おっさんニートのマイホーム
ここは新潟県のとある都市。海沿いにある我が家は築25年の中古住宅だ。外壁は海風に晒されて、所々既に白くカサカサしている。それでも内装はリフォームされていて新築のように綺麗だった。
カチッ、カチッ、カチッ……シュボッ、ボンッ!
「チクショー! 何で風呂もリフォームしなかったんだよ!!」
「ちょっと、朝から煩いわよ美保さん!」
オギャア、オギャア、オギャア
「おーよしよし。びっくりちまちたね」
俺は朝起きると直ぐにガス釜に火を入れる。6時半までには風呂を沸かしておかなくてはならない。叔母は朝起きると直ぐにお風呂に入る。
「おはようママ、お風呂沸いてる?」
「おはよう真紀ちゃん。沸いてるわ、早く入ってらっしゃい」
オギャア、オギャア、オギャア
「美保さん! おっぱいだわ、ほら早く!」
おばあちゃんは良く赤ん坊の面倒を見てくれるが、完全母乳にこだわるので寝不足とハードな家事で俺はボロボロだった。
「美保りーん。僕のブラックベアネクタイ無いよー」
「それなら昨日クリーニングに出しました」
「えー! 月曜はくまさんの日なのに酷いよ。くまさん無いと会社に行けない~」
加えて親父はこだわりが強く、ささいな事でも根に持ってしまうので取り扱いに神経を使った。
他の母親達がどんな環境で子育てをしているのかは分からないが、俺の家族や近所の人達は皆口を揃えてこう言うのだ。赤ん坊の面倒を見てくれる人が居て幸せだと。
「ヤダッ! まだ下のほう水じゃない」
「真紀ちゃん、まだ沸いてなかったかい?」
「ちょっと美保さーん!!」
オギャア、オギャア、オギャア
赤ん坊に授乳しながら俺は疑問に思った。本当に彼等が言うように俺は恵まれた環境で子育てをしているのだろうか? どうして母親はこんな親父と結婚したのだろうか? 叔母さんの今日の下着の色は何色だろうか? どうして風呂をリフォームしなかったのだろうか? そういえばこの体なら女湯入り放題じゃね?
「これだからガス釜風呂は嫌なのよ。何でお風呂もリフォームしなかったの? 貯金と住まい給付金で何とかなったでしょ」
「……それは……美保さんが悪いのよ」
(はっ! 何ですと!?)
「美保さんが実家のガス釜風呂が忘れられないって言うから!」
(ちょっと待て、俺はこの家の購入には関与してないよ)
「お義母さん、私はそんな事一言も……」
「んっまぁ――――! この期に及んでこの糞よくぁwせdrftgyふじこlp……」
「ママ!?」
「ママ―――――――――――ん!!」
オギャア、オギャア、オギャア
マイホームに帰った俺の1日はこんな風に過ぎて行く。
常に同じ部屋に誰かが居るという生活は、引きこもりの俺には辛すぎた。赤ん坊の事は仕方ないけれど、せめて半日だけでもいい。自由になれる時間が欲しかった。
プライベートの無い生活に限界を感じて来た頃、やっと待ち望んだそのチャンスが訪れたんだ。
「あら皆さん、ランニングウェアなんか着て3人でジョギングですか?」
「あれ? 美保りんに言ってなかったけ? 僕達これからシティマラソンに出るんだよ」
(おっ!)
「終わったら皆でスーパー銭湯に行くわ。ごめんなさいね、夕食も外で食べて来るから帰りが遅くなるわ」
(いよっしゃ―――――!!)
「分かりました。皆さん頑張ってくださいね。直ぐにスリングを用意します」
「何言ってるの美保さん。赤ちゃんを連れて行けるわけないじゃない」
「美保りん、たまにはママ達に息抜きさせてあげてよ。赤ちゃんお願いね」
(え―――――――!!)