団員サイド
このエルフの街には、由緒あるコンサートホールと、オーケストラの団員が身を置く寮がある。
この寮には、団員約100名が住んでおり、食堂もある。
寮に住むギタリストのチア・キー(20)は、兄を魔族に殺された。
兄弟は著名なギタリストとして知られていたため、音楽祭に抜擢された。
特に兄の演奏が評価され、実際に演奏する運びとなったが、魔族の怒りを買ってしまった。
今回、ノダメは新しいギタリストを探しに向かったが、チアキは次期音楽祭の奏者を諦めてはいなかった。
ノダメがファングを引き連れて寮に向かっている頃……
音楽祭は諦めない……
食堂のバイキングでサラダを取りつつ、僕はそんなことを考えていた。
この時間、ほとんど席は埋まっていて、何とか一つだけ見つけることができた。
席に着席し、キャベツをフォークで食べていると、向こうから女性がやって来た。
あれは、第一ヴァイオリンの首席奏者のソラリスだ。
彼女がウロウロしていたので、僕はすかさずこの席を譲った。
「ありがとう、チアキ」
彼女に礼を言われ、僕は少しうれしくなった。
しかし、これはエルフの男として当然の行為だ。
エルフの男は、学校で紳士としてのふるまいを仕込まれる。
女の子は繊細でか弱いんだ
影で僕のことを世間知らずと言ってる女子もいるみたいだけど、あまり気にしないでおく。
窓際に移動して、食事の続きを取る。
たしか、今日がノダム先生の戻ってくる日だったな。
一体どんなギタリストを連れてくるのだろうか。
音楽に造形の深いエルフでさえ、陰影のある演奏を得意とするものは少ない。
だが、今の僕には兄を殺された時の深い悲しみがある。
今なら、そんな曲も弾けるハズだ……
確かに、今回の祭典はしくじれない。
プログラムはリレー方式だから、途中でミスを犯せばそこでお終いだ。
兄の件があったから、魔族も今回は厳しい目で見ているだろう。
それでも、兄の無念は僕が晴らしたいんだ。
外の景色を眺めながらそんなことを考えていると、向こうから人影がやって来た。
(ノダム先生だ!)
1人はノダム先生。
そして、もう一人いる。
(あれは……)
男?女?
イマイチ判断がつかない。
体つきは女性的な曲線を持つものの、歩き方に繊細さのかけらもない。
僕は寮を抜け出し、2人のもとに向かった。
「先生!」
「チアキ、戻りましたよ」
「ええ……」
もう一人を確認する。
が、僕はたじろいた。
恐らく女性だろうが、妙に禍々しい気を放っている。
「は、はじめまして、チア・キーです。このオケのギタリストです」
「チアキ、か。アタシもギタリストなんだ。ヨロシク」
声を聞いてやっと確信が持てた。
女性だ。
しかし、彼女はエルフか?
あまりにも僕の知っている女性とはかけ離れている。
「名前は?」
「ああ、えーと、ファングだ」
ファング?女性なのに?
ずいぶんおっかない名前だな……
だけど、確かに眼光は鋭いし、まるで野生のオオカミみたいだ。
エルフとオオカミの混血か?
そう疑いたくなるな……
とりあえず、彼女の腕前は見ておかなければならない。
「先生、先に中に入っててもらえますか?僕はこの方と少し話がしたい」
ノダメが中に入っていくと、チアキが話しかけてきた。
「君の演奏を聞かせて欲しい」
随分いきなりだな。
アタシの力を試そうってか。
けど、今はギターがない。
「だったらギター貸してくんねーか?」
「……分かった。ちょっと待っててくれ」
そう言って、チアキが寮に入っていき、しばらくして戻って来た。
それを受け取って、アタシは叫んだ。
「っておい!弦は!?」
嫌がらせか?
このギター、弦が張ってない。
「当然だ。弦は魔法で張るものだ」
「魔法?んなもん使えるか!」
そういうと、チアキはびっくりした顔付きになった。
「魔法が使えない?どういうことだ」
すると、ノダメが戻って来た。
「何をしているんですか。2人とも」
「先生、すいません。彼女のギターの腕前が知りたかったので」
はっはーん。
分かったぜ。
こいつはどうやら音楽祭に出たいに違いない。
で、アタシにケンカを売って来たってわけだ。
「彼女はギターは弾きませんよ。指揮者を担当してもらいますので」
「!?」
「!?」
な、何言ってやがる。
隣のチアキもびっくりしてるじゃねーか!
「ノダメ、今なんて?」
「あなたには指揮者をやってもらいます」
ちょちょちょ、ちょっと待て!
アタシは指揮者なんてやったことねーぞ!
楽譜だって大して読めねーし。
「プログラムは3曲あります。最初はいつも通り私が指揮をし、次のギターはチアキ、あなたが。そして最後はファングの指揮で曲をやってもらいます」
ノダメは、その意図を話し始めた。