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リビングデッドにキスをして  作者: 神川 宙
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視線の意味

第十八話。

 翌日も当然と言うべきか、七絆は退屈な授業を寝ぼけ眼で受けていた。昨夜はせめての暇つぶしにと零にいつ買ったかわからないパズルゲームをさせていたら、思いの外熱中してしまい時計の短針が12時を随分と置き去りにしてから寝たのだ。まさかあんなことになるとは思わなかった。

 そのせいで起きた時には目覚まし時計が鳴るべき時間を大幅に過ぎていて、文字通り飛び起きる羽目になった。意外に寝穢い零を叩き起こして、朝ご飯を食べさせて、ぐずる零を引き剥がして飛び出してきたため、七絆の体力ゲージは午前中にして僅かばかりを残すだけである。無意味にカチカチとシャーペンの神を伸ばしては引っ込めるを繰り返して気を紛らわしていた。

 思わず漏れそうになる欠伸を噛み殺しているうちに四限の終わりを告げるチャイムが鳴る。教師がテンプレートのようなことを言ってドアを出て行く。それを横目で見送ってから、七絆は大きく伸びをした。ぱきぱきと鳴る背中が気持ちよかった。

 昨日のことがあったからか、凍雲は直接七絆の元は来ることはなかった。その代わり陰湿な視線を先ほどから受ける羽目となっているが。視線で七絆の時間が拘束されることもない。ざわつく教室の中、七絆はひとり帰り支度を始める。

 カバンに手を突っ込むと、がさりと大きめのビニール袋が倒れてきた。大手CDショップの派手な見た目のその中には昨日少年から預かった上着が入っている。丁寧に洗濯機で洗い、乾燥機にかけたからきっと少年が着ていた時より良い仕上がりになっているはずだ。教科書を入れるのに邪魔なその袋を一度机の上に取り出す。

 それがいけなかったのだろうか。七絆の机に近づいてきた影はそれをさっと取り上げた。

「あっ」

「嘉翅さんって音楽とか聴くんだー。えっへへ、ちょっと中身気になるかも」

「いや、それちがっ―――」

 そう言って七絆の言葉を聞かずに「ごかいちょ~」と言いながら袋を開けたのは、昨日話しかけてきた荒川菫だった。彼女は袋を開けるなり不思議そうな顔をして、中を覗き込んだ。

「あれ、服? しかも、これ男物じゃん。ちょっと、いや結構小さいけど」

 菫は遠慮なく袋からそれを取り出して広げた。がたんとどこかで大きな音がしたが、七絆はそれどころではなく、菫の行動に呆れかえっていた。

「感触からしてCDじゃないってわかると思うんだけど……」

「いやー、秘蔵ものなのかと思って。ごめんごめん。それで、これ彼氏の? 昨日はあんなこと言っちゃったけど、釈迦に説法って感じだった?」

「違うよ、昨日偶々会った男の子の服。ジュースかけられちゃって、そのまま返すわけにもいかなかったから、一度預かって洗濯したんだよ」

「嘘にしてはビミョウだね、それ。言い訳にしては苦しいし」

「嘘でも言い訳でもないから。そもそも人のものを許可なく取ったり見たりって、いいことじゃないと思うけど? 友達でもないわけだし」

 菫の両手に広げられた少年の服を取り返して、七絆はてきぱきとそれを元通りに折り畳むと再び袋に入れる。机に落としていた視線を上げると、菫は子どものように頬を膨らませていた。

「え、なに……」

「友達じゃないとか面と向かって言われると思ってなかった! ……っていうのはウソウソ。昨日の感じからして嘉翅さんってそういうタイプだもんね。私、正論言っちゃうんです!タイプっていうの?」

「間違ったことを正すことの何が悪いのかわからないけど、とりあえず荒川さんに馬鹿にされてるっていうのはわかったかな」

「うわわっ! ごめんごめん、怒らせるつもりはなかっ―――」

「菫!」

 菫の言葉は腰に手を当てて仁王立ちするだりあの声によって掻き消された。菫はコミカルに額に手をやると、彼女を振り返る。だりあの顔にはありありと「不満です」と書かれていた。

「そんなのに構ってないで、早くお昼食べるわよっ! この後、選択授業があるんだからっ!」

 きっと七絆を人睨みすると、菫の腕を掴んで引っ張る。菫は七絆とだりあの間で視線を彷徨わせたが、眉を下げて申し訳なさそうに片目を瞑るとそのまま引っ張られていく。

「いったい何がしたいんだ……」

 七絆はその背を見ながらぽつりと溢してしまう。菫の真意が全く読めないのだ。昨日と言い、ただ一方的に絡んできて去って行った。そもそも何故七絆に構うのかがよくわからない。今までは一切関わりがなかったのに、謎である。


 さて帰るかと腰を上げかけた時に、七絆に影がかかる。机の間に立っていたのは月下桧兎美だ。彼女は長い前髪の下から不安そうに瞳を揺らして七絆を見ている。

「な、七絆ちゃんって荒川さんと仲良かったっけ」

「いや、仲が良いとは言い難いけど。記憶が間違っていなければ、昨日初めて話したと思うよ」

「そ、そっか。……あ、いや、別になんでもないの! ちょっと気になったくらいのことで……」

「? そうなんだ」

「う、うん……」

「……? えっと、その、私寄るところあるから、ごめん」

 なぜかもじもじしている桧兎美を不思議に思いながらも七絆は席を立った。それを見て桧兎美があっ、と声を出すので、彼女はカバンを肩に掛けて立ち止まった。

「どうしたの?」

「う、ううん、何でもないの……。また明日ね、七絆ちゃん」

 やはり不可解な行動をとる桧兎美に七絆は首を傾げるが、控えめに手を振ってくるので手を振り返してから教室を出る。凍雲に絡まれなかったことに胸を撫で下ろしながら、七絆は足早に少年との待ち合わせ場所を目指すのだった。

 その背中をじっと見つめる視線には気がつかないままに。

こう、微妙な長さの幕間というか、学校パートの存在に困ってしまう……。(書かなければいいのでは?)


ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

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