5.私は立ち止まるけど、
少女視点だけです。
⌘⌘⌘⌘⌘
国に帰った翌朝、いつもの庭に行くと少年がもう来ていて、少女を見つけるなり駆け寄って来た。そして真っ先に目線が彼女の包帯で巻かれた肩にいく。
「やぁ、肩の調子はどうなんだ?」
「……おはよ。今はそんなに痛くない……と思うけど、どうなるかわからないや」
少年から心配しているというのがすごく感じれる。そのことに少し少女は嬉しいと思う。
「心配してくれて、ありがとう」
感謝の言葉に、彼は少し頬を桃色に染める。
「……あなたは元気になってるね」
「生きなきゃって思って。君が頑張ってるのに、僕が頑張ってないとか、なんか嫌だったんだ」
また一緒にあの木の下で座る。
お互いに懐かしいと思いながら、二人とも自然に笑顔で会わなかった一年間の出来事を話す。
「昨日、帰還を祝う式であなたを見たとき、疑って二度見しちゃった。背が高くなっているし……雰囲気が変わり過ぎ」
「それは僕がカッコよくなったってこと?」
「………………」
「なんで黙るんだよ」
少年は少し眉間にしわを寄せて隣の少女をガン見する。少女は逃げるように目線を彼がいないところへはこんだ。
(……なんか目合わせるの嫌だな)
何か気まずかった。
「……まぁ、いいや。それよりも聞いてほしいことがある」
「……なに?」
彼はいつの間にかシワを取っていた。
「軍事関係の仕事を任されるかもしれない。ほら、僕達は今年成人になるだろう? だから、僕は本格的に王子としての仕事をもらう」
「そうなんだね、忙しくなるね」
「父上がいない時でも忙しかったから、もう慣れてると思う。もし軍事関係者になれたら、もっと君に会えそうだね」
とても嬉しそうに笑う。なんだか心がホカホカしてくる。
少女もつられて笑った。
「それは……嬉しいかも」
そして、いつもの時間に別れる。
今回の少年は壁を登っていかずに、一階の廊下を歩いて消えて行った。少女はそのとき何か寂しさをおぼえた。
(変わっちゃったなぁ)
彼は容姿も雰囲気も変わり、何故か取り残された気分になった。
城内の端にある少女の部屋に帰ると、肩を気遣いながらゆっくりと町民が好む服を着る。
今日は休みだ。この日から一週間、王以外の戦に赴いた人は休みをもらえた。
彼女の場合、身分もあるから休みをもらっても城の一部から出られないが、宰相や王に頼むと見張りを一人以上付けることを条件にそこから自由になることが可能だ。
着替え終えた時、トントンと扉を叩く音が響いた。
(……え?)
こんな地味な場所に来るのは少女と使いの者以外は滅多にいないので、少し驚く。
「女神、支度は順調ですか?」
「えっ?!」
聞こえてきた声は見覚えがあり、ここに来ることがありえない人物の声だと判断する。咄嗟に身構えてしまったが、勢い余って近くの机の脚を蹴り、地味に打った音が出た。
「……なんの音だ? 女神、入りますよ?」
「え、ちょっ、お待ちくだ」
彼女の言葉を待たずに入ってきたそいつは、藍色の瞳を少女に向けて見つめた。
トルロ将軍だ。
「……何しにここまでいらっしゃったのですか」
ちょっと斜め下から眉を寄せて将軍を見つめる。
すると、将軍は満悦の笑みで返す。
「今日は君の見張り役なんだ。怪我しているから支度できるのか心配になって、場所を教えてもらったんだよ」
「あとはコートを着るだけかな?」と、彼は近くに置いてあった茶色のコートを手に持ち少女に掛ける。
「心配してくださり嬉しいのですが、私は大丈夫ですよ」
「強がらなくていいのに。女の子なんだし、俺に甘えていいんだよ」
実際は心配されて嬉しくはなかった。少年のときはそう思わなかったが。
将軍といると何か侵略される気分になる。そんな気分はいつからだったか。
「準備できたかな。行き先は城下町って聞いていたけど、変更は?」
「…………ありません」
「よしっ、じゃあ行こうか」
「ちょっ、手っ、手を引かないでください。私はもう大人になりましたっ」
「はぐれたら困るからね」
俺見張り役だし。そう最後に付け加えられ、どう反論しようか悩んだ。
城下町はとても賑わっていた。美味しそうな匂い、「いらっしゃいらっしゃい!!」という元気な声、どこかの井戸端会議。最後にここへ来たのは一年半前だけど、ここも変わった。
「あれ美味しそうだね」
「……そうですね」
ふんわりと漂ってきた甘タレのいい匂いがする。
「食べる?」
「…………………」
迷っていると「待ってて」と一言伝えられ、将軍が一人で買いに行く。自分の分を買いに行ったのだなと思っていたら、戻ってきた時には両手にそれを持っていて、ひとつを少女に差し出す。
「えっ………………ありがとうございます」
「いいよ、いいよ。俺が食べたかったし、一緒に食べた方がより美味しく感じられそうだし」
しばらく食べながら歩いていたら、目的の場所までたどり着いた。「いらっしゃい」と年老いた女性が少女に気づいたので、ペコリと軽く会釈をする。
「へぇ、こんなお店があったんだ。何を探しているんだい?」
「……お守りです」
ここは雑貨屋で、店主の気に入ったモノしか仕入れない。
お守りらしきモノが置いてある棚に近づくと、銀色の小さな筒を見つけた。片方の側面には半透明な蓋がされていて、中の紫と白の宝石みたいなものが見える。もう片方は覗けと言わんばかりの小さな穴が空いていて、覗くと中の宝石もどきが太陽の光でキラキラと輝いていた。
「……きれい」
まるで今の少年の目みたいだ。
夢中になっていると、店主が口を開いた。
「そのお守りは厄除けだよ。その色の効果で冷静になれることからきてるらしいさ」
「厄除け……うん、これください」
災いから守ってくれそうならと思うと、即決断していた。
店主は「ありがとう」と言うと、それを包むために奥へ入っていく。
「どうしたの、何か辛いことあるの?」
「将軍には関係ありません」
「五年くらい一緒に戦ってきた戦友なのに、冷たいなぁ」
彼は眉を下げて笑う。
ふと、将軍の後ろにある棚に知っている顔の絵があった。よく見ると、第一王子とトルロ将軍など、城下町の女性に人気のありそうな人の#姿絵__プロマイド__#だ。
そこに少年の姿絵もあった。初めて見る。
「あれ、今年は第二王子も人気が出てきたんだね。まあ、天使のような容姿だし、町によく出るようになったから姿絵は出るか」
「そうなのですね。去年はなかったので驚きました」
「君のもあるよ」
「えっ……」
どうやら憧れの女性として売れているらしい。
手に持つと、やっぱり美化されているなと思えた。
店主からお守りを受け取ると、少女は将軍に用事は終わりと伝え、城に戻った。
少女の部屋まで続く廊下に出ると、周りの音は賑やかな音から風や水などの自然の音だけになる。
「……将軍、送りはここまでで結構でございます」
「いや、せっかくだし君の部屋の前まで送るよ」
「しかし、もう一本道」
「昼食の時間まであと少し。まだ話をしようよ」
ね? と笑顔で推す。少女は少し迷って、今回だけだよねと思うことで許した。
「……将軍はなぜ今は優しいのですか」
「え?」
「私は主に戦場のあなたしか知りません。その時のあなたは悪魔のようです」
彼はすごく有能な方だ。一騎当千の強者で、交渉にも長けている。その分、冷酷な一面があり、内部の乱れに目を光らす。多くの兵士は「あの人に逆らったら殺される」と言う。
よく少女の後ろにいることから、『女神の後ろに悪魔』という言葉ができ、それは『組織の中の完璧な幹部たち』への褒め言葉として世に広まったとか。
彼はまた笑う。
「俺は必要な時以外は悪魔にならないよ。顔は使い分けた方が事が早く進む」
(……多重人格って言葉が似合いそう)
どれが彼の本物の性格か。だから彼は若くして指揮官の位置にいるのだろう。
「こんな俺は嫌い?」
その問いに、何か寂しさを感じる。
「…………嫌いではないです。あなたのおかげで今の私の地位もありますし、その一面一面を嫌だなと思ったことはありません」
「さすが女神。俺にしては褒め言葉に聞こえるよ」
さらに笑顔が輝いた。