おっさんニートと優しいご近所さん
新潟の冬は厳しい。朝5時半、俺の1日は玄関前の雪掻きから始まる。日本海から吹き付ける北風は鼻毛さえも凍らせ、新潟県民の心を凍てつかせる。
「おはようございます。今日もお早いですな、感心感心」
声を掛けて来たのは、お向かいの五十嵐さん。いつも俺より早く玄関前に居て、位置指定道路の雪掻きをしている。俺達の家に接している道路はそこそこ広いけれど、市の管理下には置かれていない私道である。そのため除雪車が入って来ないので、各自で家の前の道路を雪掻きしなくてはいけない。
五十嵐さんは、スノーダンプを慣れた手つきで操り、天野さんの玄関前に雪をどんどん押して行く。先月東京から引っ越して来た天野さんは、雪の怖さを知らないのか、ただ単に面倒なのか分からないが雪下ろしや雪掻きを一切しない。なので天野さん家の屋根には既に1m以上の雪が積もり、昼になると屋根から滑り落ちた雪庇が、隣に住む五十嵐さんの倉庫の屋根を直撃する。
「皆さんおはようございます。朝から精が出ますな」
今度は天野さん家の左隣の牛腸さんに声を掛けられた。牛腸さんは家電メーカに勤めていて、夜勤なのでこの時間に帰宅する。彼はそのまま家には入らず倉庫からスコップとソリを持って来て、俺達と一緒に私道の雪掻きをする。
側溝に溜まった雪を、牛腸さんがリズミカルにスコップでソリに積み、山盛りになったら天野さん家の玄関前に捨てて行く。
「おはようございます!」
元気に挨拶をしてきたこの男の子は、町内会長の佐藤さん家の勇紀くんだ。勇紀くんは集団登校班の班長なので誰よりも早く集合場所へ向かう。集合場所は天野さん家の玄関前、勇紀くんは他の子達が集まるまで、天野さんのBMWにひたすら10円攻撃を仕掛ける。
「ワン! ワンワンワンワン!」
また近藤さん家のプウタが脱走して来た。この犬は賢いのか、近藤さんの管理が甘いのか分からないが週に6回は脱走している。幸い大人しく人懐っこいので近隣住民は良い顔はしないが大目に見ていた。プウタはほぼ毎朝、天野さん家の庭に侵入するとエアコンの室外機に小便を掛け、庭木の前に糞をする。
「ゲッ、ウップ……オエエエエェビチャビチャビチャ……」
近くの駅に住み着いているホームレスが、今日も天野さん家の門前にゲロを吐く。
ブロロロロ……キッ
ホームレスが去った後、やる気の無い新聞配達が、朝6時半に天野さんの家の前にバイクを停めるとゲロの上に新聞を放り投げる。
雪掻きを終えた俺は風呂の窓から毎朝繰り返される光景をじっと見ていた。雪国育ちの俺から見れば、雪掻きをしない天野さんが悪いのだ。北国は冷たいが人の心はあたたかい。俺はそう信じている。
「真紀さん、お風呂が沸きましたよ」
「は~い、ちょっと待って」
叔母さんを呼びに行くと、リビングで縫い物をしていた。
「何を縫っているんですか?」
「悠くんのスタイよ」
「ミシンを使わないんですか?」
「願掛けしてるのよ。一針一針、悠くんが健やかに育ちますようにって」
(叔母さん……やっぱり優しい……)
「もう直ぐ3,4ヶ月健診でしょ? あの病院の待合室は寒いのよ。おくるみを編んであげたから良かったら使ってね」
「ありがとうございます」
「じゃっ、お風呂いただくわ。そう言えば、今日は燃えるゴミの日よね? 悪いんだけど、この布切れもゴミに出しておいてね」
家族ってあたたかいな……。
北国の厳しい冬が、よりいっそう強く家族のあたたかさを身に沁みさせる。スタイ型に切り抜かれた自分の服をゴミ袋に入れながら俺は家族の愛を感じた。