おっさんニートの孤独な育児
初めての赤ん坊との本当の本当の二人っきり。病院での母子同室とは違い、何かあっても助けを請う事は出来ない。全てが母親の責任、命を預かるというプレッシャーは想像以上に辛かった。
(そういえば朝ごはんまだだったわ。赤ん坊が寝てるうちに食べよ)
オギャア、オギャア、オギャア
しかも、赤ん坊と言うものは狙っているかのようにバットタイミングで泣き出す。それは食事のタイミングだったり、トイレを極限まで我慢しているタイミングだったりと様々だ。
だが、おっさんニートの俺は慌てない。
「うっせー! ほっときゃ泣き疲れて寝るだろ。メシだメシ」
プルルルル、プルルルル
(あっ! おばあちゃんだ。何だろ?)
「もしもし?」
「ちょっと美保さん、何悠長にトーストなんて囓ってるのよ」
「えっ! 何で!?」
何これ? エスパー? 超怖い。俺はスマホを握りしめて辺りを見渡した。すると、ベビーベッドの柵に何やら見慣れない機械が取り付けてあるのに気付いたんだ。
「ベビーモニターよ360度見渡せる最新機種よ」
(何それ? 怖い怖い)
オギャア、オギャア、オギャア
「ほら、早く授乳してあげなさい! ちょくちょく見てるからね」
電話の向こうではシティマラソンの参加者や観客の賑やかな声が聞こえる。
「ちょっと待ってください! この映像、ご愛用の9.7インチのiPadで見てますよね?」
「ええそうよ」
「それってお義母さん以外の人にも見えちゃいませんか?」
「アンタのニュウドウカジカみたいな乳なんか皆興味ないわよ」
「ニュウドウカジカ?」
「取り敢えず悠人ちゃん優先で頑張りなさい。最近、訪問販売や宗教の勧誘が多いから気を付けるのよ」
文明の利器とは時に残酷だ。俺には一息つける時間さえ無いのか?
その頃俺は疲労困憊していて、当初自分をエリートに育てて人生リベンジしてやろうという目標をすっかり忘れていた。
オギャア、オギャア、オギャア
「分かったよ。おっぱいか」
ところで、この赤ん坊めちゃくちゃおっぱい星人だ。一度の授乳が軽く40分はかかってしまう。体重は順調に増えているので母乳が足りないわけではない。ただおっぱいにひっついていたいのだ。
ゴッドハンドには一度の授乳は20分以内にしろと言われたが、吸い疲れて寝る前に乳首から離すと大泣きする。暫く放置しておけば諦めて寝てしまうが、おばあちゃんがそれを許さなかった。なので俺の乳首はカサブタだらけで悲惨な事になっている。
(早く寝てくれ、早く寝てくれ・・・。おっ! そろそろ寝るか?)
赤ん坊が吸い疲れて寝てしまっても気を抜いてはいけない。流石にずっと抱っこをしている訳にはいかないので、ベビーベッドに移さねばならない。
(ゆっくり、ゆっくり、そお~っと・・・)
オギャア、オギャア、オギャア
赤ん坊には背中スイッチという厄介なセンサーが付いている。置くとすぐさま泣き出すのだ。
こうなったら振り出しに戻って、また初めからやり直さなくてはならない。この子は抱っこやおしゃぶりでは絶対に眠らない。おっぱいでなくてはダメだった。
(早く寝ろ、早く寝ろ・・・よし! ゆっくり、ゆっくり・・・)
着陸成功!! やっと一息つける。
(疲れ過ぎて食欲ないわ。少し叔母さんのベッドで横になろう・・・)
ピンポン、ピンポン、ピンポン、ドンドンドン!
オギャア、オギャア、オギャア、オギャア
(チキショー! 何だ? セールスか!?)
新居にはセールスや宗教の勧誘が沢山やってくる。奴等は金儲けと営業成績しか頭に無い。こちらの都合などお構い無しだ。
ドンドンドンドン! ピンポン、ピンポン、ピンポン
オギャア、オギャア、オギャア、オギャア
(扉を叩くな!)
この感じ・・・絶対悪徳セールスだ。