蒼き沈海のソリスト 《サブマリン3775》
ゆるり。
そうとしか表現できない動きで、黒光りする船は動く。とても原子力を使っているとは思えない。遥か暗い海の底近くを泳いでいく。食堂に窓はないから、外が暗いかどうかは確認できないのだけれども。先頭にいけば見れるが、あまりおすすめしない。
カンッ、カンッ、カッ、コンッ。深く水の中を行くこの船は、音が良く響く。僕以外誰もいない船内で聞く者は僕以外いないが、きっとそうだ。外は音があまり響かない。精々が探査機械が出す高周波音ぐらいだろう。
自己紹介しておこうと思う。僕は生まれてからずっとこの舟にいる。名前は、サブマリン3775と言うらしい。らしい、というのは、僕に名前を付けた人を僕は知らないからだ。生まれてからずっと僕はこのくらい深海を眺め続けている。
自分の生まれた場所もわからない僕は、とある使命で動き回っている。人類を救うというすごい使命を帯びているのだ。とある特殊な原子炉が海中におちてしまった。際限無く汚染を繰り返す原子炉は海を汚し、雨を汚してしまった。だから、僕が壊しにいくんだ。
と、液晶の中からとある人が教えてくれた。僕はそれに従って、この暗い海の底を探し回っている。何時になったら見つかるのだろうか? 僕が生まれてから、かれこれ十二年はずっとここで暮らしている気がする。
暇を潰す物もないから、僕はその原子炉を探し続けるしかない。深海は何も見えないし、ライトもあまり外に出していると割れてしまって点けられないので、音響探査で周囲を確認して進むしかない。それでも、僕の操縦が下手なせいでたまに岩に掠ってしまう。その度に誰にともなく謝っている。
でも、暗い海は海で、意外と面白い物があったりします。沈んだ船だとか、でっかい魚とか。イカが張り付いて来た時は焦ったけれど、それでも結構たのしくて、小躍りしたぐらいだった。きっと見るに耐えなかったんだろうけど。
それで。僕は今、とある信号を探知した。ソナーと一緒に、一日一回はその電波をキャッチしようと試みていた。いつも反応なしと返ってきたのに、今日に限って反応ありと返ってきたものだから、大慌てで船体を回頭させてスクリューを回してと忙しなく動いた。
この辺りは、もう機械がピーピコなっていてうるさい。近くに原子炉があるという事なのだが、音が何かにかき消されてしまっているようで、音響探査が使えなくなっていた。
しかたないと、ライトを外に出す。こうでもしないと、回りの地形すらまともに見えないからだ。明かりがつくと、綺麗な砂浜の様になったここに、不自然なものがポツリとあった。船ぐらいはあるだろう大きさの、金属製の球体だ。時折光を放っていて、ブクブクブクッと泡を吹いている。
音を掻き消しているのは、たぶんあれの動作音だ。センサーで確認するとピーピコ音が聞こえなくなるぐらいゴウンゴウン鳴ってて即座にセンサーを切った。絶対あれがかき消してる。間違いない。
あれが原子炉かな、とシグナルも確認しながら、データベースを参照する。これじゃなくて、これじゃなくて……あった、これだ。金属球。定期的に発光。泡を出す。これを破壊すれば、僕は地上に帰れる。
僕は一発だけ装填された魚雷の状態をチェックした。外装だけ破壊すれば、セットされた安全装置で原子炉は停止し、中の核燃料を遮断すると、人から聞いた。狙いを定めよう。
全く使った事のない魚雷を撃つために、まずはマニュアルを見た。とりあえずまずは、火気管制システムを起動しないと。これかな? と起動させれば、僕の視界に照準が現れた。慎重に照準をずらしてから、目の前の丸い原子炉へと向けた。
ゆっくりと照準を合わせていき、完全に重ねる。それでも絶対にブレが無い様に、発射する魚雷のセッティング。推進装置の故障が無いかを確認してから、何度も何度も確実に当るか綿密にシュミレートしていく。絶対に外してはならない。外してしまったら、連絡手段のない僕は、あれに突撃を慣行しなければならないからだ。
半日ぐらいを費やして、ようやく発射の準備が整った。僕が視界を前へ移せば、原子炉はまだそこにあった。後は、この魚雷を発射するだけ。
覚悟を決めて、僕は魚雷を発射した。おもちゃのようにドルルルルルとスクリューを回して進んでいく魚雷は、何にも遮られる事無く進んで、原子炉にコツンと当ってとまった。
え?
と、僕が一瞬戸惑った瞬間に魚雷が爆発した。水を伝わって来ているのに、すごい衝撃だった。衝撃に体の芯を揺さぶられながら、僕は思った。
そう言えばあれ、マニュアルに時限信管式(一定時間経ってから爆発する物)って書いてあったや、と。
そんな事があって。僕は十二年と三ヶ月の長い旅を終えた。やっと帰る……いや、一度も見た事はないから、帰るとは言えないのかもしれないけれど、とにかく海上に戻ってこれる事になった。まだ危険な雨は降っているけれど、直に何とかできるらしい。科学の進歩ってすごいや。
ゆっくりと、暗闇から這い上がっていく。僕は今、海上へ向かって浮上している。深海五キロメートルは光が通らないから、ちょっと上がっただけで明るくなったような気がする。いや、気のせいなのだけれど。
鈍重な舟は、数時間をかけてやっと光が見える所まで到達した。生まれて初めての光は、水面越しでも凄くまぶしく感じた。完全に浮上した舟は、ザバァッと音を立ててついに光の下に晒された。
人が沢山集まっている。皆ボロボロだ。同じような服を着て、同じように痩せこけていた。そんな中、涙を堪えたような白衣の女性が僕に歩み寄った。彼女も同じ様にやせていて、それでも微笑んでいってくれた。
「サブマリン3775、任務の遂行を確認しました。……あり、がとう。本当に、ありがとう!」
喜んで貰えて、なによりだ。と思いながら、周りも確認した。同じ様な潜水艦が四機…いや、三機かな。一体からは既に信号が感知できない。
ともかく、それらが波にゆらゆらと揺られていた。戻ってこれたのは僕を含めた四機だけか。まぁ、仕方ない事なんだろう。そもそも、僕たちが深海に適応できるかすら分らない状況で送り出したんだから。八年ぐらい前に聞いた無線では、千二百機が動く事すらできていないと聞いた。
僕は敬礼できないこの体を恨みながら、それでも精一杯気持ちで敬礼をしながらいった。
「特殊作戦用原子力潜水艦、サブマリン3775、只今帰還しました」
それから、五年は経った。放射能の雨も降らなくなって久しい。本来戦闘用な僕だから、戦う国など何処にも無かった帰還直後は解体されて、使える部品は全部再利用された。だから、僕に残っているのは僕自身だけ。つまり、人工知能のコア部分しか残っていない。
しゃべるだけの機械と化した僕は、最近解体とか再利用とか、そういう計画が考えられていたらしい。ちょっと吃驚した。2178号や663号、1002号の様に、僕も介護系のロボットに移してもらえると思っていたからだ。
ただまぁ、国民の批判が強かったらしく、僕は僕のまま、別のロボットに移し変えてもらえるらしい。多分、そうなっても僕は、僕は潜水艦なんだと胸を張って答えるんだろうな。生まれてからずっとそうだったんだから。
きっと何時までも変わらないんだろうな。そう思うと、胸が躍った。まだ胸はないけど。
僕は、潜水艦。
特殊作戦用原子力潜水艦。
サブマリン3775だ。
いかがでしたでしょうか。作者としては初めての、"叙述トリック"でした。
主人公は潜水艦の操縦者、と思わせて実は潜水艦その物でしたと言うオチです。
分り難かったですかね? 初挑戦なので、色んな意見を頂けたら幸いです。
ちなみに、ソリストは音楽用語で独奏者、独演者、独唱者の事をいうらしいです。
後、サブマリンの意味ははそのまんま、潜水艦です。