返せ、世界を!
500年
それは、機械たちによる再生の歴史
かつて、地表を舐め尽し、多くの生命を絶滅に追いやった戦災
人類は、禁忌の兵器「気象操作兵器」を、実戦投入した
その結果は、惨憺たるものだった
大地は実りを失い、海は氾濫し、空は荒れ狂った
結果として、大地は水底に沈み、塩の平原は恵みを与えず、荒れ狂う空は絶えず稲光を帯びて、世界は正しく終末末世の有り様を呈していた
誰もが世界の終焉を幻視し、絶望の只中で自らの行いを悔い続けていた
だが、それでもなお、生存を諦めないのが生物の本能なのか
一握りの生き残りと資源
これらを以て、何とか人類の歴史を繋ごうと、抗うものが居た
「最早、地球上に我らの生存繁栄が可能な土地は存在しない」
誰かがそう言った
「ならば、地球を離れるか?」
「地球を離れるのは嫌だ」
「そもそも、当てはあるのか?」
「当てがあるのだとしても、そこまでどうやって行く?」
「資源は残り少ない。幾百幾千光年離れているか知れない場所を目指せるわけがない」
「ではどうする?」
喧々囂々
集った人々によって、多くの議論が交わされ、多くの案が棄却された
「こうしてはどうだろうか?」
ある男は言った
今の地上に、我らの生存圏は存在しない
ならば、どうあっても地上を離れるしかない
行く先は、地下か宇宙か
どちらにせよ、永く住まうには適さない環境なのは確かだ
では、こうしよう
我らは宇宙に上がり、そこで長い眠りに就く
衛星軌道には、幾らかの宇宙ステーションが残っている
それを再利用しよう
そして、我らが眠りに就いている間、機械に地上の再生を任せるのだ
どれだけの年月がかかるかは、計算してみなければ判らないが、闇雲に宇宙に飛び出して新天地を探すよりは、遥かに可能性が高い筈だ
この場では、男の意見が全面的に取り入れられる事は無く、しかし、最も有力な案として、持ち帰り検討をする、という事で話は纏まった
男は、具体的な計画案を作成すると言い、皆もそれを待つことにした
そして、後に判明、決定したのが次の二つ
1.一時移住先は宇宙 衛星軌道上にある最大規模のステーション
2.再生完了までの期間は最短で400年余り
先ず、1について
何故地下ではいけないのか?
コストから見ても安価であるし、宇宙に上がるよりも地下に潜る方が安全で確実だ
だが、ここで大きな問題が立ち塞がった
気象操作兵器による天変地異は、見た目以上の破壊を地球に齎していた
海と陸はほぼ完全に入れ替わり、かつての海は塩の平原と化している
だが、それだけだろうか?
そもそも標高の問題があるのだから、海と陸が入れ替わるなどと、起こり得る筈がないではないか
では何故?答えは単純だ
気象操作兵器による天変地異により、文字通りに大地は抉られた
そこに海水が流れ込んだのだ
以上が、端的な説明だが、事態はこれだけに留まらない
抉られた大地はどうしたのだ?という疑問が残る
この答えも単純だったが、その内容は、正しく天変地異と呼ぶに相応しいものだった
対流現象というものがある
二つの空間の間で、片方からの流入があった場合、そちらへの流出が同時に発生するという現象だ
この時も、見た目の上では同様の現象が発生した
元陸地には海水が流入した、そして超重量の土砂は元海原に流れ出したのだ
実際にどういう経緯を辿ったかは判らない
だが、推測はつく
先ず、陸地が抉られ、大量の土砂が海に流れ込んだ
海水は一端はその土砂に押し込まれたが、直ぐに自然法則に従い、高所から低所へと流出
結果として、表面上は塩塗れの大地が顔を出したという訳だ
そう、表面上は
その直ぐ下は、様々な土砂が入り混じり、重度の重金属汚染を引き起こしていたのだ
それだけなら、地下に潜伏するのに不都合はない訳だが、我らの目的は地球の再生である
そうである以上は、重金属汚染も取り除かねばならない
つまり、再生作業の対象は地下にも及ぶ訳だ
更に観測と計算を行ったところ、重金属汚染の深度は地下数百メートル以上、現陸地の全域に及び、我らが眠る揺り籠を地下に建造するのは困難だと判明したのだ
以上の理由から、移住先は宇宙と決定された
幸いな事に、宇宙にはいくつかのステーションが残っていたし、その中で最大規模の物なら、生存する全員を収容可能だと判明している
更に、不幸中の幸いと言うべきか、国家は完全に崩壊しており、件の宇宙ステーションの所有権を主張する者は居なかった
その為、移住先はすんなりと決定され、改装作業が取り急ぎ行われる事となった
次に、2について
これは、単純に作業機械の効率と、破壊・汚染規模から算出した概算である
そこに大した意味は無いが、どれだけの期間、眠りを設定するかの、重要な判断材料とはなった
と、ここまでは機械たちには関係の無い事
自らが則る行動規範が、この時に定められたのだという事以外の意味は無い
そして、機械たちは、永きに亘る苦患の日々に終わりを告げる瞬間を迎えた
その日々を、苦しいとも辛いとも、また、その終わりを嬉しいとも喜ばしいとも、感じる機能は彼らには無かったが……
それでも、不思議と達成感を思わせる雰囲気が、彼らの周囲に広がっていた
とにもかくにも、全ての作業は完了した
塩と重金属に塗れていた大地は、緑溢れる豊穣の大地に変わり、動物たちも生き生きと活動している、正に理想郷と成った
それは海も同様だ
実は海も深刻な汚染状態に在ったが、機械たちの尽力によって、完全に過日の賑わいを取り戻し、適応する種による極楽浄土が広がっている
空は言うまでも無い
地磁気の乱れから、常に雷雲が立ち込め、重金属汚染された粘つく雨を降らせていたが、それらも完全に静謐を取り戻し、今や鳥達がこの世の春を謳歌する楽園だ
残るは、彼らの創造主たる人類を、甦った世界に迎えるだけ
それで、機械たちの務めは終わる
先ず彼らは、人類の揺り籠である宇宙ステーションの一部機能をダウンさせた
何故か、途中で目覚めた人類を生かす為に、様々な機能を働かせていたのだが、それらの一部を切ったのだ
具体的には、娯楽の提供
新たに生み出すことは、機械たちには出来ないが、旧時代の遺物を引き出す事は出来る
幸いにして、地上の一部には、旧時代の遺物である建造物が遺っていたし、宇宙にはステーションもある
そこから情報を引き出して、起きてしまった人類に提供する事が適ったのだ
だが、地上に人類を迎え入れる以上は、それらの提供を続ける必要はない
それらに用いるエネルギー資源も、無限にある訳では無いのだから
地上に降りた彼らがそれを求めるのなら、改めて地上で提供すればいいだけだ
もう一つは、食糧供給の一部停止
当たり前だが、宇宙ステーションで食料を生産する事は出来ない
専用施設のあるステーションなら可能なのだが、そうした機能は「揺籃」には無い
単純に必要なかったのだ
人類は、再生が完了するその日まで、昏々と眠り続ける予定だったのだから
だが、何かの不具合か、300年余りで目覚めてしまった
機械たちは大いに慌てた、訳では無いが、対応に迫られたのは事実だ
宇宙ステーションの保全も彼らの務めの一つだ
そこには、人類の保護も含まれる
従って、目覚めた人類の世話をしなければならないのだが、如何せん食糧の用意が困難だった
ステーションには食糧生産機能はない、その上、機能の拡張も出来なかった
そこで、地上から直接供給する事に決定したのだが、これにより再生計画に遅延が発生した
開始当初は、最短で400年程とされていた
それも、現場での情報から確度を上げていき、420年で完了する計画が立てられていた
だが、この件で宇宙への注力を余儀なくされ、計画の大幅な修正が行われる事になってしまった
結果、作業完了は80年延びて、500年かかり終了を迎えた
修正した計画に従い、目覚めなかった人類
計画開始当初を知る人類によって、事態の説明は為されている筈
順調に目覚めた事も、報告を受けている
全ては万端、完璧だ
機械たちは、天上より北極に降り立つ船を観測しながら、終わりの時を歓迎した
人類って……クソやなって