新しい記憶の始まり
たった一つの嘘が私にとって真実へと変わってしまう。
とても簡単に真実を崩せる魔法だと思った。
嘘に気付かないまま真実に刃を向け切り裂き始めた。
突然訪れた日常の崩壊。
それはあまりにも突然過ぎて情報処理が追いつかなかった。
きっと自分の事を皆探しているだろう。
…もしかしたら探してないかもしれない。
「綾」
あぁ…大切な人達の声が遠のいて行く。
「綾梅」
私を置いて行かないで。どうか一人にしないで。
まるで暗殺者のような隠密行動を取っていた双子は私の自由をあっという間に奪った。
そして、大切な人達から引き離された。
私をどうするつもりなのか。
それすらも分からないまま、どれだけの月日が経ったのかすら起きたばかりの私には考える余裕はなかった。
「…」
大切な人達が自分を置いてどこかに行く夢を見た。
これで何度目になるのか。
「大切な人…?」
そして夢を見る度にポツリと呟く単語。
大切なのかすらもう分からない。
名前も顔も声すらも思い出せなくなっていた。
そんな記憶に残っていない人は果たして大切なのか。
自問自答を繰り返す日々。
だが、それも終わりだという扉をノックする音が響いた。
「…はい?」
今まで起きては寝てを繰り返すだけで誰一人、人の姿を見ていなかった。
返事をすると遠慮がちに扉が開く。
そこには青緑のボブヘアに緑の瞳の少女と同じ色の髪と瞳の少年の姿が現れる。
「君たちは…」
記憶は若干あやふやになってはいるが自分がここにいる原因の人物だ。
「あの時は申し訳ありませんでした。あの場ではあの方法しか思いつきませんでした」
先に口を開いたのは少年の方。
少女は無言のまま睨みつけているように見える。
「え?う、うん??」
丁寧な言葉使いに戸惑う。
なぜ自分にそんな話し方をするのか。
「えっと…私はなんでこんな所にいるのかな?」
「貴女がこの国の王女だから」
「え?」
突拍子もない話に少女の方を勢い良く見てしまう。
「自分の本当の出生知らないんだっけ?貴女はこの国の王女候補だったんだよ。ううん。絶対になるはずだった」
少女は静かに近づいて来るとそっと何かを掛け布団の上に置く。
「これは…?」
「貴方の本当のデータが乗っている本」
それだけ言うとさっさと部屋から出てしまう。
「え?ちょっと姉さん!?あ…あの申し訳ありません!後で言っておきますので…!」
少年はペコペコと頭を下げながら少女の後を追いかける。
「本当の出生???」
何かが引っかかる。
自分は何者かなど考える余裕が無かったような気がした。
本当の事など知らなかったのかもしれない。
何かに惹かれるように本をゆっくりと開いた。