ノダメの真意
どうやらノダメの話によると、魔族側はそろそろ条約を破棄したがっている、とのことらしい。
血に飢えた魔族は、戦争をやりたがっているってわけだ。
そのため、次の演奏会は、魔族がビビるほどのものにしなければ意味がない。
そこで、不確定要素はあるが、エルフにはない闇を持つアタシに白羽の矢が立ったってわけだ。
アタシは寮の空き室に案内された。
「これを部屋で聞いておいてください。まずは、オーケストラがどんなものか、それを知っておかなければなりません。明日は、私の指揮を見学に来ると良いでしょう。実際に指揮をとってもらうのはその後です」
「ああ、分かったよ」
ノダメからCDを受け取り、部屋に戻る。
エルフの世界にもこんなもんがあるのか。
ファングが部屋に入り、ノダム先生も戻ろうとした時、僕は引き留めた。
「ノダム先生、全くの素人に任せて平気なんでしょうか?」
「……先ほどのはただの建前です」
建前?
では何か別な理由があるのか。
「では本当の理由を教えてください。エルフの存亡がかかっている案件なんですから」
「……分かりました。私はこの数日、人間の世界に行っていました」
「えっ!」
ということは、彼女は人間なのか?
道理で雰囲気がエルフとは違うと思った。
そもそも耳がとがっていなかったじゃないか!
「私が人間の世界に行ったのは、エルフの世界にはない闇を探しにです。闇を持つ者の演奏が欲しかった。そして、私はとある町の路上で、ギターを弾く彼女と出会いました」
闇……
確かに、魔族との戦争を知らない僕ら世代にはないかもしれない。
しかし、人間の世界にはどんな闇があるんだろうか。
「私もエルフの指揮者であり、いろいろな作曲家の曲を聞いてきました。だから、彼女が何を感じて作曲したのか、それが分かってしまったのです。その曲からは、孤独、絶望、そんな感情が読み取れました。彼女はこう言いたかったのではないでしょうか?」
ノダム先生はしばらく僕の方を見ていた。
その意図がお前に分かるか?と言いたげな視線をよこす。
「この世界から自分を見つけ出してほしい、と」
「……」
「なぜ彼女が孤独なのか。あなたが最初に思ったことをみんな思っているからですよ」
「……!」
「でも、彼女は望んで一人でいるわけではないんです。だから、わざわざ路上に出てまで演奏していたんですよ。実際は、そんな曲もただ暗いだけととらえられていたようですが。私は音楽家として、その意図を読み取ったまま黙って帰るわけにはいかない、と思いました」
そこまで聞いて納得がいった。
ノダム先生は、彼女にオケという仲間を作らせるために、ここに連れて来たんだ。
指揮の才能があるとか、そういうことじゃない。
最後に先生はこう言った。
「今から演奏会まで、時間はあります。それまでに必ず形になりますよ」
なるほどな。
ノダム先生が彼女に任せた理由、それは、彼女なら仲間は絶対に裏切らないからだ。
アタシは部屋でオーケストラのCDを聞きながら、ウトウトしていた、
開始2分で、もう聞くのがめんどくさくなっていた。
「全く分かんねえよ。あー、ねみい」
アタシは口を手で押さえないで、でかいあくびをした。
次から次へと、バイオリンやら、オーボエやらの旋律が聞こえてくる。
「……」
アタシはまるでスポーツみたいだと思った。
みんなで協力して点を取りあうみたいに、みんなで協力して曲を作り上げる。
一瞬でもミスれば、そこで緊張感は失われていまう。
指揮者を頼りに、細かい音を積み上げて行って、最後の曲が終わる一瞬まで継続させる。
複雑な曲ほど、聞いてる方がヒヤヒヤしてくる。
CDの曲がどうやら、終盤に近付いてきたようだ。
色んな楽器が入ってきて、盛り上がっていく。
そして、最後の一瞬だ。
ゾクッ……
アタシは鳥肌が立った。
ジャンっと、一音もはみ出さず、すべての楽器が演奏を終えた。
そりゃ、CDだからキレイに決まるのは分かっていたけど……
「これがオーケストラか……」
クラシックなんてダサいと思っていたのに。
今、なんかめっちゃ感動してしまった。
「ノダメのやつ、こんな世界に無理やり連れてきやがって」
ありがとうよ。