2.私はひとりの少女として、僕はひとりの少年として、
(……天使?)
目を開けると、白すぎる少年が近くにいた。
彼は驚いているのか、儚いアメジストのような瞳を見せびらかすように目を大きく開いている。
そして急に倒れた。
「えっ、えっ!? ちょっ、えっ」
予測できなかった事態に少女も驚く。
膝をついて立ち上がると舞うように彼の元へ行き、仰向けにして頸動脈と呼吸の有無を調べる。
(心拍も呼吸も荒い)
ひとまず芝生が生えているところまで少年を運び、彼の口に少女のそれを合わせて、ゆっくりと息を送り込む。
しばらくすると、呼吸はゆっくりになった。
「すっ……すまぬ」
「……大丈夫?」
眉間に皺を寄せたまま、冷たい表情でコクリと少年は頷く。
彼は内心、恥ずかしがっていた。初めての人の前で情けない姿を見せてしまったことと、初めてキスみたいなことをしたことに。
少女はそんな彼が心の中で悶々と考えていることは知らなく、無表情で彼の隣で仰向けに寝転がった。
ピピピッと鳥が複数羽鳴いている。
「…………」
「…………」
「…………なぁ」
「……ん?」
少年が沈黙を破く。
「君はどうしてここにいるの。見たところ、貴族じゃなさそうだし、王家の庭にいることが不思議だ」
「……一応、城内に住んでいるの。ここは端っこにあるからか静かで、ここの中で一番体が休めるところだから」
少年は思わず隣の彼女を見る。
「え、住んでるの? 君一体何者?」
「兵士」
「そんな華奢な体で兵士?」
「……もう10回くらい戦場で立っているよ」
「……ふーん……」
ふと少年は思った。彼女が噂の戦の女神なのか……と。噂によると、その女神は舞うように敵を殺していくという。
「……あなたは何者?」
「え、…………一応、第二王子」
「ああ……だからか」
彼女も彼の噂は知っている。噂によると、彼は原因不明の病を患っていて、日に日にか弱くなっていると。
「今、馬鹿にしたか」
「んーん、していないと……思う」
「なんだよ、それ」
ふと、彼女は微笑む。
「さっきみたいな冷たい表情より、今怒っている表情の方がいいよ」
少年は呆気にとられた。
「…………なんだよ、それ。……お前は、無表情よりも今の表情の方がかわいいぞ」
次は少女が呆気にとられた。
今、どんな顔をしていたのだろうと考える。死にそうになりながら戦う日々で、表情なんて忘れていたからだ。
(……かわいいって、言われた)
しばらく、お互いは顔を見つめていた。
⌘⌘⌘⌘⌘
次の日、少年が早朝から庭を見下ろすと、昨日の彼女がやってきた。
(気になる……)
白いガーディガンを着て、今日も必死に二階から降りる。
「……やぁ」
「……おはよ」
お互い素っ気ない挨拶を交わし、しばらく鳥の鳴き声が大きく聞こえるほど沈黙になる。
少女はいつもの定位置、大きな木に寄り添って座る。そんな彼女を見つめて、少年も木の幹に寄り添って座る。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………ねぇ、話しかけていい?」
「……いいよ」
少女は瞼を閉じながら、彼の声を受けとめる。
「…………ご趣味は」
話しかけたのはいいが、話題が思いつかなかった。
(おい、お見合いかよ)
自分を自分で突っ込む。
「ない。…………あなたは?」
「……ないや」
会話は数秒で終わった。
実際に少年は毎日部屋に閉じ込められていて、することは何もなく、寝て過ごしていた。
ふと、太陽がある程度昇ったら、二人は一斉に立つ。
少年は朝の検診があるから戻ろうとした。
「訓練、いってくる」
「……いってらっしゃい」
そしてお互いに別れた。
⌘⌘⌘⌘⌘
また次の日、少女は訓練前に精神を休ませようと、いつもの庭に足を運んだ。
ふと、二階の窓からいつもの少年が壁を伝ってゆっくりと下に降りていくところを目撃する。
(危ないなぁ)
「……いつもそこから庭に来てるの?」
少女は彼の真下で質問する。すると、声にびっくりしたのか、少年は足場から外れて急に落下してきた。
「えっ!? ちょっーーー」
間一髪、彼を下から受けとめた。お姫様抱っこのかたちになってしまったが、彼は軽かった。
少年の顔を伺うと、真っ赤になりながらまた息が荒い。少女はお姫様抱っこしたまま、また口を合わせて、ゆっくり深い息を送り込む。
彼が落ち着いた頃、まだ顔が赤かった。
「……降ろせ」
「別に重くないよ? 体調は大丈夫?」
「大丈夫だから……降ろしてください」
少女は何となく仕方ないなと思いながら、降ろしてあげた。
「…………助けてくれてありがとう」
「いいよ」
まだ真っ赤だ。冷たい表情をしているのに真っ赤に染まっている。このギャップは可愛いと彼女は思えた。
今日は少しいじっちゃおうかな。
ふと、太陽がある程度昇ってきたと気づく。
(訓練場に行かなきゃ……)
視線を彼に戻し、手を振ってみた。
「またね」
「……またな」
⌘⌘⌘⌘⌘
またまた次の日、彼はまたまた早朝に窓の外を見下ろす。
……まだ彼女が来ない。
結局、日がある程度昇っても彼女は来なかった。
いつも通りに朝の検診に部屋にやってきた医者。また彼はあの不味そうな薬を持ってきている。
「王子、少しでもいいので飲んでください……」
「…………」
彼は本当に必死だ。それもそのはず。少年が回復しなければ、医者の首が跳ねるからだ。
でも少年は我慢してでも薬を飲みたくない。こんな身体で生きているのが辛いのだ。
医者は瞳を潤ませた。
「このままではっ、本当に寝たきりになって、そのまま死んでしまいますーっ」
「…………」
(寝たきりか……)
ふと少年は思う。このまま死ぬ宣言を受けたが、寝たきりだといつもの少女に会えないなと。
まだ会いたい。あの笑顔をもう一度……
そう考えると薬の入った器を手に持ち、ズズッと少年は吸った。マズッ。
隣で医者が目を見開いて震えている。
「お、おっ、おっっ、王子ーーーっっ」
何故か医者が歓喜上回って涙を流した。
その様子をチラ見して、少年は少しずつ、少しずつ、眉間に皺を寄せながら薬を飲む。
結局器の半分までしか飲めなかった。
それでも医者は喜ぶ。
⌘⌘⌘⌘⌘
少年が薬を飲み始めてから2日後、ようやく早朝の庭に少女が現れた。
少女はひとつの窓を見上げる。すると、そこにいたあの少年と目があった。今から降りるとこだったのだろう。
「おはよ。ちょっと待って」
少女は窓の真下まで行き、両手を広げた。
「飛び込んでおいで」
「…………やだ。てか、そのセリフ男が言うもの」
二階から飛び降りるのが怖いからと、女にお姫様抱っこされるのが嫌だったから、少年はいつも通り壁に伝って下に降りる。
もう慣れたのか、前より少し早い。
「……おはよ」
「うん、おはよ」
ふと、少年は気づく。
「君……顔と腕に傷が……」
「ああ、これ? 昨日まで盗賊狩りしてて、その時についたもの。放っておいても治る」
ふと、少女も気づく。
「あれ? あなた、前より元気になってる?」
「……薬、のみはじめたから」
「へー」
少女は彼の頭を撫でた。みるみるうちに頬を赤く染める。
(……可愛い)
「何してるんだよ」
「頑張ったねって褒めてる」
「……僕、あと一年で成人するんたけど」
「あれ、私もだよ」
なんと二人とも同い年だった。
お互い顔を見つめる。
「君、そんなに若かったのか」
「あなた、そんなに老けてたの」
「老けてたっておい」
てっきり年下かと思っていた。彼は歳の割に背が小さくて、頭は少女の目の位置くらいだ。
「……今に見ていろ。もっと元気になって君の身長を抜かして、筋肉もついて、今度は君をお姫様抱っこしてやる」
少年は少し怒っていて、口がへの字になっている。
(かわいい……)
少女は自然と口角が上がっていた。
「待ってる」
少年は口をへの字にしながら、少し頬をピンクにした。




