表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リビングデッドにキスをして  作者: 神川 宙
17/62

恋とはどんなものかしら

第十五話。

「ごめんっ!」

 目の前で音を立てて合わされた両手。そして勢いよく下げられる頭。七絆は首を傾げて奇怪な行動の主――閖坂凍雲を見た。その後ろでは両手を組んだまま視線を泳がせている桧兎美が立っている。七絆は行動の意味がわからず、カバンに教科書を入れる手を止めた。

 思い出すのも悍ましい、あの夜の日から一日経った今日。外出禁止令も取り下げられたため、七絆たちは当然の如く学校にいた。やはりと言うべきか、学校の話題は“ゾンビ”一色だ。

 七絆はなんとか零からの質問責めから逃げ切り、色々と約束事を取り付けて子犬のような瞳でこちらを見る彼を置いて学校に来ていた。そのせいか朝から若干疲れていた。

 浮足立つクラスメイトたちに辟易しつつも何とか乗り越えた四限。ちょうど帰ろうとしていたところ、凍雲が七絆の元に来てこの状況だ。

「なにが?」

 突き刺さるクラスメイトの視線が痛い。あの打ち上げ時の七絆の奇行も相まって、噂好きな好奇の視線に晒されている。妙に居心地が悪くなり、七絆は早くこの場を切り抜けたかった。

「ほら、あのね。一昨日の打ち上げの時のこと、閖坂くんが謝りたくて……。七絆ちゃんがああいうの嫌いだって知ってるのに、画像まで見せちゃったから……」

「ああ、そのこと。別にそんなに気にしていないし――」

「俺は本気で謝ってんの! マジで悪いと思ってんだからな!」

「え、えぇ……。なんで私が怒られて……?」

 勢いよく頭を上げた凍雲に指を突きつけられて七絆は困惑した。それを見て桧兎美は「そんな怒った言い方しなくても……!」と慌てている。

「月下は黙ってろって! お前、ニュース見てないのかよ。俺らの街で“ゾンビ”が出てたんだぞ。既読もつかねぇし、電話にも出ねぇし……。もしかしたら、お前が襲われたかもって……」

「あー……」

 実際、凍雲の予想はばっちり当たっている。“ゾンビ”ではなく人間に殺されそうになったことを除いては。さらに言えば、その被害者がニュースの“ゾンビ”だったりするが、別段口に出すことでもない。それに電話に出なかったのはただ面倒くさかっただけだった。自分の物臭をここで恨むことになるとは。

「あー、あの時はちょっと立て込んでて。いやほら、でもこうやって無事なわけだし、平気だったってことで。次からしないでもらえるのなら、それ以上は望まないから」

「な、七絆ちゃん、それは言い方が……」

「? なんで?」

 桧兎美に咎められるが、七絆は不思議そうに目を丸くした。七絆としては凍雲が気に病まないように精一杯の気遣いをしたつもりだったが、どうやら合っていなかったらしい。

 凍雲の行動は確かに七絆を不快にしたが、それで死んだわけでもない。あの出来事は偶然であっただけだし、七絆は零に助けられて生きている。もしも凍雲と共に帰っていたとしたら、恐らく抵抗も出来ず仲良く死んでいただろう。その点では感謝してるくらいだ。

「っ、ていうか! なんでお前、電話出なかったんだよ。俺も月下も心配してたんだぜ。なのに、お前さ……。メール送ってきた後も電話繋がんねぇし。俺も悪かったとは思うけど、いきなり飛び出してくお前もお前だと思うぜ」

「それはその……疲れてたし」

「それに駅で俺のこと待ってたってよかったわけだろ! そしたら送ってくくらいのことはした!」

「暗かったし、待つのはちょっと……。それに一人でも家には帰れるよ」

「大体、七絆がいきなり飛び出して行かなければよかっただろ!」

「それは既に後悔した……って、ちょっと待って。どうして私が責められてるのさ」

 堂々巡りになりそうな会話は七絆の疑問によって打ち切られた。二人の間に立っている桧兎美はあわあわと二人の顔色を窺うようにしている。

 凍雲の表情を見る限り怒っているのだろうけど、その原因が七絆にはさっぱりわからない。謝罪しに来て勝手に腹を立てるなんてどんな逆ギレだと七絆は心の中でため息を吐いた。クラスメイトの視線は七絆たちに向きっぱなしだ。ここに小路だりあがいなくてよかったと心底思う。

「本当に気にしてないんだってば。だから、閖坂くんも気にしなくていいって。別に一緒に帰る約束とかしていたわけじゃなかったわけで。なので、この話はここで―――」

「それでも俺は納得がいかない」

 どうしてこうなったと考えても意味はない。とりあえずは事態の終息を測るべきだと思い、七絆はそう口にしたがそれは他ならぬ凍雲の一言で切り伏せられた。もはや人目を気にせず頭を抱えたかった七絆だ。

「だから、本当に、大丈夫だったんだってば。……あー、そうだ! 私、お義母さんから用事頼まれてたんだったー! じゃあ、これで―――」

「あの人がお前に頼み事なんてするわけないだろ。仲だって良くないじゃん」

「……だからさ、何にもなかったって言ってるでしょ。どうしてわかってくれないかなぁ」

 さすがの七絆も低い声が出るのを抑えられなかった。棒読みだったとはいえ、こちらが用事があると言っているのにどうして引き留めるのか。しかも、こんなくだらない些細なことで。七絆には理解できなかった。

 七絆はぎろりと凍雲を睨みつけると、カバンを荒々しく引っ掴んだ。そのままドアへと向かう。

「―――ほんと、七絆変わったよな」

「……またその話?」

 教室の温度がぐっと低くなったような気がした。ドアから外に出る手前で七絆は止まった。いい加減うんざりなのだ。凍雲はいつだって七絆に「昔のお前はそんなことを言わなかった、しなかった」と突きつけてくる。幼馴染だか何だか知らないが、今の七絆にとっては面倒くさいクラスメイトでしかない。

「昔は凍雲くん、凍雲くんって言いながら俺の後ろついてきてたくせに。あれかよ、頭がよくなったからってどうでもよくなったのかよ。勉強だって教えてやってたのに」

 騒がしかった教室は静まりかえって二人の動向を固唾を飲んで見守っている。桧兎美も巻き込まれたくないのか、黙ったまま両手を所在なさげに組んでいた。

「幼馴染だからっていうだけで、ずっとお前の面倒見てやってたんだぞ。オレはオレの時間を削ってでも、お前に合わせてやってたってのに」

「昔は引っ込み思案で誰ともうまく遊べなかったから、いつだって輪に入れてやってたのに」

「葵さんがいなかった時に家に泊めてやったのに。その時だって―――」


「いい加減にしてくれないかな」

 

 止まらない凍雲の昔話を止めたのは他ならぬ七絆の言葉だった。

「昔は、昔はって過去に縋って気分でもいいのかな。どれだけきみが幼い頃の私に『何かしてやった』って、私は知らない、覚えてない、関係ない。そもそもきみに興味がない。それがわかったら構わないで、迷惑だから。私の知らないところでせいぜい裸の王様でもしてればいいよ」

 七絆はそれだけ吐き捨てると、足音荒く教室を飛び出した。背後で教室の中がざわつくのを感じたが、何もかも置き去りにしていく。

 七絆にはどうして閖坂凍雲という男があんなにも過去の嘉翅七絆に固執するのかがわからなかった。疑問も行き過ぎると怒りに変わるのか、腹の中で耐え難い衝動がとぐろを巻いているのを感じる。

 些細なことすら煩わしい。昼休みの喧騒が頭に響くようだった。

 人にぶつかるのも厭わず、ただひたすら校舎を速足で過ぎていく。早く意味のわからない生物のいるこの檻から一刻も早く出て行きたかった。

 まっすぐと下駄箱まで向かい、自身の番号がついた箱の取っ手に手をかけた時、速足でこちらに向かってくる足音に気がついた。

「ちょっと」

 不意に背後かけられた声に七絆は億劫そうに振り返った。その視線の先にはいつも通り取り巻きを横に侍らして腕組をして仁王立ちしている小路だりあがいる。

「なにか?」

 投げ捨てられたローファーが音を立てて床に落ちる。七絆はそれに目もくれず、だりあを睨んだ。

「さっきみんなに聞いたけど、アンタ随分閖坂くんにひどいことを言ったって?」

「随分と耳聡いんだね。職員室に呼び出されてたんじゃなかった?」

「呼び出されてないわよ。私はアンタと違って先生たちに頼られてるからね」

「そう、よかったね」

 七絆はそうとだけ言うと、視線を下に向けて足先をローファーに伸ばした。

「待ちなさいよ。私の話はまだ終わってないんだけど」

「私の話は終わったよ。急いでるんだ」

 下を向いて足でローファーの向きを変えている七絆にだりあは掴みかかった。後ろからちょっとだりあ、と取り巻きの一人の声が聞こえる。

「何様のつもりなワケ? うじうじうじうじ部屋の隅でしてたアンタが私にそんな態度取るとか。いじめられてたとこ助けてあげたりもしたんだけど?」

 またかと七絆は肩を竦めた。外された視線が気に食わないのか、それとも七絆の態度が癪に触ったのかは知らないが、だりあはきつく七絆を睨みつける。

「それに、ゆ、閖坂くんはアンタを思って助けてくれてるのに、その仕打ち、失礼じゃない。大体彼だって忙しくてアンタに構ってる暇なんて本来ないのよ。それなのにアンタが頼りないから―――」

「あのさ、」

 話しているだりあに無理矢理割り込むように七絆は声を上げた。一瞬むっとしただりあだったが、かちあった七絆の視線の冷たさに少し体を強張らせた。

「きみも閖坂くんもさ、“昔の私”を下に見て楽しい? 今じゃもう見下せないからって過去に思いを馳せて、自分はまだ嘉翅七絆より上にいるって確認して虚しくない? そろそろ現実を見なよ。何でも上でいたいのかもしれないけど、自分が本当に私より下にいないか胸に手を当てて考えてみたら?」

 じろりと七絆の黒目が自身より下にあるだりあを見つめた。否、見つめているのではない。見下していた。彼女の視線は間違いなくだりあを蔑んでいた。

―――いつだって己の後ろをついて回っていた、あの泣き虫の嘉翅七絆が!

 だりあは顔を真っ赤にすると、右手を大きく振り上げた。昔の七絆はこの動作を見ると泣きながら謝ってきたものだが、目の前の彼女は瞬き一つせずにだりあを見下ろしている。

 その事実にだりあは振り上げた手を振り抜こうとしたが、右腕が誰かに止められる。

「だりあ、それはやりすぎじゃん?」

 それを止めたのは後ろで成り行きを見ていた取り巻きの一人、荒川菫だった。彼女はだりあの振り上げた右腕を掴んでいる。

「ちょっと、菫止めないでよ!」

「いや、流石に止めるって。別に嘉翅さん悪いことしてないでしょ。言い方はアレかもしれないけど、それ言ったらだりあだってだりあだし。閖坂のこと好きなのはわかるけど、嘉翅さんに八つ当たりすんのは違うっしょ」

「ちょ、菫!」

「あ~、あははは。いや、今更じゃん。ちょ、ごめん、ごめんって」

 だりあは先ほどとは違い羞恥で顔を真っ赤にすると七絆を掴んでいた手を離して菫をぽこぽこと叩いた。菫は笑ったままそれを受け入れている。

「もういいわ! 教室戻る!」

 だりあは癇癪を起こしたように叫ぶと廊下を走っていった。残り二人の取り巻きは困ったようにだりあと菫の間に視線を走らせていたが、すぐにだりあの後を追って行った。終わりを悟った七絆は嵐のようだったなと思いながら、爪先でローファーを転がす。

 そのまま去ると思っていた菫だったが、だりあが去ったのを見届けるとくるりと七絆に向き直った。一本に結ばれた黒髪が魚の尾ひれのように揺れる。

「よーし、行った行った。いやー、ごめんね」

「どうして荒川さんが謝るの? 別に何も悪いことしてないよ」

「いや、そりゃ、ほら。ああなるまで止めなかったし」

 七絆の問いに菫はばつが悪そうに頭を掻いた。七絆は曖昧な相槌をして視線を地面に落とす。

「でも意外。嘉翅さんって教室じゃ大人しいから。結構アグレッシブなんね」

「それはどうも。別に大人しいわけじゃなくて、小路さんたちみたいにつるむ必要性を感じないってだけだけど。度が過ぎれば口でも手でも出るよ」

「ありゃ、手厳しい。でも、だりあのこと、大目に見てやってよ。アイツ、閖坂のこと好きなんだよ。閖坂が嘉翅さんのことばっかり構うから嫉妬してるんだ」

「……よくわからないな。好きじゃない相手ならなんでもしていいってことにはならないと思うけど」 

 菫は一瞬だけ目を丸くすると、次には大口を開けて笑った。いきなりの大声に七絆は肩をびくつかせて菫を見る。彼女はごめんごめんと片手を上げた。

「そりゃそうだよ。嘉翅さんの言う通り。でも、恋ってのは自分じゃ制御できないんだよ。なんせ心が命じてるものだからね。嘉翅さんも好きな人ができればわかるんじゃない?」

 それじゃこの辺りで~と、にやっと笑って菫はだりあ達の走っていった方へと去って行く。

 菫の言葉に昨日の零とのやり取りを思い出した。冷静に振り返ってみればあの行動は理性的ではなかった。心情を優先させた行動だ。

―――じゃあ、あれがやはり恋だとでもいうのか。零を想っての行動の源は。

「……ばかばかしい」

 投げ捨てられて左右がひっくり返ったローファーだけがその呟きを聞いていた。


ネタ出しの時点から名前が変わっている人物がいるので間違えそうになる……。


ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ