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リビングデッドにキスをして  作者: 神川 宙
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暗雲来たれり

第八話。今回も注意書きなしです。

 軽快なインターホンの音が鳴り響いた。ピンポンピンポンピンポン―――

 七絆は疲れ切っていたので無視しようと思っていたが、いい加減しつこい。大体何時だと思っているんだと時計を見れば短針が8時に差し掛かっていた。別段非常識な時間ではなかった。

 億劫だが仕方がない。大きく欠伸をしてから、玄関によたよたと向かう。一人暮らしにしては不用心にも覗き穴すら見ずにがちゃがちゃと鍵を回していった。

「はい、嘉翅ですけど」

 ドアを開いた先には黒いスーツの男が二人立っている。一人は明るい茶髪の髪を肩口まで伸ばした中性的な雰囲気の男だ。どうやらこの男がインターホン連打の犯人らしく、茶目っ気たっぷりに笑っていた。

 もう一人は茶髪の男の後ろで七絆を睨んでくる銀色がかった短髪の男だった。もちろん両方とも七絆の知り合いではない。彼女が困惑していると、茶髪の男がにこにこしたまま口を開いた。

「いやー、朝早くにごめんなさい。私たち政府直轄有疵性無死症候群対策委員会執行部の者でして。長ったらしいから『タカ』って言った方が最近の子にはわかりやすいかな?」

 『タカ』。その言葉を聞いて、七絆は背筋を伸ばした。『タカ』なんて初めて見たが、彼らがここにいるということはつまり近くで“ゾンビ”が出たということだ。

「あー、そんな緊張しないで。ほら、よよちゃん、なんか冗談でも言って場を和ませてよ。こういうのお前向きでしょ?」

「殺すぞ」

「照れちゃってもー。そんなんだから、俺と組む羽目になるんだぞ。と、まぁ冗談はさておき、えーついさっきこの辺りで“患者”を見たって情報があってね。この周囲で聞き取り調査をしているんだが――。挙動不審な人物を見かけたりしたかい?」

「いえ、見てません」

 七絆は男の問いに間髪入れずに答えた。彼はそんな七絆の勢いに少し目を丸くしたが、後ろの男に向かって頷くと「悪かったね」とぱっと離れる。

「ところで、随分と顔色がひどいけれど大丈夫? 髪の毛に葉っぱついてるけど」

 男はひらりと右手に持った葉を見せてきた。慌てて髪を触るが泥混じりで軋んだ髪しかない。触られた気配もないのに、触られた結果だけあるのがなんとも不気味だった。

「もしかして夜更かし? あんまり身体に良くないよ?」

「……昨日は文化祭の打ち上げが、それで夜遅くまで」

「あっはっはっは。そっか、そんな時期だもんねぇ。俺たちはそういうのわからないからなぁ。なぁ、よよちゃん」

「ぶっ殺すぞ」

「ほんっと躾のなってない犬みたいになっちゃって。ジョークの通じない子に育っちゃったもんだ」

 “よよちゃん”と呼ばれた銀髪の男は凶悪的な目つきで茶髪の男を睨みつける。七絆はその眼光の鋭さに思わず身を固くした。何を考えているかわからない飄々としている男と殺人犯も斯くやという目つきの男。居心地の悪さから早くこのドアを閉めたくて仕方ない。

「……えっと、そのお話はこれだけで」

「あぁ、そうだった! はい、これ」

「……名刺?」

 七絆の手元に差し出されたのは手のひらサイズの紙に文字が連なっている、所謂名刺だった。そこには『政府直轄有疵性無死症候群対策委員会執行部隊 生方叴人』と書かれており、電話番号も記されていた。

「これ、俺の名刺ね。今更だけど、俺が生方いきかた叴人くひと。こっちの目つきが凶悪的に可愛くないのが生田いくた四代よっか。もしお友達とかに目撃者がいたら、電話くれると嬉しいな。個人的な電話でも全然いいぜ。むしろウェルカム」

「はぁ……」

「そういえば親御さんは? お仕事行っちゃった?」

「いえ、2階に」

「あぁ、あの……。親は選べないからねえ、可哀想に。そうそう、念のため今日は外出したらダメだからね。それじゃあ、精一杯青春を楽しんで」

 茶髪の男――生方叴人はそう告げるとドアから離れた。ひらりと手を振ると、隣の銀髪の男――生田四代を連れ立って歩き出す。それを見送ると七絆はゆっくりとドアを閉めた。

 そして、ドアを背にへたり込む。

 どくどくと心臓が早鐘を打っている。顔に出てはいなかっただろうか。冷や汗は勘づかれていなかっただろうか。

 きっちりとドアガードがかかっているのを確認してから、歩きたての赤子のようによろよろとソファまで向かった。ソファに辿りつくと、何も考えずに倒れこむ。髪の毛は泥がついたままだし、身体にだって血がこびりついていそうだ。一通り拭いたとしても、違和感までは拭えない。

 “ゾンビ”が出たと言っていた。

 人が死んだのだろうか。

 あの人たちは“ゾンビ”と呼ばれる人間を殺したのだろうか。

 昨日今日と死という単語を聞きなれてしまったようだ。明日の学校の話題も、それで持ち切りだろう。

死んだ、殺されたが安いエンターテイメントに成り下がる。

命の価値が引き下がる。

「……私の命は誰かに助けられるに足るものなのかな」

 早くあの人はお風呂から出ないかな。今は無性に彼の顔が見たかった。昨日あったばかりの人物なのに、七絆は彼に心動かされている。

「もしかして、本当に恋なのかも」

 女の子の甘酸っぱいひみつ。胸に秘められた抑圧された獣。張り裂けてしまいそうな風船みたいなきもち。

 それなら随分と自分の恋心は血腥い始まり方をしてしまったらしい。

 ふっと吐息だけで笑った。随分と弱々しい音だった。

 昔なら“ゾンビ”という言葉を聞いただけで取り乱すような七絆だったが、今彼女の心はないが海のように変わらなかった。その変化に七絆は気がついていない。

 彼女の現実は彼女が認知してこなかった現実に少しづつ侵されつつある。その移ろいに七絆は気がついていない。

 だんだんと瞼が重くなっていき、抗い難い眠気が七絆を襲い来る。

 あ、そうだ。お兄さん、ちゃんと服着れたかな。




 あの少女の家から数十メートル。叴人は缶コーヒーを片手に煙草を吹かしていた。その視線は未だにあの家にある。

「よよちゃーん。どう思う?」

「その呼び方ヤメテクダサイ、キュートせんぱい」

「めちゃくちゃ俺可愛いをアピールしてる奴みたいじゃん。こう見えてもそろそろ三十路なんだけどなー。若く見られちゃうんだよなー」

「落ち着きがないって意味じゃねぇの。……それより、さっきのガキの話だが、」

「ガキってよよちゃん、そんなに年変わんないでしょうよ。この間成人したばっかじゃん」

「話を転がすな、ぶっ殺すぞ」

「ごめんごめん。で?」

「……くせぇな。泥のにおいがひどいが、微かに血の匂いもした。が、どっか擦りむいた程度の匂いだ。それ以外は雨のにおいで消えちまってわからん」

「本当にお前は鼻が良いね。ワンちゃんみたいでえらいえらーい」

「目が笑ってねーぞ、叴人先輩」

「うーん、そうか? 俺はいつだって笑顔の博愛主義者だぜ」

 あの少女の出で立ちは疑わない方が逆に失礼だというものだ。大体こんな時間にあんな泥まみれでいるのはおかしい。いくらはしゃぎ過ぎたって朝っぱらから泥遊びはすまい。

 それに何より叴人たちを見るあの目だ。

 彼女は必死に隠していたのか、終始俯きがちだったけれど、叴人はそれを読み取るのが仕事だ。ちらりと見えた彼女の澱んだ瞳は――

 あの少女は明らかに叴人達を蔑んでいた。それがどんな理由かは知らないし、叴人がそう受け取っただけで種類は違うかもしれない。けれど、確かに彼女は叴人達に、いや『タカ』という存在に負の感情を抱いていそうだ。

「……なんだか、この件は荒れる気がするなぁ」

 短くなった煙草を携帯灰皿に捻じり入れ、ふぅっと白い煙を吐き出した。


ルビの振り方を一瞬で忘れてます。大丈夫だろうか……。


ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

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