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おっさんニートと親玉モグルト_2

「怖くない、怖くない……。ほら、見てください」


 スナギツネは小瓶に入った錠剤を数粒取り出すと自分の口の中に入れた。


「ね? 毒なんか入ってないでしょ」


「違う! そう言う事じゃない」


 ダメだ。やっぱり人間とスナギツネでは微妙に会話が噛み合わない。


「さあ奥さんも一粒」


 逃げたくても足が震えて上手く動かない。こちらには、赤ん坊とお菓子とエロ本。守るべきものが多過ぎて分が悪い。スナギツネは錠剤を一粒摘まむと、それを俺の顔の前で左右に振って歌いだした。


「むーしむーしむし、あなたの子~♪ わたしのお尻からやってきた~♪ むーしむーしむし、飲んじゃおう♪ あなたのお肉で増殖だ♪」


「無理です! 飲めません!!」


「往生際が悪いですよ。奥さんが飲んでくれないと言うなら、私はこの錠剤を砕いて信濃川の上流から流しますよ」


「やめて!」


「ああ……奥さんが飲んでくれないから、新潟県と群馬県と長野県の人口が爆発的に増えてしまいますねぇ。そのうち独立宣言をして【モグルト連邦孤虫国】とか建国しちゃうかもしれませんね」


「脅してるんですか!?」


「さあ、この3県の運命は奥さんにかかってますよ」


 スナギツネがグイグイ顔を近付けて来る。


「嫌っ! 近付かないで。あなた目が怖い!!」


「私の目がどうしたと言うのです?」


「目がァ……目がァ……目が怖すぎる! 虫が泳いでる!!」


「大丈夫、この錠剤を飲んでしまえば、もう恐怖を感じる事もありませんよおおおオオオオォ……」


「いやああぁぁァァ――――!!」


 バンッ!!


 俺はお菓子の入ったエコバッグをスナギツネに叩きつけ、堰を切ったように走り出した。肩から赤ん坊を入れたスリング、右手にはエロ本。お菓子は犠牲になったけど彼等が助かるならば致し方ない。


 キキ――ッ! プッ!


 走り出して1分もしないところで、軽自動車が少し前方に止まった。おばあちゃんの車だ!


「美保さん、あなた何してるの? 赤ちゃんを抱いて走ったら危ないじゃない」


「お義母さん! 助けてください!! スナギツネがバイオテロで国家転覆を企んでいるんです!!」


「あなた何言ってるの?」


「早く逃げましょう! ほら、スナギツネが追いかけて来ます!!」


「バカな事言ってるんじゃないの! 誰も居ないじゃない!!」


 そう言われてバス停を見ると既にスナギツネの姿は無く、お菓子が散らばっているだけだった。


「いいから悠人ちゃんを、早く車に乗せなさい」


「うそ……何で……」


「早くなさい! 風邪引いちゃうでしょ」


 俺は渋々赤ん坊をチャイルドシートに入れた。


 あれは、赤ん坊と二人っきりになる緊張と恐怖が見せた幻影だったのだろうか…………。


「……今日は珍しくお義母さんの運転じゃないんですね」


「ママったら転んで足を捻挫しちゃったんだよ」


「濡れながら走るのも嫌だしね。スーパー銭湯と外食はまた今度だわ」


 親父の話によると、おばあちゃんは走っている間もちょくちょくiPadを見ていたらしい。


「全く、これも全部美保さんが悪いのよ! 美保さんが信用ならないから」


 いつもならここで突っ込みを入れるところだが、何となくそんな気にならなかった。例え口を出されても誰かが見守っていてくれるって素晴らしい。


 ザア――――――!!


「わっわ! 早くドアを閉めて」


 秋雨が、スナギツネの痕跡を消し去るためのように強く降りだした。


「じゃあ美保さん、先に行くわね」


 バタンッ……ブロロロロ……


 肩から空っぽのスリングを掛け、右手にはびちょびちょに濡れたエロ本を持った俺は、秋雨に容赦なく打たれながら家族のありがたみを知った。


(家族って素晴らしいな……)

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