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リビングデッドにキスをして  作者: 神川 宙
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偽善者と復讐者

第二十六話。

『はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……』

 端末から馬鹿みたいにでかくわざとらしいため息が聞こえてきて、七絆の額に青筋が立った。だが、今回に限っては七絆が一方的に悪いので反論できずに唸ることしかできない。

『私、昨日お気をつけてと言いましたよね? その理由もお見せいたしましたよね?』

「だ、だから、すみませんでしたと……」

『出会っただけでなく、挙句お名前も押さえられてしまうとはっ!! よよよ……胡蝶は悲しゅうございます。私の忠告をクイーンが無視されるとは……』

「いや、だから無視してないですってば! 不可抗力! そう、不可抗力だったんです! 私だって襤褸が出ないように頑張ってですね……」

『襤褸が出ないよう頑張ったというところがお察しという感じでございますが。まぁ、過ぎたことは詰ったところで犬の餌にもなりませんから』

「こ、こいつ……いきなり冷静になりやがって……」

 先ほどまで白々しいほどに私は悲しいですと前面に押し出してきていた胡蝶だが、いきなり冷静になり七絆は歯噛みした。

 現在時刻は真夜中の2時。七絆はクッションを抱えてソファに座っていた。今日の出来事がなんとなく気にかかり、胡蝶に報告をしておくべきかと思い至って連絡してみたのだ。七絆の自室ではぐうぐうと零が眠っているため、忍び足で抜け出してきたわけである。その結果が七絆の額の青筋だった。

『ところで、クイーン。私がお渡ししました資料にはもう目を通されましたか?』

「ぐっ……。後で確認しようと思ってました。今も手元に持ってますし」

『宿題をやってないことを母親に指摘された小学生ですか。まぁ、昨日の今日ですし、仕方ございませんね。貴女様の知りたいことが詰まっている胡蝶お手製の資料でございますので、しっかりご確認くださいね』

「……あの、やっぱり胡蝶さん、怒ってます?」

『いえ、全く、これぽっちも。如何されましたか?』

「いつもより素っ気ないなと思いまして……。いや、いつもってなんだ。昨日あったばっかりなのに」

 それになんだか端末の向こう側が騒がしい気がする。胡蝶の声はきちんと聞こえるが、遠くから誰かの声が聞こえてくる。七絆が首を傾げていると、胡蝶はああと事も無げに相槌を打った。

『実を言いますと、ちょっと今手が離せない状況でして』

「いや、なに呑気に電話でてんの!? 掛けたときに言ってくださいよ!」

『いえ、いえ、私が最重要とするのはクイーンの御言葉でございますが故。お気になさらずよう』

「気にするよっ! いや、気にするからっ! ちょ、私の方から切りますね!?」

『ああ、その前に。クイーン、明日の、いえ、もう今日ですね、ニュースを楽しみに今夜はお過ごしくださいね。あと、私から後程ささやかなプレゼントをお送りいたしますので』

 『夜更かしは美肌の天敵ですよ』とだけ告げられて、七絆は電話を切った。やはり昨日とは打って変わって淡々と話す胡蝶に違和感を感じたが、七絆がいくら考えても今の彼の状況はわからないので考えるのをやめる。そして、持ってきていた封筒を手に取る。

 先ほど胡蝶に言った言葉は嘘ではない。昨日はあの逃走劇のせいで疲れていたのか、ベッドに入るなり眠ってしまった。夢も見ないほどぐっすりで、気がついたら朝だった。七絆のベッドの下では芸術的な寝相を披露している零がいたが、彼の寝返りの音にも気づかないほどだった。

 その後は大慌てで学校に向かい、ようやく自席についてカバンを探ったところで封筒の存在に気がついたのだ。忘れていたわけではないと思っている。ただやけにカバンが重いなとは思っていた。

 厳重に封をしているそれを開けて、どっさりとした重さを感じる中身を取り出せばかなりぶ厚い紙の束だった。表紙には「クイーンへ」と書かれており、どこぞの小学生かと思うようなハートマークまでも書いてある。七絆の腕には若干鳥肌が立った。

「……これを全て読めと?」

 普通に目を通しただけでもかなりの時間がかかりそうだ。ぱらぱらと捲ってみて、七絆はとあることに気がついた。

 白紙である。このぶ厚い紙の束のほとんどが白紙なのである。

 捲る手を止めて、七絆はふうと一つ息を吐き、目を閉じた。

「白紙じゃん!!!」

 立ち上がって、その白紙の束をソファに落とした。つい大声を出してしまい、七絆は慌てて両手で口を塞いで廊下に繋がるドアを見る。特に零が起きた様子はなさそうだ。あの寝穢さを考えればこれくらいの音量では起きまい。そうは思っていても、気になってしまうものだ。

 数分ドアを注視していたが、問題なさそうだった。七絆は額に手を当てて、大きく溜息を吐いた。こんな無意味なものを持ち歩かされたかと思うと、ただ単純に腹が立つ。だが、ものに当たっても仕方がない。次に出会った時に胡蝶にぶつけるのが一番だろう。なんだか悦びそうな気がして、七絆は既にげんなりとした。

 ばらけた紙をまとめようと手を伸ばして、ふとその紙が変わっていることに気がつく。別に炙れそうだというわけではなく、数枚先から中央が四角くくりぬかれているのだ。先ほど捲った時は端しか見えていなかったために気がつかなかったようだ。

 くりぬかれている所を見てみれば、そこにはUSBが鎮座している。いつか見た映画で脱獄囚が本にハンマーを隠していたのを七絆は思い出していた。

「いや、普通に渡せばいいのでは……」

 七絆はUSBを摘まみ上げて、紙の束に再度目を落とした。よく途中で落ちたりしなかったものだ。というか、この作業コストを別のところで活かせと思ったりした。

 よく見ればUSBのあった箇所に文字が書かれている。端末のライトで照らしてみれば、そこには『残念。白紙です!』と書かれていた。次に会ったら絶対に殴ると七絆は固く心に誓ったのだった。

 胡蝶のお遊びという名の盛大なブラフをシュレッダーで処理しながら、七絆は自身のパソコンにUSBを突き刺す。容量を見ればデータはかなり大きいようだ。それこそ印刷すれば先ほどの紙の束、もしくはそれ以上になるかもしれない。

 胡蝶は七絆の知りたい内容が詰まっていると言っていた。とりあえず一通り目を通そうとファイルを開けば、七絆の目に飛び込んできたものは衝撃的な内容だった。

「……な、なにこれ」

 それは執行部隊―――つまりは『タカ』の死亡記録だった。七絆の記憶上、『タカ』の死亡についてニュースなどで取り上げられたことはなかったはずだ。だからこそ、庇護下にある一般人は彼らを不敗にして無敵の兵隊だと思っている節がある。七絆とてそうだった。

 けれど、これを見てみるとそうではないことがわかった。彼らだって唯人だ。それにしてもスクロールをし続けても終わりが見えないほど死んでいるとは思わなかった。この事実が丸々隠蔽されているのだ。生きていた人間の痕跡をここまで消せるものなのだろうか。

 生きている以上人間誰にでも縁というものが存在する。家族であったり、友だちであったり、ただの隣人であったとしても。誰にも気がつかれないように人を消すとするのならば、関わりのある人間すべての記憶を消しでもしないと不可能だ。もしくは完全に一般社会から隔離させた場所で育てでもすれば可能かもしれない。だが、この考えは現実的でない。

 なぜなら、人間はひとりで死ぬことはできても、生きることはできないからだ。

 胎から生まれ落ちたその瞬間から誰かの手を借りていかねば生きてはいけない。それこそ動物のように生まれてすぐに歩けでもしたら違うのかもしれないが、泣きもせず、赤子がいきなり立ち上がったりなどしたらそれはもう人間じゃない。理解のできないナニカだろう。

 いつまでも死んだ人間の名前を見ているわけにもいかない。七絆はこれからのことを考えなければいけないのだ。死人は死んだ時点で現世には手出しをできない。スクロールバーが半ばのところで七絆はリストを閉じようとカーソルを動かしかけた。が、そこで止まった。

生田いきた菖蒲あやめ……?」

 偶々かもしれないが、『タカ』の二人組の片割れと同じ名字を見つけたのだ。死亡年月は十六年前である。何か関係があるかもしれないと、彼の情報に目を走らせるが「Unknown」の文字しか書かれていなかった。

「……はぁ~。スカか」

 七絆は知らず力の入っていた身体から力を抜いて、ソファの背もたれにどっかりと凭れかかる。

 だが、この情報が完全に役に立たないかと言われるとそうでもない。本当に彼の情報が不明なのか、それとも隠したい何かがあるのか、といったところだ。七絆は恐らく後者であろうと考えている。そもそも死亡履歴を隠すような組織だ。後ろ暗いこと、やましいこと、多くあるはずだ。

 ただし、それがわかったところで七絆に現状打てる手はないのだけれど。それでも知らないよりかははるかにいいだろう。無知は平気で人を殺すのだ。幼子のような無邪気さで白痴のように、まっしろなまま。

 真っ暗な中、パソコンの光が目に痛い。けれど、泣き言を言ってはいられない。この平穏がいつまで続くのかはわからない。明日には唐突に終わるかもしれないのだ。撃てる手は打っておくべきである。

 七絆は胡蝶が作成したであろうレポートに目を通していく。有疵性無死症候群対策委員会は『ハト』と呼ばれる病院を持っていること、後処理部隊として『カラス』と呼ばれる部隊があること、『タカ』は数名程度のグループで動いており、数字が若いほど戦闘力が高いとされていること、一班や二班は僻地に赴いていて現在は括首町周辺にはいないということ。

 そして、『タカ』に所属する全ての人が“ゾンビ”被害で近親者を喪い、孤児であること。

 七絆はその一文に舌打ちをした。結局のところ、彼らは大義名分を抱えた殺戮者だったということだ。正義感を胸に抱えた英雄ではなく、仄暗い憎悪を纏った復讐者でしかなかったのだ。

 そんなくだらない感傷のために“ゾンビ”と呼ばれ、剪定された人間を殺していた。今日七絆の目の前で撃ち殺された人もそうだったのだろう。何も悪いことはせず、息を潜めて生きていただけなのに。

―――きっと、やつらは零も殺すだろう。

 慈悲もなく、憐憫もなく、共感もなく、ただひたすら殺意のみで。

(殺してしまおうよ。殺してしまおうよ。そのためにお前は生まれたのだから!)

 子どもの声が聞こえて、ぐるりと腹の奥で獣が唸る音を聞いた。暗い底で牙を研ぐそれは彼らと変わらないのだろう。けれど、七絆はこの獣を肯定しよう。同じ身まで落ちねば、きっと戦えないから。

―――零が殺されるのを黙って見ているくらいなら、先に私がやつらを狩りとってやろう。

 意味もなく、憤怒もなく、同情もなく、ただひたすら抵抗として。

 そこまで考えて、七絆ははっと我に返った。先ほどまでの考えを振り払うように頭を振ってパソコンの電源を落とす。まだ十分に内容を確認できたわけではないが、気が滅入ってきた。こんな暗闇にひとりいるからあんな考えに至ってしまったのだ。それでも、あの耳鳴りのような子どもの声が耳に残っていて、暴力的な思考が口を開けたままこちらを見ている。

 冷え切った手を無理矢理動かしてパソコンを持ちあげると、ソファから立ち上がる。カーテンの隙間からちらりと見えた外は当たり前だが真っ暗だった。暗闇が端末の光を反射させて、硝子に七絆の姿を浮かび上がらせる。

 窓に映る獣が赤く目を光らせた気がして、七絆は足早に自室へと戻るのだった。


リビキスが終わったらちゃんと通しで修正入れたいなと思うこの頃。張っときゃよかった伏線って後から出てくるのだよね。


ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

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