練習開始
その日、練習が終わってすぐアタシは舞台に呼び出された。
「彼女はファング。2つ目の課題曲の指揮を担当してもらいます」
「あー、初めまして。ファングです、指揮はやったことないんすけど……」
オケのみんながこちらを見ている。
なんか気まじーな……
その日はそれで終わって、翌日から指揮を取ることになった。
課題曲の楽譜は一切読んでない。
読んでも分からねーし。
一応楽譜とタクトを持って、コンサートホールに到着。
オケは揃っていて、各自音合わせ中だ。
「おざーっす」
台に立って、みんなの方に向き直る。
「えっと」
さすがに緊張するわ……
「よろしく、お願いしゃっす」
タクトを構える。
で、こっからどうすりゃいいんだ?
後ろではチアキとノダメが見ている。
オケもアタシの合図を待っている。
「あのぉ……」
アタシは沈黙を破って前のヴァイオリンに聞いた。
「振り下ろしたらスタートってことで、いっすよね?」
ヴァイオリンは黙って頷く。
よっしゃ、じゃあいくぜ……
タクトをかざし、曲がスタートした。
緩やかに演奏がスタートした。
しかし、指揮を取るどころか、初めて聞く曲を前にして何をどうしたらいいのか分からない。
ノダメの指揮だってまともに見てなかったし、タクトの動きは完全に適当だ。
それでも勝手に曲は流れていく。
(これでいいのかよっ)
ブンブンタクトを振り回し、気づいたらアタシはタクトを振るのをやめていた。
こんなの意味ねーわ。
アタシは台の上で立っているのに疲れ、その場に座り込み、曲が終わるのを待った。
ジャン!と演奏が終わる。
(お、終わったか)
オケの連中も片づけを始めている。
アタシは逃げるようにその場を離れた。
「ファング」
「ん?」
帰りの廊下で呼び止められた。
ノダメだ。
「よ、よう!ノダメ」
「帰り支度をしなさい」
「な、なんて?」
「もう元の世界に帰りなさい」
いつもの優しい感じのトーンではない。
他人をばっさり切り捨てる冷酷さを声から感じる。
「待てよ!初日じゃねえか!」
しかし、くるっと踵を返し、ノダメは歩いて行った。
何なんだあいつ……
勝手に誘っておいて、ちょっとでもダメならあの態度かよ!
どんどんノダメが遠くに行く。
扉を手にかけ、アタシの前から消えようとしていた。
……本当に行っちまうのか?
アタシはだんだん焦り始めた。
過去の生活がよぎる。
バイトをして、家に帰る。
しかし、あのジメジメしたアパートはアタシの心を蝕む。
孤独を感じて、周りを妬んで、そんな自分と死ぬまで向き合わなきゃならない。
嫌だ……
あんな所には帰りたくない。
またアタシを一人にしないでくれ……
待ってくれノダメ!
気がつくと、アタシは全力で土下座をしていた。
「アタシに指揮をやらせてくださいっっ!」
「……もっと真剣にならなければ、指揮はできませんよ。次がラストチャンスです」
「……は、はいっっ」
目からはなぜか涙がこぼれていた。
何で泣いてんだよ……
馬鹿みてーだ。
みじかい?w