幼女センサー搭載おじさん
幼女センサー搭載おじさんの一日は、朝の巡回から始まる。
送迎バスで幼稚園まで送られる幼女たちを、幼女センサー搭載おじさんは遠巻きに眺め、一人頷きながら歩いていく。
自前の幼女センサーによって、幼女センサー搭載おじさんは半径約一キロメートルの範囲にいる幼女の状態を知覚することができる。
幼女センサー搭載おじさんは目を光らせながら――もとい、幼女センサーを光らせながら町を巡回し、幼女の安全を見守っているのだ。
物質世界の情報を、人間は五感を通して知覚する。
各々のセンサーから脳に電気信号が送り込まれ、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚を理解する。
一方、幼女センサー搭載おじさんは人間に通常組み込まれている五つの感覚機能に加えて、突然変異によって幼女センサーを獲得した新人類なのである。
「む?」
しばらく近所を巡回して正午を迎えようとしていた頃、幼女センサー搭載おじさんが近くで異変を察知した。
幼女センサー搭載おじさんの脳に大量に流れてくる幼女の情報の中から、不安や恐怖といった感情を示している幼女を発見したのだ。
幼女センサー搭載おじさんは幼女の座標を確認すると、現場に急行した。
幼女センサー搭載おじさんが到着したのは、町一番のスーパーマーケットである。
この中で、幼女がいま現在も大変な目にあっているのだ。
幼女センサー搭載おじさんは二階のおもちゃ売り場へ向かうと、陳列棚の隅でうずくまって泣いている一人の幼女の姿を視認した。
「大変だ!」
幼女センサー搭載おじさんは慌てて周囲にスタッフを探す。
そして、カウンターで作業をしていた妙齢の女性店員を捕まえた。
「すいませーん」
「はい? いかがなされましたか」
「あそこで、女の子が迷子になってるみたいなんです」
幼女センサー搭載おじさんは、陳列棚に隠れて見えない幼女を指さす。
もちろん、見えなくとも幼女センサー搭載おじさんには幼女の居場所が手に取るように把握できる。
「あっ、かしこまりました。それでは私の方で、その子を迷子センターまでお送りしますので――」
女性店員は作り笑いを張り付けたまま、幼女の元へ駆け出した。
お送りしますので――に続くであろう言葉を、幼女センサー搭載おじさんは嫌でも察してしまった。
――あなたは近づかないでくださいね。
幼女センサー搭載おじさんが不用意に幼女と接触することは、法律で禁じられているのである。
一昔前、幼女センサー搭載おじさんは新しい人類の可能性として、一躍時の人となった。
幼女センサーという人類には存在しない、新しい感覚器官を自然と獲得したのだ。
新しい感覚器官が発現するメカニズムについて解明されれば、人類は新しいステップを踏み出せると、一部の人間は湧き上がった。
一方、幼女センサー搭載おじさんに向けられる世間一般の目は優しいものではなかった。
幼女センサー搭載おじさんは自発的に、幼女の情報をシャットアウトすることはできない。
瞼のような感覚を閉じる機構がないために、幼女センサー搭載おじさんの頭の中には絶えず幼女の情報が流れてくる。
幼女の座標はもちろんのこと、幼女が抱いている思考や感情までも幼女センサーは自動的に取得してしまうのだ。
そのことが公表されると、プライバシーの侵害として世の中のママたちは幼女センサー搭載おじさんに牙を向いた。
幼女センサーにオンオフ機能がないことから、幼女センサー搭載おじさんが取れる選択は、幼女センサーを除去するというものだけ。
しかし、幼女センサーを切除するという前代未聞の手術を成し遂げるには、リスクを伴った。
というのも、幼女センサーは脳と一体化した感覚器官であるため、頭蓋を抉じ開けて脳の一部を切除する必要があり、後遺症が起こらずに手術が成功する確率は十パーセントくらいだろう、というのが医師の見解だった。
当然ながら、幼女センサー搭載おじさんは幼女センサーの切除を人権侵害であるとして対抗した。
約二年間の論争の末、最終的に司法が下した判決は、幼女センサー搭載おじさんが幼女との一切の関わりを断つというものであった。
それ以来、幼女センサー搭載おじさんは遠巻きに幼女を見守るだけで、一切の接触を避けてきたのだ。
幼女センサー搭載おじさんは誰も恨んだりはしなかった。
それどころか、自分が幼女センサーという稀有な能力に目覚めたことには何か意味があるのではないかと、世の中のために何ができるのかを考えていた。
そこで思い付いたのが、幼女の安全を守るために生きるということであった。
幸いなことに、研究機関に招かれて実験に協力し、報酬を得ていたので金銭面には余裕があった。
そのため、自分のやりたいことができる時間が増え、こうして町のパトロールを行うことができている。
幼女センサー搭載おじさんは感謝の心で溢れていた。
たとえ心無い人から謂れのない罵声を浴びせられようとも、自らの使命に燃えていたのだ。
その日の夕方、幼女センサー搭載おじさんはとある大企業の中央研究所を訪れていた。
「これが、妨害装置ですか」
幼女センサー搭載おじさんに手渡されたのは、ゴツゴツとした黒いヘッドギア。
このヘッドギアを頭に装着することによって、幼女センサーの機能を無効化できるのだと開発者は口にした。
幼女センサー搭載おじさんはこの幼女センサー妨害装置の開発のために、何度か実験に協力をしていたので、効果のほどは身をもって理解していた。
開発者が試行錯誤を繰り返し、三年という時を経て、ようやく幼女センサー妨害装置は完成形を迎えたのだ。
「これで、あなたも普通の人と同じ生活に戻れますね」
「え? そう……ですよね」
幼女センサー搭載おじさんから幼女センサーが取り払われたなら、これから幼女センサー搭載おじさんは普通のおじさんとして生きていくことができる。
法律によって禁じられていた幼女との接触も、普通のおじさんになれば叶うのである。
しかし、幼女センサー搭載おじさんは迷っていた。
「すいません。せっかく作って頂いたところ悪いのですが、これを付けるかどうかは、もう少し考えさせてくださいませんか?」
幼女センサー搭載おじさんの要望に、開発者は「分かりました」と口では理解を示したが、その顔は不貞腐れている。
幼女センサー搭載おじさんに対して数多くの実験がなされた中で、その副産物として開発された妨害装置であるが、世論からの圧力もあり、国からの最低限の資金で開発されたという経緯があった。
少なくない資金と時間と人員を導入して開発されたのだから、いまさら付けないという選択はあまりにも自分勝手だ。
しかし、幼女センサー搭載おじさんにとって、幼女センサー妨害装置を付けるか付けないかで、これからの人生が大きく変わってくるということを考慮すれば、少しくらい慎重になるのも仕方ない話である。
幼女センサーを取り除いた自分は、ただの幼女好きなおじさんであるという事実に、幼女センサー搭載おじさんは怯えていた。
幼女との接触は禁止されていても、幼女センサー搭載おじさんだからこそやれることがあるはずだと、信念を持って生きてきたのだ。
それが急に瓦解し、普通のおじさんに戻れと言われても、戸惑いと不安に押しつぶされて、これからどう生きていけばよいのか途方に暮れるのも当然である。
もちろん、幼女センサー妨害装置が開発されてしまった以上、幼女センサー搭載おじさんとして今まで通りに生きることは難しい。
幼女と接触しない限りは、幼女センサー搭載おじさんの人権は保障されているとは言っても、依然として我が子の情報を勝手に盗み見られていることを不安に思う親もたくさん存在する。
事実、幼女センサー搭載おじさんの家の周囲からは引越しが相次ぎ、幼女センサー搭載おじさんが知覚できる幼女は一人しか残っていない。
親の気持ちになれば、それは当然の結果であると言える。
幼女センサー搭載おじさんは嫌われ者であり、幼女センサー妨害装置の装着を拒否したと周知されれば、その溝はさらに深まるだろう。
幼女センサー搭載おじさんが家に帰ると、幼女センサーは一人の幼女にしか反応を示さなくなる。
それは、幼女センサー搭載おじさんの家から一キロメートルの範囲に、一人だけ引越しせずに残っている幼女がいることを意味する。
幼女センサーの検知範囲に住んでいることを、その幼女の親が知らないはずはなかった。
引越しをする際、不動産会社は幼女センサー搭載おじさんの検知範囲であることを伝える義務があるからだ。
幼女センサー搭載おじさんは、その幼女と家族がなぜ今もなお近くに住み続けているのか、ずっと気になっていた。
幼女センサーの検知範囲にある家であれば、国から引越し費用の一部が支給されるため、お金の問題ではないだろう。
他に考えられる要因として立地があるが、駅に近い訳でもなければ、極端に家賃が高い地域でもないので、引越しをしない理由が分からなかった。
一人だけセンサーに引っ掛かる幼女の状態は、いつも通りの良好である。
幼女センサー搭載おじさんは気になり過ぎて、迷惑だろうとは思いつつも、その幼女の家を訪ねてみることにした。
「ごめんくださーい」
幼女の座標を知覚できる幼女センサー搭載おじさんは、容易く幼女の自宅を発見した。
インターフォンを押して、幼女センサー搭載おじさんは反応を待つ。
「はーい?」
すると、声の主はインターフォン越しにではなく、直接玄関の扉を開けて現れた。
まだ二十代くらいの若い女性で、お腹の具合から妊娠していると分かる。
「えっと、あなたは確か――」
「はい。あの、夜分遅くにすいません。非常識なのは重々承知しているのですが、どうしてもお話を伺いたいと思いまして」
女性は幼女センサー搭載おじさんを不安そうな目で見つめている。
女性を怯えさせてしまったと、幼女センサー搭載おじさんは酷く動揺した。
そして、ここに来たことを大変に後悔した。
女性が恐る恐る問いかける。
「あの……もしかして、家の娘に何かありました?」
「え? いえ、お宅の娘さんは、いつも元気ですけれど……」
女性は幼女センサー搭載おじさんの言葉を聞くと、ホッと胸をなでおろした。
「良かったぁ。てっきり、娘に何かあったのかと」
「あの、私のような人間が近くに住んでいて、その、平気なんですか?」
「? だってあなたがそばに居てくれれば、娘に何かあったらすぐに分かるでしょう? あっ、ごめんなさい。あなたを利用しているみたいな言い方をしてしまって」
女性はすぐさま謝ると、幼女センサー搭載おじさんの顔色を伺っている。
「謝るなんて、とんでもないです。むしろ、そう思って頂ける人がいたなんて……。あの、ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ。いつも、ありがとうございます」
女性からあたたかい感謝の言葉を受けて、幼女センサー搭載おじさんは天にも昇る気持ちだった。
自分の行いが誰の助けになっていたことに、誇りすら抱いた。
幼女センサー搭載おじさんはもう一度彼女に礼を述べると、スキップするように家路についた。
翌年、長年の研究が実を結び、二人目の幼女センサー搭載おじさんが誕生した。
人工的に幼女センサー搭載おじさんを生み出すことに成功したのだ。
これを期に、幼女センサー搭載おじさんはさらに数を増やしていくだろう。
彼らの活躍によって、これからも幼女たちの安全が守られていくのだ――