10話
脱字の修正をしました。
レイヤ平原。今この場所では白夜の "アオイ・ヤシマ" と "フリード・シャイン" の2人がお菓子な化物を圧倒していた。
アオイは "一定のリズム" で化物を順調に屠っていく。お菓子な化物の強さは "超上級" だというのに、彼女はそんな化物を問題としていなかった。
「この程度……幻影」
パフェのような化物が自身に突き刺さっていたシガレットラングドシャを槍のように振るってくる。アオイは槍が突き出される直前にスキル幻影を発動すると、お菓子な槍を躱すことなくその身に受けるが、槍に貫かれたはずのアオイの体はまるで幻のように揺らぐとその姿を消滅させた。
「刹那」
姿の消えたアオイからスキル名が聞こえると直後、まさに刹那的ともいえる一瞬でパフェの化物を一太刀によって斬り伏せる。アオイの戦闘スタイルはシンプルなもので、この "幻影" と "刹那" という2つのスキルを主体としたものになる。
幻影による攪乱からの刹那による一撃必殺。
ここに "連撃" という一定時間内に攻撃を加えると自身のステータスが上昇するというパッシブスキルが加わり、この連撃が発動した状態のアオイの瞳は "紅く" なっていた。
狂気がかった紅い瞳で淡々と敵を殲滅していくアオイのその姿は周囲から "冷紅羅刹" という異名で恐れられている。あまり表情が豊かとはいえないアオイはどこか冷たさをイメージさせ、こういった部分も相まった異名といえるだろう。ちなみに自身がそのような呼ばれ方をされていることについては本人はどうでもいいといった様子だった。
「結構数を減らしているはずですけど……まさか無限ですか?」
途中からドロップする飴を拾うのが億劫になるくらいの数の化物をアオイは倒しているが、化物の数は一向に減る気配がなかった。自分はマスターやパニッシャーのような出鱈目な範囲攻撃を可能とするスキルは持ち合わせていない。アオイの戦闘スタイルは基本的に1対1に向いているものであって、1対多数となるとその効率はあまり良い方とはいえなかった。
負けることはまずないとしても、いくら倒してもワラワラと自身の周囲を取り囲むように存在してくるお菓子な化物の数には流石のアオイもため息をつく。
「面倒です。あの馬鹿は今どうなって……そういえば "フリードさん" も真面目にやれば大概 "出鱈目" でしたね」
苦戦というほど苦戦をしているわけではなかったけど、フリードの様子も気になって彼の方へと視線を向ければ、そこでは光り輝く馬 "ジーク" に跨り、自身は馬上から光り輝く "聖剣エクスカリバー" を物凄い剣速で振るっていた。そんなフリードに対するお菓子な化物側の被害状況といえば毎秒10体以上はその存在を消滅させている。
「……相変わらずフリードさんの扱うスキルは謎ですね。あの剣もいつぞやの "ダンジョン" で入手した "そこまで珍しくもない剣" をフリードさんが勝手に聖剣エクスカリバーと呼んでいるだけなのに」
フリードの剣は自分の持つ "刀" よりも質が良いとは言えないはずなのに、蓋をあけてみれば明らかにあちらの剣の方がお菓子な化物からすると脅威となっていた。
白夜では攻略サイトの運営もするマスターからスキルの公開については強制ではなく "任意" で良いと言われている。そして、フリードは自身が持つスキルを公開していなかった。これについてはマスターが良いと言っているものになるから白夜メンバーから文句を言われるようなことはもちろんない。
真面目に働いているフリードのことを "馬鹿" から "フリードさん" へと昇格させたアオイは、視線を自慢の愛刀である "妖刀" に向ける。
「私達も負けてられませんね "紅時雨" 」
アオイに呼応するように "紅時雨" と呼ばれた "妖刀" は一瞬その刀身を怪しく光らせる。そうしてアオイが動き出そうとしたところで "通信" が入った。
『アオイちゃん聞こえる? ジュンよ。今大丈夫かしら?』
『アオイです。どうかしましたか?』
脳内で返事をしながらアオイは手に持つ刀、妖刀紅時雨でお菓子な化物を斬り伏せていく。
『マスターからの連絡で球体について分かったことを伝えるわ。まず球体から現れる存在の特徴は各地によって違う。その現れた存在の数を減らすたびに球体は小さくなっていき、最後には消滅するみたいね』
すでに結構な数の化物を倒しているアオイとフリードの2人。ジュンに言われて平原の奥を見ればそこにある球体の大きさがかなり小さくなっているのが分かった。
『小さくなっているのを確認しました』
『そう、順調みたいね。球体は小さくなるにつれて生み出す存在の強さが増すみたいよ。それに時間をかけても球体は大きくなり、大きくなっても生み出す存在の強さが増す……この意味分かる? 各地に出現してる球体の数はすごく多い、だから……』
『時間との戦い、ということですね?』
『流石アオイちゃん。話が早くて助かるわ。今勇者君も一緒なんでしょ? 彼にも伝えておいてくれるかしら?』
アオイは分かりましたと伝えると通信を終えた。このことを早速フリードに伝えようと思った所で、丁度ジークに乗ったフリードがアオイの元へと駆けてくる。
「シャイニングレイン!」
フリードの放ったスキルによって、アオイの周りにいた化物だけがピンポイントで上空から降り注ぐ無数の雨に貫かれて存在を消滅させた。
「アオイちゃん、どうやらこの魔物は倒せば倒すほど次に現れる魔物が強くなっている。そして、倒すほどあそこに見えるこの魔物を生み出している球体の大きさが小さくなっているんだ。このことからおそらく、魔物を全て倒しきれば球体は消滅するんだと思う」
『どうだい! 僕は馬鹿なんかじゃないだろう?』といった様子のフリードにアオイは真顔で答える。
「みたいですね。今ジュンさんから連絡がありましたから」
「そ、そうだったのか。ともあれ……僕の、いや僕たちのやるべきことは変わらない」
フリードはアオイの反応に少し苦笑いとなるもすぐ魔物、お菓子な化物に視線を移す。その彼の瞳には強い意志の光が見えた。フリードの魔物は絶対に倒すという意志、行動は彼の正義感からくるものだろうけど、何が彼をそこまでさせるのかはアオイには分からない。特別興味があるわけでもなかったけど。
アオイはフリードのように魔物や化物を倒すことにそれほど意味を求めていない。それでも……化物を圧倒し、化物や球体について戦闘をしながら見抜いた彼の力量は紛れもない白夜メンバーの一員で、アオイは自身の頬を両の手で叩くと同じメンバーとして気合いを入れ直した。
「よし……そうですね。私も気合いを入れていくので、一気に片付けましょう」
「あぁ、いこう。アオイちゃん!」
笑顔で答えたフリードはジークに跨ると駆けていった。最初の体たらくが嘘のように、現在の彼はまるで愛称である "勇者君" そのままに、勇者のような凛々しさを持って。
「いけっ! ジーク! シャイニングロード!!」
叫びと共にフリードの全身が光り輝くとジークとフリードは "同化" していく。同化した "ジークフリード" の体はその輝きを一層増すと背中からは光り輝く翼が生えていた、光の奔流は戦場を駆け抜けていく。
この様子だと球体の消滅までそう時間はかからないだろう。
後方からワッフル姿の化物が連続で拳を繰り出してくる。その拳打から確かにジュンやフリードの言う通り化物の強さが増しているのが分かった。鋭い拳打をアオイは刀の刀身と柄部分を器用に使い防御すると――
「次はこちらの番です。改めまして……ギルド白夜所属、アオイ・ヤシマ。参ります」
白夜の2人の活躍によってレイヤ平原に出現していた球体は無事消滅した。2人が現れてからは他のプレイヤーが戦闘エリアへと参加してくることはなく、これは他プレイヤーが邪魔にならないように参加しなかったわけでもないし、アオイとフリードの2人が特別声をかけたわけでもなかった。
プレイヤーは死亡しても復活出来るとはいえ、死んだらデスペナルティが待っている。このことから他プレイヤーは自主的に参加しなかった形となる。
途中から化物を倒すことに集中していた2人はイベントドロップ品を拾うことを忘れていたので、その回収をしようとするとそこで "ある人物" の姿が目に入った。
その人物は地面に落ちている飴を拾っている。これが数個であれば問題はなかった。その人物の手には持ちきれんばかりの数十にも及ぶ数の飴が。2人が戦闘を始める前にお菓子な化物は殆ど倒されていなかったはず。ということは、この人物の拾っている飴は2人が倒した化物のもので……この人物が "ハイエナ" ということが分かる。
2人の視線に気づいたのか、ハイエナはしゃがんだ状態から顔だけを2人に向けた。
「やっと終わったのか? おかげで少し欲張りすぎた。それにしても……あの "最強" 率いる白夜の "冷紅羅刹" と "光の勇者" 。どんなものかと思えば……この程度とはな」
フードを目深にかぶるハイエナの表情は分からない。それでも、見える口元は明らかに笑っていて、その悪びれない様子に挑発までされたとなってはアオイ、フリード2人の目つきも自然と鋭くなる。
「確かにドロップアイテムを長いこと放置した僕達にも責任はある。でも、だからといって盗みを許容することは出来ない」
「下郎。それを置いて早々に立ち去りなさい」
言われてハイエナは立ち上がると笑い出す。
「ひどい言い掛かりだ。盗みだって? これはここに置いてあったもので所有者などいないはず。拾った者が持ち主だ。これはもう "俺の物" だぞ? それに小娘、俺を下郎と言ったか? ふふ……はははは!」
ハイエナのその反応を見るや否や、アオイは問答無用で紅時雨を抜くとスキル刹那を発動する、が……アオイの一撃必殺である刹那がハイエナを捉えることは叶わなかった。
「……転移ですか」
「それを馬鹿正直に答えると思うか?」
ハイエナは少し離れた場所へと瞬時に移動していた。
最も得意とする刹那は躱され、攻撃を加えられなければ連撃も発動しない。アオイの絶対的攻撃手段であるこの二つを一瞬にして潰された形になる。思い返せばこのハイエナはこれが狙いで挑発をしてきたのかもしれない。この展開が奴の術中だとしたら、なかなかに食えない奴だ。
アオイは警戒を強めると追撃を行うことなく慎重に構える。
自分を俺と呼んだこのハイエナは体格からもおそらく男性……それより一番の問題は "転移を回避行動に使ったこと" だろう。
転移といった移動スキルは便利ではあっても簡単に扱える類のスキルではない。転移は明確なイメージをもってその場所を意識出来ないと発動しないから。ましてや戦闘中に突発的回避行動で使うとなると失敗するリスクから気軽に使えるものでもない。他の移動系スキルも似たようなもの。
にも関わらず、このハイエナはいとも簡単にそれをやってのけた。これだけでもかなりの実力者ということが分かる。
「アオイちゃん、嫌かもしれないけど手を貸すよ。こいつはなかなかやるみたいだからね」
「……お願いします」
アオイはフリードの申し出に頷いて答えると、様子を見ていたフリードも戦闘態勢となる。
「おいおい、白夜ってのは1人に対して2人がかりなのか? 卑怯とは言わないが……随分と汚い連中なんだな?」
「……」
「好きに言うがいいよ悪党。僕の仕事は悪を滅することだけだ」
「ふふ。まぁいい……少し遊んでやろう」
ハイエナから視線を外さず無言で油断なく妖刀紅時雨を構えるアオイ。フリードも自身の持つ剣、聖剣エクスカリバーへと輝きを込めていく。ハイエナは2人の様子を見て愉快そうに口元からは不敵な笑みを覗かせると、まさに一触即発といったところで――
「お楽しみ中のところ悪いなぁ? この2人はちょっと用事があるんだ。俺は少し前に着いたばかりだけど "お前に" 用事が出来た」
「!?」
突如ハイエナの真後ろに大柄な人物が現れた。その人物はハイエナの頭を片手で無造作に掴むと、ハイエナは驚愕しながらもこれに何とか反応し瞬時に場所を移動するが、しかし。
「まぁ落ち着けって。そんな足に "グッ" と力を入れたって、焦って "ビュン" っと消えた所で、お前さんはもう逃げられないんだ。随分と白夜のことを悪く言っていたようだが……詰まるところ "俺達の敵" なんだろう? じゃあしょうがないよな?」
瞬時に移動したにも関わらず背後には再び先程の大柄な人物がいた。どうやった?一体誰だこいつは?ハイエナの頭は混乱するも、この男も馬鹿ではない。まさか!と振り向こうとするも、その暇もなく囁かれる一言は――
「死んどけ」
その一言は底冷えするような冷たい声色であって、今度ばかりはハイエナも一切の抵抗が許されなかった。大柄な人物に掴まれた自身の頭には万力のような力が込められていき、そして――
「うおおおらああああああああ!!」
咆哮のような掛け声の直後、ハイエナの見る世界は回る。
大柄な人物はまるで手に持ったボールを地面に叩きつけるような動作で、人一人を片手で高々と持ち上げると有無を言わせずハイエナをD,G,Oの大地へと叩きつけた。辺りには凄まじい爆音と砂煙が巻き起こる。
砂煙が消えるとその場には、まるで隕石でも落ちたかのようなクレーターが姿を現した。無論、ハイエナの姿などどこにも存在しない。この人物の手にかかれば当然だろう。
そんな突然の事態に驚くこともないアオイ、フリードの2人は、クレーターの中心から姿を現した大柄な人物に喜々として駆け寄ると――
「「アレクさん!」」
2人に名前を呼ばれたアレクこと "アレクサンダー・太郎" は2人へと笑顔でサムズアップをしていた。