エルフの世界へ
ノダメがカバンから取り出したもの、それはタクトであった。
「このタクトは、エルフの世界にしかない木でできております」
そう言って、タクトを手渡される。
つっても、アタシはそこらへんに生えてる木の名前だって分からない。
「わかんねーよ。植物に詳しくねえし。それより、ノダメって指揮者なのか?」
「いかにも。このタクトを振りかざして、オーケストラを導くのが私の役目。エルフのコンサートでは、音色と共にその情景が演奏者の魔力によって再現されます。それを動かす役目も、このタクトは担います」
「へえ~、なんか映画みてーだ」
って、なにアタシは自然に相槌うってんだ。
このじいさんの言うことが本当かの確証はまだどこにもないってのに。
すると、ノダメは立ち上がって玄関の方に向かった。
「もし私たちエルフのためにオーケストラに参加してくださると言うのであれば、明日もう一度、同じ場所でお会いしましょう」
「考えとくわ」
「では明日の早朝、待っております」
ノダメが帰ってから、アタシは布団の上に横になってしばらく考えた。
正直、人助けなんて性に合わない。
だが、エルフの世界ってのはちょっと面白そうだ。
それが本当にあるんなら、一回は行ってもいいかもしれない。
ここにいても、これ以上アタシの生活に変化が訪れることは期待できない。
ずっとバイトをやって、趣味のギターを続けていく。
別にそこまでして守りたい生活でもない。
だったら、目の前の面白そうな話に食いついてみるべきだ。
(まあ、起きれたら行ってみっか)
アタシは珍しく携帯の目覚ましをセットして眠りについた。
早朝6時に、待ち合わせの駅前に着いた。
アタシ自身も驚きだが、目覚ましが鳴るより早く目が覚めた。
まだ辺りは薄暗いが、都心だけあってこの時間でも人は多い。
ギターを担いで待っていると、ノダメが現れた。
「お早いですね。では、早速向かいましょう」
「おう。で、どこに向かうんだ?」
「この世界とあちらの世界をつなぐ、ゲートです」
ゲート?
そんなものがこの都心にあるのか。
アタシたちは、駅から東口の方に向かって歩いて行った。
どんどん人の多い方に向かっていくんだが……
ビルとビルの間にノダメが入っていったので、アタシも後を追っかけた。
そこには小さな神社があった。
神社と言っても、ほんとにごくごく小さいお社と鳥居で構成されただけのものだ。
ビルとビルの間にあるくらいだから、どんなもんかは想像がつくだろう。
「栄琉不神社、ここはそう呼ばれております」
「ま、まさか」
「そうです。エルフ神社です」
本当かよ!?
このじいさん、適当なこと言ってねーだろうな?
「この鳥居をくぐった先に、エルフの世界があります」
だが、そこでアタシはノダメの方を見た。
その鳥居、30センチ四方程度の隙間しかなく、這っていかなければ入れない。
というか、頭入るのか?
「やみくもにこちらの人間が入ってこれないようにする措置ですな。では、行きましょうか」
ノダメは地面に体をこすりつけながら、ぐっ、とか言いながら無理やり入っていった。
ノダメが鳥居をくぐると、その姿が消えた。
「す、すげえ!」
アタシは素直に驚いた。
マジで向こうの世界に行ったみたいだ。
よーし、とアタシは手に唾をつけて、その鳥居にダイブした。
ガッ、と音がし、それ以上進めなくなった。
「あ……」
どうやら、背負っていたギターが引っかかったらしい。
上半身は向こうの世界、下半身はこちらの世界という、かなりダサい状況である。
「ここがエルフの世界か……って、街のど真ん中じゃねえかよ!」
ガヤガヤと人だかりができており、アタシはさらし者となった。
「ママー、あの人引っかかってるよー」
「自己管理ができない証拠よ。行きましょ」
なんか通りすがりの親子に馬鹿にされたぞ。
ってかアタシは太ってねぇし!
「くっそ、ノダメ!ギターが引っかかっちまって通れねえんだけど」
「さて、困りましたな」
何冷静に考えてやがる!
アタシは一旦引き返した。
そして、ギターを外し、先に鳥居に押し込もうとした。
が、ギターの丸みを帯びてる部分がつっかかって入らない。
おいおいマジかよ!
鳥居の向こうから声がする。
「ギターは諦めるしかないですな」
……丸腰で行って役に立つのか?
向こうの世界にギターがあることを期待して、アタシは鳥居に飛び込んで、くぐり抜けた。
「くっそ、ノダメ、こっちにもギターってあるのか?」
「あることは、ありますな」
「じゃあいいか、で、次はどこに行くんだ?アタシは腹が減ったんだけど」
「腹ごしらえの前に、市役所に行きましょう。戸籍を変更しなければなりません」
戸籍?
こっちの世界で生活するのに、そんな手続きがいるのか。
ノダメに案内されるがまま、市役所の方へと向かっていった。
しかし、この世界はイケメンと美女しかいねえ。
アタシはまるでヨーロッパに旅行にでも来た気分になっていた。