、い、一番近くにいるはず、だったから……。そ、それに、き、規制線は張ったし」

「どうせココでウロチョロしてただけだろ。“ゾンビ”のこと、直視も出来ねぇくせに。つーか、そもそもお前の持ち場ここじゃねぇじゃん。どーせ足手まといだからって漆姉に置いてかれたんだろ。だから、おま―――」

「はぁい、やめやめー。些細なことで喧嘩しないの。俺のことで喧嘩するのはやめてー」

 捲し立てるように詰る悟と勇気を振り絞って反撃しようとする十三の間に割って入る。間の抜けた叴人の声に悟は尚も言い募ろうと開きかけた口を閉じて、ふいっと目を逸らした。十三はほっとしたように胸を撫で下ろしている。

 十三の方が悟より年上なのだが、そのおどおどとした物言いが好戦的な彼らを刺激するのか、大抵の『タカ』は十三への辺りが強い。どうにかしなければいけないと思っているが、叴人は彼らの“兄”という立場であるが故、なかなかうまく立ち回れない。ただ身内での揉め事だけはやめて欲しいなぁと思っている叴人だった。ただでさえ、最近はよく噛みついてくる銀髪の弟もいるのだから。

「―――それにしても三人分の死体か」

 適当に片手で目の前の死体の写真を取る。画面で確認してから、スクロールしていけば死体の写真が次々と現れる。一つ目の死体も目の前の死体と負けず劣らずの有様だった。恐らく影や周囲の様子から、これが崖下のものだと判断できる。強いて違いを挙げるとするならば、目の前のものより切断面が鋭利なことだろうか。目の前の死体はまるで引き千切ったかのような傷跡なのでに対して、刃物でも使ったのだろうか、綺麗に解体されている。おかしな点はばらばらになった部位が綺麗に一列に並んでいることだ。何の目的をもってして、このような行動をしたのかわからないが、きっちりかっちりと列に全く乱れがないことから病的なものを感じる。

 二つ目の死体はいたって普通のものだった。“ゾンビ”を処理する際にもっともポピュラーな首狩りだ。他の部位には欠損もなく、頭部と身体が分かれているだけでそれ以外に特段に目立つ部分がない。

 しかし、それこそが問題だったのだ。例えどれだけ腕の立つ『タカ』が処理に当たったとしても、逃走もしくは抵抗の果てにどこかしらに別の傷ができるものだ。そもそも一人が足を撃ち、もう一人が首を刎ねるというのがセオリーだった。もし、これが『タカ』の誰かの仕事であれば、叴人に連絡が来ているはずだ。しかし、現状彼の元へ連絡はきていない。唯一連絡を寄越した十三はひとりで“ゾンビ”を殺すことはできなかった。

 それにこの死体は首がない以外、綺麗すぎた。まるで抵抗されなかったかのように、もしくは“ゾンビ”に気づかれでもしないうちに刎ねたのか、切り口も均一で美しいと言えるほどだ。『タカ』の中で最も高い戦闘力を誇る一班の自在丸じざいまるねむりであってもここまではできないだろう。

 三者三様の殺し方と言ったところだろうか。この三つの死体は殺した人間が全員違う。わざわざ一人の人物がここまでばらばらな殺し方をするとは考え難いと、長年の叴人の勘がそう告げている。叴人は目の前の死体に適当にフラッシュを焚いた。そうすると下から手が伸びてきて、カメラを取り上げられる。

「ほらー、叴兄やっぱカメラ下手ー。ぶれっぶれだし、フラッシュの使い方もなってねぇー。こんなんじゃオレらの班はクビだぜ?」

「あらら、手厳しいなぁ、悟は。結構いい線いってると思ったんだけどなぁ」

「ダメダメ、全然ダメ。こんなんじゃ全然情報にならないぜ。オレらの仕事はここにいないやつらに如何に情報を伝えるかってコト。写真だってパシャパシャ何枚も取ってる時間はねぇんだから、一枚にどれだけ詰め込めるかってのが重要なんだ」

「……いやー、悟くんってばめちゃめちゃ真面目じゃない。これも双葉の影響かな」

「違うっ!」

 叴人の出した名前に悟は否定するように叫んだ。その様に叴人は状況を問うかのように十三を見たが、彼の顔には若干呆れが浮かんでいる。悟はまるで仇敵を思うかのように憎々しげに手元のカメラを睨んだ。

「……オレはアイツなんかとは違うから。オレたちのコト裏切ってあの男の方につきやがって。あんなヤツ、オレたちのとこにはいらねぇし。オレたちは……オレは絶対叴兄のことを裏切らない」

 悟はぼそりとそう呟くと、叴人の傘から出て行ってしまう。その背を呼び止めようとすれば、その先には真っ黒な車が止まっていた。既に迎えの車を呼んでいたらしい。どうやら叴人たちの元にいたのはただの雨宿りだったようだ。苛立っているのか、悟は大きな音を立てて車に乗り込むと、間もなくして車は音もなく走り始めた。

 代わりに真っ黒なフードを被って、医療用の手袋をした烏が別の車から次々と出てくる。彼らは黙々と叴人たちの目の前の死体を処理し始めた。それを見ないように俯いたまま十三は口を開く。

「く、叴人兄さんは結構、そ、そういうとこがありますよね。ひ、人の心がわからない、みたいな……」

「…………それは一番傷つく。もっと優しく言って」

「よ、四代くんが叴人兄さんのこと、き、じゃなかった、に、苦手なのも多分それが原因では……」

「もっと優しく言って! 本当に! 切実に! お願い! しかも、今嫌いって言いかけなかった!? 傍から見てもそうかしら、やっぱり!」

「え、えへへへへへ……」

「笑って誤魔化さないで!」

 十三の肩をがくがくと揺らしても彼は曖昧に笑うだけである。十三は『タカ』の中でも屈指の大人しさで、さらに言えばあまり人を非難したりしない。その十三にストレートに言われたのだ。流石の叴人も傷つくというものだ。

「まぁ、よよちゃんが俺を嫌いかどうかは置いておいて、悟の奴、双葉のこと気にしてたんだな。ヘッドハンティングくらいおかしくないと俺は思うけど。そもそも双葉は元から『タカ』への入り方も違うし」

「た、『タカ』の中では有名な、は、話ですよ。さ、悟くんはまだ、お、幼いですし。ふ、双葉くんのこと、本当のお兄さんみたいに、な、懐いていましたから、多分。そ、それになによりも、苅部くさかべさんは派閥が違うじゃないですか」

「派閥ねぇ……。こんな状況で派閥もクソもないと思うんだけどね」

「……主義主張が異なればそうなりますよ。人間なんてそんなものです」

「まぁ、そんなもんかねぇ」

「ち、ちなみに僕らは生方一派だそうですよ。ひ、『ヒナ』あがりは、み、みんなそうだって……」

「はぁぁぁぁ。相変わらず線引きが好きだよね、あの人たちも。というか、俺も派閥持ちにされてんの? 何の権力もないのに? 俺に権力があったら、もうちょっと上手くやってるわ」

 雨は降り止まない。目の前の死体は悟の呼んだ烏たちによって処理されて、踏み荒らされた生け垣も直されており、今は平時と変わらぬ様である。排水溝に流れていった血以外は。

「……ん? 双葉って女の子じゃなかったっけ?」

 叴人がそう言えば十三は長い前髪の奥からひどく残念そうなものを見るような目で彼を見た。

「その視線やめて? 言葉にして?」

「ふ、双葉くんは、お、男の子ですよ。た、確かにあまり叴人兄さんとは、せ、接点がなかったと思いますけど」

「ふぅん? 俺が見た時はスカート穿いてた気がするんだけど……。じゃ、あれはあの人の趣味だったのかな。俺、何かとあの人に目の敵にされてるし、あんまり視覚的情報も与えたくなかったのかも。まぁ、別にどうでもいいけど」

 叴人は器用に傘を肩にかけたまま伸びをした。視線はこの森、さらに言えばその先の夜日羽研究所だ。あのアイリスでさえ近づけず、叴人にいたってはお上から直々に研究所に近づくなとまで言われている。別に国の、対死会の保有する研究所でもあるまいに、あからさまに探るなと言われれば気になるのが人の性だ。

 それに今回は特に“ゾンビ”が三体も出たのだ。現場に指揮権限があるとでも主張すればいい。まだ見ぬ“ゾンビ”がいるかもしれない、と。『タカ』は命を懸けて処理に当たっているのだから、それくらいの我が儘は通るだろう。通らぬとも、通すのが叴人の仕事でもある。


「さてさて、鬼が出るか蛇が出るか。見物だね」


 叴人は小さく口笛を吹くと、緊張した面持ちの十三を引き連れて森に足を踏み入れるのだった。


あけましておめでとうございます。もっと明るい話を上げられればよかったんですけど、まぁ、話数的に仕方ないかなと。ちなみに、ありとあらゆるソシャゲで爆死して悲しみの年明けを迎えています。


ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。本年もどうぞよろしくお願いします。

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