にんげんだもの
第30話。
だからこんなことになるとは思わなかったのだ。
「あ゛ー、もう疲れた!」
「ナズナ! ねっ、もっかい! もっかい乗ろうよ!」
「無理! もう無理! 勘弁して!」
「えー! ナズナ、もっかい!」
頬を膨らませたのは綺麗に黒く染まった髪の零だ。胡蝶の言う通り、送られてきた染料で彼の髪は見事に染まった。二人してかなりの薬品臭に苦しめられたが、その辺りは割愛する。
今の零は胡蝶プレゼンツの服装をしていた。青色のキャップに真っ黒のタートルネック、同色のダッフルコート。スキニージーンズに赤色のスニーカーを組み合わせれば、モデルも斯くやという出で立ちだ。胡蝶が用意したというところが気に入らないが、いつもとは違う格好の零に七絆もほうとため息を吐いてしまった。
そんな彼が唇を尖らせて、七絆の腕を引っ張っている。周囲の視線は「あらあら、可愛いカップルね」という感じだが、現在七絆は零に為されるがままにがくがくと首を振っていた。先ほどまでのきらきらとした感情はどこかに飛んで行ってしまったようだ。
何とか電車の乗り方やお金の支払い方を教えながら遊園地に辿りついた時点で、七絆のライフは赤ゲージ状態だったのだ。幸いなことに遊園地自体はさほど混んでいなかったものの、それが完全に裏目に出た。何がって零の行動の、である。彼はいたくジェットコースターを気に入ったようで、空いているからとさっきから往復させられているのだ。乗った回数が両手で数えられなくなった辺りで七絆は考えることをやめた。
元来七絆は絶叫系と呼ばれるものが得意ではない。特にあの浮遊感。身体から魂が離れるかのようなあの間隔が苦手だった。零を一人にするわけにもいくまいと意気込んで付き合っていたが、もう限界である。先ほどスタッフの人にも心配されたくらいだった。
「もぉぉぉぉぉぉ、無理!! 私ここで休憩しているから思う存分乗ってきてください……」
「えぇ、ナズナも行こうよぉ」
「いや、ほんっとに勘弁してくれ……。若干目が回ってきて気分悪いのよ……」
そう言うと零は七絆の顔色に気がついたのか、心配そうに眉を下げた。彼はちらりとジェットコースターの方を見るが、未練を振り切るかのように七絆の曲がった背を撫でる。七絆としては零にそんな顔をさせたかったわけではない。
「そんなに心配しないで、零。私はあそこのベンチで休憩してるから、気の済むまで乗っといで。ほら、一人でも行動できるように練習って言ったでしょ。大丈夫、ここは私たちの住んでいる町から遠いから『タカ』だってわざわざ来ないよ。安心して遊んでおいで」
「……うーん。でも、ナズナをひとりにするのは……」
「ほら、練習練習。行っておいで」
それでもうんうんと唸る零の背中を強く叩いて笑えば、眉を下げてはいるものの七絆の意を組んだのか彼は大きく頷いた。
「……わかった。ここで待っててね、ナズナ!」
そう言うとともに零はジェットコースター乗り場の方へと駆けて行った。ぶんぶんと手を振って遠くなる彼に笑顔で応えてから、七絆はベンチへと向かう。隣にある自販機から冷たいお茶を買ってからベンチに腰掛ける。冷たい物を飲むには少々寒いが、乗り物酔いをしている時に暖かいものを飲むと吐きそうになる。かつて車酔いをした時に学んだ。
さすがにベンチからジェットコースター乗り場まで距離があるため、零がどのあたりにいるかまではわからない。なまじ顔もいいし、天真爛漫な彼のことだ。周囲が放っておかないかもしれない。でも、その辺りはきちんと言い含めているから大丈夫だろうと七絆は自身を納得させる。
「……ナンパとかされてたら、どうしよ」
手の中で握られたペットボトルが僅かに変形した。想像してみると若干怒りが湧いてきたが、零がそれに応える想像ができなかったので留飲を下げる。だが、子どもが心配な母親みたいな気分になってきて、少しそわそわする。さすがに危険だと感じたら戻ってくるはずだと自身に言い聞かせ、浮きかけた腰をベンチに戻した。
そもそも、七絆は零を縛りたいわけじゃない。今日外に出たのだって色々なものを、可能性を零に見てほしかったからという部分もある。七絆は零の隣にいたいし、零だってそれに応えてくれていると思うが、風切り羽を切り取って鳥籠の中で飼い殺しにしたいわけではない。できれば、零がたくさんのものを見て、その中で一つの居場所として七絆を選んでくれれば嬉しい。そんな想いが芽生えつつあった。
けれど、もしいつか―――
零が七絆を選ばない未来がきたとしたら、七絆は笑って彼を送り出してやることができるだろうか。
ふと遠くを見れば、あんなに明るかった空が徐々に赤く染まってきている。人の心は移りゆく。物の見方が変わることだってあり、愛情だって冷めゆくこともあり、不変の人間なんてありえはしない。
いつか、いつか、いつか。
いつだって七絆はその“いつか”を考えては恐れている。まるで必ず別れ行く運命の元にいるかのように。それを想定して、“いつか”の痛みに耐えているのだ。
何なんだろう、この想いは。胸の痛みは。どろりと血が溢れだして、垂れ落ちていくような感覚がした。
けれど、これが人間というものなのだろう。心がある、生き物という証明なのだろう。
ふぅと深く息をついてゆっくりとベンチに体重をかけていく。ペットボトルを包んでいた両手は氷みたいに冷えていたけど、この冷たさが今の七絆には必要だった。
だから、彼女は気がつかなかった。目を閉じて感傷に浸る七絆は気がつかなかった。ゆっくりと彼女の座るベンチに近づく人物に。
「やっほー、七絆ちゃん。この間振り?」
軽薄そうな声をついこの間に聞いたものだった。その声に七絆は勢いよく目を見開く。その勢いのまま右を向けば、ベンチの背もたれに腕をかけて、にこにこと笑う男がいる。
「い、生方さん……」
「そう警戒しないでよ、傷ついちゃうなー俺」
あはっと叴人は笑って「隣、いい?」と七絆の応答を待たずにベンチに座ってくる。
何故ここに。七絆の頭の中はその疑問で満ちていたが、叴人にバレないように目だけを動かして周囲を探る。だが、周囲は一般人ばかりで、誰かがこちらを窺っているような気配もない。それにバディを組んでいるはずの四代の姿も見えなかった。
「あっはっはっはっ。あからさますぎるぜ、七絆ちゃん。まぁまぁ、落ち着いて。今日は俺、完全にオフなの。きみに会ったのも偶然さ」
長い脚を優雅に組む彼の服装は確かにいつものような黒スーツではなかった。何処かの民族衣装みたいに派手なストール、黒のVネックニットに落ち着いた色のコートにスキニージーンズ、足元は編み上げブーツを履いている。肩についていた髪は蝶の形をしたバレッタで留められていて、およそこれから仕事をしそうな人間の格好には見えなかった。オフだと言う叴人の言葉を信じてもよさそうだと思いながらも、七絆の身体からは緊張が抜けない。もしかしたら、私服での張り込みの可能性だって捨てられない。遊園地は人が多く集まる場所だからこそ、人一人隠すならうってつけだ。
「またぐるぐると考え事かな? 七絆ちゃんって頭よさそうなのに、隙が多い所が好感持てちゃうな」
「それ、褒めてます?」
「褒めてる褒めてる。人間っぽくていいじゃん。まぁ、昨日のは悪かったよ。誰だって勝手に学生証見られるのは嫌だよね。俺も写真写り悪かったから嫌だったなぁ。あれ、3年間使わなきゃいけないもんねぇ。大丈夫、その点七絆ちゃんはばっちり可愛く撮れてたよ」
「別に学生証見られたくらいで騒ぎませんよ。問題は私がいつも定期を入れている場所がちょっとした衝撃じゃ到底落ちないところだったってことです。あの時はどこで落としたんだろうってことで頭がいっぱいでしたけど、よくよく考えてみればいつも横ポケットのチャック、閉めてたんですよね」
叴人は七絆の言葉に密やかに笑った。悪びれるでもなく、弁解するでもなく、ただ笑っていた。
「ふふっ、固いなぁ。いや、結構手堅い子だったんだな。一つ言い訳させてもらうと、一応七絆ちゃんは“ゾンビ”の血を浴びたからね。アフターケアが必要かなぁと思って。あの場で名前を聞いてもきっと教えてくれなかっただろ? ちょっとばっかし実力行使に出させてもらったぜ。それについては悪かったよ」
「『タカ』では巻き込まれた人間の記録も取ってるんですか?」
「守秘義務……と言いたいところだけど、別に隠すことでもないし。そうだよ、もしかすると“ゾンビ”になるかもしれないからね」
人差し指を唇に当てて、ぱちりとウィンクをしてみせる叴人を七絆は半目で見た。人のものを勝手に盗っておいて、反省のはの字もなさそうだ。
「ちなみに今日がオフってのはホントのホント。昨日の時点で四徹だった叴人お兄さんは後輩の女の子に心配されて無理矢理お休みを取らされたのです」
泣き真似をしてみせるが、その隙間から見えた叴人の表情は随分と人間めいたものだった。いつも作りものみたいな笑顔を乗せているからか、なんとなく人間味を感じられなかったけれど、その表情を見てこの人も人間なのかという考えが七絆の胸に落ちた。あの時見たあおいろが彼を作りものめいて見せていたのかもしれない。
「ん? なになに、俺の顔じぃっと見ちゃって。もしかして、惚れちゃった?」
「いや、それはないんですけど。それよりも、生田さんはいらっしゃらないんですね」
「それよりもって、傷ついちゃうなぁー。よよちゃんはいないよ。言ったろ、今日はオフだって。一応よよちゃんも今日はお休みなんだけど、きっと休んでないだろうなぁ。いくらバディ組んでるからって、休日も一緒に行動するわけじゃないさ。ま、可愛い女の子や美人さんならまだしもね」
「……へぇ、そうですか」
若干七絆が身を引くと、叴人は芝居がかったように肩を大げさにすくめてみせた。そうして七絆にとっては大層肩身の狭い沈黙が訪れる。叴人ものんびりと行き交う家族を目を細めて、まるで眩しそうに見ていた。
一方七絆はというと、この間と同じくこの場を立ち去りたくてたまらなかった。脳内でイマジナリー胡蝶が大仰に溜息を吐いてきて米神に青筋が立ちそうになる。確かに注意を受けていながら、この短期間で『タカ』の、しかも上層部の人間と鉢合わせしてしまっているのだ。どんな運命の糸かは知らないが、神様は随分と七絆を窮地に陥らせるのが好きらしい。
「そう言えば、七絆ちゃんはこんなとこでひとり何してるの?」
「ひぇあっ!? ええっと、その、遊園地に来てます?」
「……ふっ、あっはっはっはっはっはっ! そりゃ見ればわかるよ! こんなとこまで散歩に来たとか言われたらどうしたのかと思うさ。あっ、ちょっと待って。俺、わかっちゃった」
悪戯っ子のような顔をして七絆を覗き込んでくる叴人に彼女は冷や汗が止まらなかった。視線があらぬ方向に泳ぐのを制しながら、固い笑顔で「何がです?」と聞くのが精一杯だ。
するりと七絆の耳元に口を寄せると、叴人は小さく囁いた。
「彼氏とデートでしょ?」
叴人は身を離すとどうだと言わんばかりに七絆を見てくる。それに対して呆気にとられた七絆が曖昧に頷くと、彼はしたり顔でうんうんと首を振った。
「いやー、青春してるねっ!」
「えぇ、はぁ、まぁ……」
「ところで彼氏くんは?」
「あぁっと、多分なんかアトラクションに乗ってるんだと。私はちょっと乗り物酔いしちゃって休んでたとこなんです。彼、こういうところ来るの初めてだから少しでも楽しんでほしくって」
「ふうん。七絆ちゃんって健気な子なんだね。でも、それは置いといて、こんな可愛い恋人を置いて行くなんて信じらんないなぁ。……ここでちょっと耳寄りな情報だけど、俺とかはどう? 結構一途なタイプだよ」
バレッタから一筋髪が首筋に落ちる。にやりと口元を上げる叴人の瞳はどことなく真剣だった。まさかこんな七絆のような垢抜けない少女に本気になるとは思えない。けれど、その瞳の奥の真意を七絆は見抜けない。
けれど、七絆の口は勝手に開いていた。考えるより先に言葉が飛び出す。
「無理ですね」
「おっと、ばっさり。お兄さん傷ついちゃう」
「そもそも本気でもないくせに、そういう対応は見る人が見ると勘違いしちゃいますよ。いつか女性に刺されても知りませんから」
「……ふふっ、肝に銘じておくよ。案外クールに切り捨てられたからびっくりしちゃったぜ。お遊びに乗ってくれるかなと思ったけど、潔癖なのかな?」
見透かすような視線にこの間の透明な空色を思い出して居心地の悪さを覚えたが、七絆はきちんと彼女自身の答えを口にしたかった。
「潔癖とかそういうのじゃなくて、冗談でも私が彼を裏切りたくないだけですよ。いつだって誠実でいたいだけです。彼は……私の心臓みたいな人なので」
目の前の瞳が丸くなった。それから、叴人はからからと甲高く笑った。それにむっとしたように七絆が睨み上げれば、彼は「悪い悪い」と手をひらひら振る。それからやけに穏やかな微笑みを浮かべた。まるでよくできた子どもを褒める母親のようだ。
「七絆ちゃん、男前だねぇ。いや、笑って悪かった。あまりにもきみの表現がストレートだったから、少しばっかりびっくりしただけ」
「その割には軽快に笑い飛ばしてくれた気がしますけど……?」
「それはちょっとお茶目なお兄さんだったってことで許してくれよ。七絆ちゃんが素敵な女性だってことがよくわかったぜ。いやはや、そんな熱い告白を聞いてしまったお兄さんは退散することにしよう。もし勘違いされちまったらきみに悪いしね」
叴人はそう言ってへらりと笑うと、ベンチから立ち上がった。本当に立ち去るつもりなのだろう。いつの間にか冷たくなったお茶を持っていた手が冷え切っているのにようやく気がついて、長い時間彼と話をしていたことを自覚した。
「それじゃあね、七絆ちゃん。彼氏くんにヨロシクゥ~」
叴人は右手をポケットに突っ込んで、左手を七絆に向けて振った。そうしてこちらに背を向けて歩き始める。
―――ここで切り出してみるべきか。
好き勝手に一方的に理解されたままで引き下がるには、この邂逅はあまりにも勿体ない。虎穴に入らずんば虎子を得ず。何らかの情報を引き出さないと割に合わない。七絆は緊張感から生唾を呑み込んだ。
こんなことをしなくても、この場は穏便に別れればいいのではという弱気な考えも過ぎるが、七絆はこの先『タカ』を相手取って踊り続けなければいけない。駆け引きの真似事は経験しておくべきだ。いつかのために。そしてそれは誤っても傷の浅い今だからこそできるものだ。
「……生方さんは『タカ』なんですよね。今朝のニュース、見ましたか? あの、逃亡中の“ゾンビ”の真似をしている人たちの」
少しばかり声が上ずったような気がするが、叴人にはその声が届いたようだ。彼は立ち止まって、七絆のいるベンチを振り返った。さほど距離が離れなかったのは幸いだが、しかしそれは叴人が何かしらのアクションを取った時に対応できない距離でもあった。だが、そうであったとしても七絆は彼らの内情に踏み込むために口を開く。
「私、ニュースを見ました。今は『タカ』が捜査に当たってるってことも、現場は混乱しているってことも。本当に生方さんは休暇なんですか?」
「……あらら、探偵ごっこでもしたいのかい。色々なことに興味を持っちゃう年頃なのかな。ほら、学校の七不思議とか探しちゃうヤツ」
「殺すんですか、彼らも。“ゾンビ”じゃないのに、ただの人であっても殺すんですか。必要のないことであっても」
踏み込んだ。七絆は今、叴人の領域へと足を踏み入れた。瞬間ではあったけれど、彼の口元から笑みが消えたような気がする。それは本当に一瞬のことで、既に口元は弧を描いている。まるでその表情しかできないみたいだった。先ほどまで和やかに話していた人間味がまるでない。
叴人は七絆へと身体を向けて真っ直ぐに彼女を見つめた。値踏みをするように目が細められる。
「面白いこと聞くなぁ。七絆ちゃんはどうだと思う?」
彼の瞳に浮かんだのは随分と酷薄な笑みだった。ふるりと背筋が震えたが、七絆は目を逸らさなかった。曖昧に笑って別れていればこんな思いはしなくても済んだのに、それでもここで叴人を見極めるべきだと思ったのだ。先ほど彼が七絆のことを勝手にわかった気になったように、彼女も叴人のことを理解した気になるべきなのだ。
「どうして『タカ』はゾンビを庇い立てするだけの人も殺すんですか。そんなに“死なない”というのが恐いんですか」
「興奮してるのかい? それとも、緊張? 会話が成り立ってない、質問に答えられていないよ」
「それはお互い様でしょう。生方さんも私の質問に答えていませんよ」
「守秘義務っていうのがあるんだ。七絆ちゃんの質問に答えたくても答えられないのさ。ジレンマってやつだ」
「もっとマシな言い訳はないんですか。それじゃあ、何か暴かれたくないものでもあるみたいな仕草ですよ」
「あれ、そんなの表情に出てたかい。七絆ちゃんが見たいものを勝手に投影してるんじゃない?」
これでは会話ではなく、ただの押し問答だ。というよりかは、暖簾に腕押しの方が正しいかもしれない。七絆がどれだけ強く出ようとも、ひらりひらりと叴人は躱していってしまう。特段七絆が『タカ』の弱みをあげつらっているわけでもない。叴人が話す理由は何一つないのだ。
七絆の脳裏に『タカ』の死亡記録が掠めたが、それを引き合いに脅すにはいささか性急だった。持てるカードは多くはない。ならば、数少ないカードを有効的に切っていくのが勝負の定石だろう。それにあの情報は現状弱みになるかすらもわからないのだ。
あまりにも七絆が引かない姿勢を見せているからなのか、叴人は大げさに嘆息すると彼女の座るベンチに近づいてくる。そうして、薄らとその口元を緩めながら口を開いた。
「じゃあ、自分の危険も省みず、飛び込んできたきみにご褒美だ。きみの疑問に答えてあげよう。特別だよ?」
すらりと大きな手を七絆の肩の上に置いた。肩が跳ねぬようにと七絆は努めたけれど、多少は彼女の緊張が叴人に伝わってしまったようで、彼は声を押し殺して笑った。七絆の耳元に唇を近づける。
「いつしか人は死ぬ。それが遅いか早いかの違いじゃないかな」
「ま、あんまり首を突っ込むものじゃないよ。好奇心、猫を殺すってね。それに最近はこの辺りも“ゾンビ”が増えてきてる。帰り道にはくれぐれも気をつけて」
耳元で囁かれたのは明るいようで伽藍洞な声だった。叴人はぽんっと七絆の肩を叩くと、そのまま去って行った。今度は七絆も引き止めない。耳元の声があまりにも不気味で、ぶわりと冷や汗が流れていった。
「……はぁ~。こえぇぇ……。しかも、何にも答えてないし……」
なんだかどっと疲れた気がする。蓄積した疲労感が一気に身体にのしかかってきたようだ。重くため息を吐いてから、天を仰げば夕闇が広がり始めてきて真っ赤な空があった。
結局のところ、何も得るものがなかった。いや、一つだけあったとすると、生方叴人は恐ろしい人間だとわかったことだろうか。それにしても、リスクの割にリターンが少なすぎる。
本当にこんなことをしてよかったのだろうかという考えが過ぎるが、けれど、これでいいのかもしれないとも思う。
七絆にその目を引きつけておけば、逆にこちらも動きやすくなる。見られていることを意識して動けば、相手を罠に嵌めることも容易い。無関心でいられれば空振りに終わるようなことでも、こちらを注視しているからこそ囲い込めることもあるのだ。
誰かを犠牲にしてでも、零を守れるのならば。
きっとそれ以上のことはないのだから。
ソシャゲとか諸々に忙しすぎて亀になってますが、ゆっくり頑張ります。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。




