3.私はあなたを想って、僕は君を想って、
⌘⌘⌘⌘⌘
「王子、今日はいつもより飲む量が多くなりましたね」
「…….慣れた」
「!?」
医者は震えた。検診し始めてから初めて少年の声を聞いたからだ。
「お、おっ、おっっ、王子ーーーっっ」
少年の体調が回復傾向にあることの喜びと、天使のようなお方の声が聞けた喜びに合間って、彼は涙腺を崩壊させる。
少年は冷たい表情のまま、彼にハンカチを与えた。
「王子ーーーっっ、私は感激ですーーっっ」
「…………」
さらに涙の量が増え、少年は少し眉を下げた。
しばらく泣いた後、医者は落ち着きを取り戻し、検診道具を片付けながら今の国の情勢を聞かせる。
「そういえば、国王陛下はまた領土を広げようとしていますよ」
「…………」
少年は目を見開いた。
「また……戦争を?」
「!! ……そうなりますねぇ。5年前に戦の女神が現れてから破竹の勢いで勝利を収めて、今では最強国だと周りから恐れられておりますし」
(彼女に会えなくなる)
何かモヤモヤする。
そう感じると、少年は出て行こうとする医者を呼び止めた。
「……まだお薬余っているだろう、全部飲む」
「お、おっ、おっっ」
「……早く元気になりたい」
「王子ーーーっっ!!」
彼は相当涙もろい様だ。
⌘⌘⌘⌘⌘
「南の戦場に、いつ出発するんだ」
「え?」
今日も訓練の前にいつもの庭に行き、彼に出会って早々顔を近づけられる。
「…………えと、1週間後」
「そうか」
少女は彼の様子を見つめる。出会ってもう一月は経ったが、彼は最初よりも体調が良くなっている。……まだ痩せっぽちだが。
「 ……す、好きなものは……あるか?」
「え? 好きなもの……」
静かに首をかしげる。戦うか寝るかの繰り返しの日々で、特にこれが好きというものは見つからない。
「…………………………あ」
「!! なんだ?」
「『君』」
「………………!?」
瞬間、少年はボンッと茹でたこのようになる。
「いつも……『お前』って言われるから。あなたに『君』って言われると、なんか良い」
「…………………………そうか」
(かわいい)
なぜ彼は落胆したよう声色を出したのかわからないが、少女は彼の変化を楽しんだ。
そしていつもの時間に別れを告げ、少女は彼女専用の訓練場へ足を運ぶ。
「師匠、おはようございます」
「よう……嬢ちゃん」
師匠と呼ばれた初老は、ただいま腕立て伏せをしていた。せんひゃくいち、せんひゃくにと呟いているが、まだまだ元気だ。
少女も軽く走ったら、師匠の隣で腕立て伏せを始める。
「……南も戦闘準備しているそうだ。今わかることは兵はここと同じくらいで、食糧は多め。戦場は2つ山を越えた平原かもしれん。」
「では、地形を利用しにくいので力比べで勝利が決まるのでしょうか」
「どうだろうな」
訓練中は戦の話が多い。1週間後にまた戦争があるので、今日は結構多めだった。
彼女の武器は軽く作られた槍で、本物の戦の女神が持っていたから習得させられた。あとは体術である。
腕立て伏せが終わった後、長い棒を持って師匠と取っ組み合う。
「……気をつけろよ」
「……?」
近距離になったとき、師匠はつぶやく。
「どうやらこの国に敵の密偵がいる。ちょっと苦戦するかもな」
「……はい」
⌘⌘⌘⌘⌘
南の戦場に少女が出発するまであと1日。ついに明日になった。
今日も少年は早朝に起きて窓の外を見下ろす。
(まだ……来ないのか)
いつもならとっくに来ているはずの彼女は、今日会えなければ次会うのは最低でも半年後なのに……来なかった。
(来なかった……)
少年は医者が部屋を訪れるまで、窓際にもたれかかった。
太陽が真上から少し傾いた頃だった。名残惜しくて窓際に座ってボーっと庭を眺めていたら、黒づくめの少女が現れた。
少年は途端に立ち上がり、いつものガーディガンを着ると窓から下に降りる。
「遅いぞ」
「……明日だから。今日は午後からお休みもらったの」
彼女はいつもの木に寄り添って座ると、トントンと横を叩く。少年も横に座った。
「………………」
「………………」
「………………無事で帰ってこいよ」
「…………できるだけ」
「僕は、いつまでもこの時間が欲しい」
「…………二人でおしゃべり、楽しいよね。私もこの時間、いつまでもあってほしいかも」
二人とも口角が静かに上がる。そして一緒に瞼を閉じた。
ザワザワと葉っぱが揺れる音。
夕方に鳴く鳥の声。
水の流れる音。
そして、隣にある心地いい存在。
ある程度自然を感じると、少年は右のポケットからネックレスを取り出した。
「…………これ」
「何、これ」
「無事で帰れるおまじないがしてある石だそうだ。持っていろ」
それは黄色の石がついたネックレスだった。
少女は夕日に重ねて見つめる。
「……綺麗だね…………ありがとう」
その時の微笑みを、少年は見逃さなかった。
別れ際、少女は少し微笑んで、少年は少し眉を下げて、
「……またね」
「……またな」
と言葉を交わした。
(次会えるのは……いつだろうか)
⌘⌘⌘⌘⌘
出発は日の出と同時だった。
少女は目立つように白と金の衣装を着て、黒い馬に跨った。もちろん先頭で。
シェルベール王も白馬に跨り、兵士達を見下す。ポッチャリしていなければ白馬の王子様に見えなくもない。
「我が誇り高き兵士達よ、いよいよ出陣じゃ! 我らの手で南の国を征圧し、シェルベールを豊かな国にしよう!!」
「「「おーーーっっっ」」」
王の気持ちに答えるよう、兵士達は大きな雄叫びを王に捧げる。
それに満足した彼は少女に目線を移した。お前も何か言えと言われているみたいだ。
少女も兵士達を見つめ、ひと息吸う。
「……シェルベールに加護があらんことを……。さぁ! 私に続けっ!」
「「「女神に続く!!!」」」
白と金の衣装を煌びやかになびかせ、少女は先頭で馬を走らせた。その姿は神々しい。
戦場歴五年という時間は仲間との信頼関係に比例する。兵士達は颯爽と少女に続いて馬を走らせたり走ったりした。
「…………ん? お前、そのネックレス……」
ふと、隣を走る勇ましい王が、少女の胸に光る金色の玉を見つける。
「これは…………大切な人からもらったお守りです。この衣装にも合いますし、本当に加護がもらえそうですよね」
「ふむ……そうだな。……はて、どこかで見たような」
馬を片手で走らせながら、贈られたネックレスをもう片方の手で握った。
(また……会う日まで)
そのネックレスは、彼女の生きる希望となる。