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舞踏会の夜

 


 華やかに着飾った高貴な人々がさざめく舞踏会の片隅で、アーシェは密かにため息をついていた。

 ようやく人の輪から抜け出して避難してきたところだった。

 アーシェの父は海生石の取り扱いでは有数の商会、スフェラ商会の長だ。

 母が亡くなってからは、アーシェが奥向きを取り仕切るようになっていたし、公式の場に出られるようになってからは父のパートナーをつとめることもままあったが、正直あまり好きではない。


「全く、私はお人形じゃないんですよーうだ」


 ぼやきつつ、アーシェはもう一度ため息をつく。

 商品である海生石の装飾品が映えるようにと、華やかなドレスを勧める父を説得して、シンプルな、有り体に言えば地味なドレスを選んだのだ。

 だが、父につれられて会場に入ったとたん、アーシェに集まる視線の数も、そよ請ざわざわとささやかれる言葉も変わらなかった。


 あの金の髪の美しさをみよ。

 なめらかな肌には白粉などいるまいよ。

 何よりあの青い双眸のすばらしさと言ったら!


 そして父と別れたとたん、次々と青年貴族に話しかけられ、ダンスに誘われるのに辟易し。

 羨望、賞賛、熱を帯びた多くの視線に、居心地の悪さを感じ。

 アーシェの何倍も着飾っているはずの高貴な淑女からは嫉妬とともにひそひそとささやかれる陰口にうんざりした。


 だが、アーシェがにっこりと笑って願えば、大抵の人々はそそくさと去っていってくれる。

 害になるばかりのこの顔だけど、それだけはありがたかった。


 アーシェは父が商談に行ったのを目のはしで確認し、役目は終わったと判断した。

 そうして、いつもの通りまた話しかけてこようとした舞踏会の参加者たちを満面の笑顔で追い払い、会場からつながる庭を散策に出た。


「ああもう、裾がじゃまっ!」


 遊歩道にはところどころ光石がおかれていて、宵闇に包まれる時分でも迷わず歩けたが、ずるずるとまとわりつくスカートや、かかとの細い靴はひどく動きづらい。


 毎日のように海に潜っているアーシェは、地を歩くことしかできないのは、なんて不便なのかと思う。

 海の中であれば、海流に乗ればいくらでも早く移動できるし、上へも下へも自由自在だ。

 本来は、地面の上を歩くことが自然とは言え、恋しく思うのも仕方ない。

 だって、アーシェはすでに一週間、肌を水に浸していないのだから。

 もちろん湯浴みはしているが、泳ぐ感覚にはほど遠いし、メイド達に身体を磨き立てられれば、水を楽しむどころではない。

 海が恋しい、いや、真水でもかまわない。水の感触を楽しみたいと思っても仕方がないだろう。

 それもこれも、父親が悪いのだ。

 憤懣やるかたない気持ちで歩いていたアーシェだったが、整備された森を抜けた先にあったものにはっとした。


 そこにあったのは小さな泉だった。

 人の気配はなかったが、ところどころ彫像が飾られているところを見ると、どうやら庭の一部らしい。

 自然を装ってはいても計算して手を加えられた場所なのだろう。

 その水が透き通っているのを見たアーシェは、にんまりする。


「そう、だから、これは当然の権利なのよ」


 つぶやくや否や、華奢な靴と靴下を脱ぎ捨てて、スカートを豪快にたくし上げた。

 手頃な岩に腰掛けて、そっと足を浸せば、程良く冷えた水が火照った指先に心地よかった。

 そのまま、足を動かせば、静かだった泉はにぎやかになる。

 しぶきを跳ね上げ滴を落とす、お遊びみたいなものだったが、アーシェの疲れた心は慰められられた。

 水面に広がる波紋を眺めながらアーシェの心は海へ飛ぶ。


 クラーケンはどうしているだろうか。

 きっと、海底でまどろんでいるか、巡回にでているか。

 クラーケンには遊ぶや休憩という言葉はないから、アーシェが訊ねていかなければどちらかだ。


「……あ、でも、歌を聴いていたりするかもなあ」


 クラーケンはアーシェが来るとき以外は、滅多に都市に立ち入らないのだけれど、たまに音楽を聴くときだけは触手を海底都市の内側にさしのべるらしい。

 楽器もないのに音楽が流れてくるその大きな箱の仕組みはひどく不思議だったけど、その触腕の先で器用に操作すると、素敵な歌が流れてくるのだ。


 何度か聞かせてもらっている女性の声で奏でられるそれは、アーシェが知っているどんな曲とも雰囲気が違っていて、それでも確かに良い曲だった。

 さらに言えばクラーケンの触腕にふれてなくてもわかるような、懐かしさと寂しさと、嬉しげな様子にアーシェはすぐにその歌を覚えてしまったほどだ。


「……ー♪・ー……♪」


 主題の部分を口ずさめば、クラーケンが無意識に触腕を揺らして拍子を取っていたのを思い出して笑みがこぼれる。

 それを指摘したら、憮然とその触腕を止めたけど、少し経てばやっぱりどこかの触腕が動き出すのだ。

 決まり悪そうな銀の瞳には吹き出さないのが精一杯だった。


 少しのつもりが興が乗り、最後の一節まで歌い上げたアーシェが心地よく余韻に浸っていると。


 ぱち、ぱち、ぱち。と高らかな拍手が静寂を破った。


「なんて美しい歌声だ。君は、泉の妖精かい?」


 アーシェがぱっと振り向くと、そこには青年が立っていた。


 ほのかな明かりがあるとはいえ、流石に顔立ちまではわからなかったが、上等な夜会服からしてなかなか高位の貴族らしい。

 貴族の地位もないアーシェは遠慮しなければならない立場だが、この昏い中ではアーシェがどこの誰かなんてわかるまい。

 そして一人の邪魔をされて少々気分が悪くもあったアーシェは、ゆったりと水に浸した足を揺らめかせつつ、悠然と応えてみせた。


「褒めてくれてありがとう。でももし私が本当の妖精だったら、あなたは今頃、耳を削り取られていたかもしれないわよ?」

「それは怖いな。だが、最後に聴いたのが君の歌声なら悪くないかもしれないな」

「だれかを口説きたいのであれば、他をあたってくださいな」


 遠回しの拒絶をやめてアーシェが言葉に険を含めて返せば、青年は慌てたようだった。

 

「ああ、すまん。そうではないのだ。いや、そうでもあるのだがな」

「どっちよ」

「どっちもだ。その、君が付けている石が君の声に反応して淡く光を発していたのでな、不思議だったのだ」


 アーシェは思わず胸元の海生石のネックレスを見下ろした。

 今はすでに収まりかけているが、確かに淡く光をはらんでいるように見える。

 どうやら、水辺に居て反応しやすいところに、うっかり魔力を乗せて歌っていたから大きく共鳴したらしい。

 これには簡単な水難よけの呪いしかかかっていないから害はないものの、それだけ没頭していたということでもあるから少々気恥しい。


「これは海生石だから、水辺だと反応しやすいのよ。海でやればもっとすごいけど」

「?なぜ、水辺だと反応しやすいのだろうか」

「海生石が海でとれるからだけど、知らない?」

「うむ、知らん。よければ教えてくれないか」


 暗い中でも、青年がどうやら本気で知りたがっているらしいことを感じとったアーシェは面食らった。

 貴族は自分たちを飾っているその美しい石がどうやって採れるか興味すら持たないものだ。

 妙な貴族だ、と思ったが、これは、スフェラ商会の娘としても、潜り手としても答えないわけにはいかない。


「いいわ。まず、海生石は――……」


 さっと算段を付けたアーシェは、泉から足を抜いて青年に向き直ると、とうとうと話し始めたのだった。








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