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少年と少女、互いの見解


「少しゆっくり作業しすぎね」

「そ、そうなの?十分早いように思えるんだけど…」

 だが、言われて見ればもう外が暗い。でも、僕はこの時間がもうしばらく続けば良いのにと、良くない願いを抱いていた。

「ボタンがついていた場所にダメージがあるから、付ける位置が難しくて」

 四つ目のボタンの位置が決まったらしい。布に針を躍らせる。

「ごめん、こんなことさせちゃって」

 縫い付ける手が止まる。

「謝る必要なんて一切無いわ。この程度では見合わない事をお願いする可能性があるもの」

「え?どんな?」

 少女は、僕の質問に応える事なく、作業に戻ってしまった。段々会話が短くなってきた。何か話さないとという気分に襲われてしまう。

「さ、最近どう?」

 咄嗟に出た質問は本当に咄嗟な質問だった。

「大雑把な質問ね。何をどう答えて欲しいの?」

 水色の瞳がこちらに向けられた。質問に他意があることを察してくれているんだろう。

「久しぶりに話している気がするから、もう少し話していたくて」

「そう、でもこれ以上気温が下がったら作業どころではなくなってしまうから、せめてこの場所は脱出したいわね」

 おっと、そうか。風邪までひいてしまったらまずいよ。ただでさえ足を怪我しているのに。

「…どうして会話を長引かせたいの?」

「そ、それはもちろん、話してて楽しいからだけど」

 少女の顔が僕の方へと向く。その瞳は怒っているような、悲しんでいるような、複雑な光をはらんでいた。ああ、不満というのが正しいのかもしれない。

「楽しいというのに、ここ一週間私を避けていたのは誰かしらね?」

 ああ、不満でも無かった。怒りだ。

 そうだ、この一週間話しかける事なく、距離を置いていたのは僕の方だった。原因はもちろん、友人がもう一人の友人と恋愛関係になったからだ。

 一番親しい友人二人が、男女の関係になった事で、僕が毎日話している相手は女の子だったと認識するには十分過ぎた。

 別に、共通の趣味があったわけでもなかった。じっと物思いにふけっている外国人の少女の姿が訳もなく印象的で、ただ友達になりたいと思った。本当にそう思っていただけだった。

 自分から女子に話しかけるなんて、我ながら大胆な事をしてしまったと思う。

 でも、話せば話すほど面白くて、僕も異性だという事を忘れていたのかもしれない。いや、そんな事はないな。ちゃんと相手は女の子だと意識していた。でも、それ以上の事は思わなかった、いや、思わないようにしていた。少女は良き友人だからだ。

 ただ、恋愛という未知の領域に踏み入れた友人に嫉妬を覚えたのだろうか、僕の中に、おかしな欲が生まれてしまった。

 顔をずっと見ていたいとか、完全な金髪でも茶髪でも無い、不思議な髪の毛に触れてみたいとか、男が女に抱いてしまう感情というか、劣情の全てだ。

「そ、それは謝るよ。でも、ちょっと、冷静にならないといけない時間が必要で」

 まずい。まずいよ。一週間前から引きずっているやましい気持ちが戻って来ちゃったよ。

「…謝るのは私の方ね。こちらから話しかければいいだけの話なのに、一方的に怒りをぶつけてしまったわ」

 少女は再びワイシャツの方へと視線を戻したが、手は動かなかった。

「え?い、いつも僕が話しかけてたから、本当は嫌なんだと思ったよ…」

「はぁ」

 露骨にため息を吐かれてしまった。

 しまった。ここまで卑屈な態度を取ってしまったら、ため息も吐かれるだろう。

「そんな言い方をしなくていいわ。あなたは正直だし、男子生徒の間でおかしなロリ外人女で通っている人物のどんな言葉も、好意的に捉えてくれるから、とてもいい話相手よ」

「そ、そんな風に言われる程、誠実なキャラじゃないんだけどな…」

 確かに、おかしな外人呼ばわりされていた事もあった。だけど、見た目に反して言動がやたら変化球で、人を煙に巻いてしまうから、敬遠されててしまっていただけだ。

 少女の水色の瞳が僕の顔を捉える。

「私にとってあなたは誠実では無いわ。正直よ」

「ん?ど、どういう違いがあるのかよく分からないけど…」

 ああ、また訳の分からない事を言い始めた。僕にとってはたまらなく興味を惹かれる会話だ。

「そうね、私の言う誠実は女子高生的誠実とでも言えばいいのかしら」

 なんだろうそれは。

「言葉の意味ってね、どうしても見解の相違というものが出てくるのよ。そういう時は相手に合わせることにしているの。そこを誤解しないように教えておくわ」

「ええと、誠実の実際の意味と、みんなが言う誠実の意味が違うという事…?」

 脳をフル回転させて言葉を咀嚼する。

「そう。みんなにとって誠実な人っていうのは、自分にとって都合の良い発言と行動をする人物を指すみたいなの。だから、本当の意味で誠実な人は正直、あるいは正直者と呼ぶようにしているわ」

「そ、そっか。ありがとう」

 少女の手は完全に止まっていた。

「ま、女子の足に触れて僥倖なんていう表現を使う男が、女子達の言う誠実に当てはまらないのは確かね。今も靴下を握りしめたままでね」

「え!あ、ごめん!」

 慌てて靴下をベンチに置く。

 少女がなんとも言えない表情で僕を見つめる。

「その靴下の匂い、嗅ぎたい?」

「は、はあ?」

 何を試されているんだろう僕は。でも、正直者はどこまでも正直者でいれば良いだけだ。

「どうなの?」

「え、ええと…靴下の持ち主には興味あるけど、靴下の匂いには興味無いよ」

 ふふっと少女が笑う。

「そうよ。きっと『誠実な人』だったら、こちらがそういう答えを求めていると察して、嗅ぎたいと答えたでしょうね」

 そうか、確かに劣情が混じったような回答の方が、一見正直な答えに思えるが、普通なら別に靴下に興味なんて無いだろう。特殊な性癖が無ければだが。

「そ、そんな事言って、僕が靴下フェチだったらどうするんだよ?」

 変な反論をしてしまった。

「進呈するわ。今日は履かないと寒いから、今すぐは無理だけど、ご希望とあらば二日くらい履きっぱなしにしてからにしましょうか?」

 どれだけ人を翻弄すれば気が済むんだろう。こんな言葉を吐かれる度に、どんどん惹かれてしまう。

 何故誰も少女の気づかないんだろう。いや、気づかなくても良い。僕だけ気付いていれば良いんだ。

 しばし沈黙が走る。これじゃあまるで靴下を進呈してもらえる事を期待しているみたいだ。ベンチの上の靴下を眺める。随分小さい靴下だ。僕の妹も小さいが、ここまで小さくはなかった気がする。

 はぁ、どうして僕はこの子との会話を一週間も避けていたんだろう。ただただくだらない話をしているだけなのに、なんだかとても気分が良い。これは多分、恋愛とか、そういう感覚ではないと思う。恋愛というのは、もっと心臓が高なったり、触れ合ったりしたくなるはずだ。少なくとも、漫画の世界では。

 僕はただ、隣の少女と詮ない話をして、その顔を眺められれば十分だ。

「ね、ねぇ、もし、家に誰もいないなら、一度国道に出て何か食べない?」

 少女は少し思案してから、肯いてくれた。

「そうね、ファミレスくらい奢るわ」

「え?そんな必要は無いよ」

 レジ前で女子にお金を払わせるなんていう格好悪い自分を想像しただけで虫酸が走る。どこまで見栄っ張りなんだ僕は。

「この危機を救ってくれたのは誰?気の済むようにさせて」

「ぼ、僕の気は済まないよ。初めて女の子と二人で夕食を食べられるのに奢られるなんて」

 怪訝な顔をしないで欲しい。

 僕はちゃんと君のことを女子だと思っているんだけど。少なくともこの一週間は特に。

「そう、初めて同士だったのね」

 はぁ、また変な言い方を。でも、さっきおように男子として意識されていないよりはずっと良いか。

「良かった。僕が男子だって事、今は忘れてないんだね」

 再びボタンを縫い付ける手が止まった。一体僕は何度作業の邪魔すれば気が済むんだろう。

「意識の外だったなんて冗談に決まっているでしょう」

「へ?な、なら、いいんだけど…」

 呆れたという顔をしないで欲しいな。ケレン味たっぷりだから本心ではないんだろうけど。

「…そうね、初めて私に話しかけてきた時のこと、覚えてる?」

 突然話題が変わったな。回りくどく何かを伝えようとするのはいつもの事だから良いんだけど。

「う、うん。覚えてるよ。とても不思議な物を見るような目をされたし」

 確か、留学生かどうか問いただしてしまったんだった。

 転校したてで、右も左も分からない中、この少女が普通の生徒だというのは誰もが知る事実だったというのに、僕は本人に問い質すという愚挙に出てしまった。他の生徒に質問すればすぐに判明するのに。

 今でもどうしてかはよく分からない。女子に自分から話しかけた事なんて一度も無かった。

「そうね、忘れられるはずがないわ。都会からやってきた変な男に弄ばれた気分だったもの」

「ぼ、僕は何も知らない間抜けを馬鹿にしているのかと思ったよ」

 少女の眉間に皺が寄った。

「そう思ったのに何故話かけ続けたの?内心馬鹿にされていたかもしれないのに?」

「僕は何も知らない間抜けと言う認識で正しかったからだよ」

 認めてしまうのは恥ずかしいけれど、そういう事だ。

 少女が鼻から大きく息を吐いた。

「初心に戻ったところで質問があるわ。話しかけなくなった理由はなんなの?あんなに唐突に」

 うわ、怒ってらっしゃる。そんなに僕と話す事を楽しいと思ってくれてたのかな。

「それは、その、女子相手に馴れ馴れしく話す自分がおかしく感じちゃったからだけど…ほら、こんな女の子と仲良く出来るような見てくれでもキャラでも無い奴がさ」

「変な事を気にするのね」

 そんな事言われても、そう感じてしまっているんだから仕方ない。

「自分の事が好きではないの?」

「まあ、そりゃあ、背が小さくて肩が無いし、暗いし…」

 水色の瞳が僕を睨むように見ていた。正直に答えただけなのに、なんで怒るんだよ。

 しかし、その目もすぐ下を向いてしまった。

「…ごめんなさい。自分もそうなのに、あなたの言動に腹が立ってしまったわ」

 ボタンを縫い付ける手は完全に止まってしまっていた。

「自分もそうって…?」

「分からないの?」

 言いたいことは分かるけど、分かりたくないのが本音だ。少女の抱えている負い目は、僕如きの悩みよりもずっと大きくて重い。

「どうせ薄々感じてはいるんでしょう?見なさいよこの姿。この背。もう一年以上伸びてないから一生このままよ。まだ小学校に上がるかでこんな所に連れてこられて、言葉も通じなくて、食べ物は全部味薄くて食べられなくて…この様よ。この髪の毛も訳が分からないでしょう?生えてる場所ごとに色がめちゃくちゃで。ずっと合うシャンプーが見つからなくて、こんなにバッサバサ。パサパサじゃなくてバッサバサよ」

 口を挟もうにも、出来なかった。

 ただの自虐じゃない。表情からは途方もない悔しさが滲み出ていたからだ。

「顔の皮膚、見てよ。何この赤いツブツブは。肌の色に合うベースもファンデも無いから隠せないし。必死に日焼け止めを塗ってるのにどんどん広がってく。それにこの目玉よ。なんでこんな色薄いの?コンタクトレンズ無しでゾンビ映画に出演出来るわ…この偏屈した性格とかも…何?何よその顔?哀れんでるの?」

 吐き捨てるように愚痴をこぼす姿は、この子には悪いけど、僕にはとても可愛く見えてしまった。

 僕よりずっと大人かと思っていたのに、こんなに子供な面を見せてくるんだからずるいよ。

「今言ってたところって、全部嫌いなところ?」

「…そうよ。何だと思ったの?」

 ぎっと睨まれる。でも怯んでいる場合じゃない。

 ああ、まずい。今僕の中に沸き起こっている感情は、すごく身勝手な怒りだ。でも、抑えられない。

「全部僕が気になってるところなのに、嫌いって言うの?」

「あら、気が合うわね。さすが正直者ね」

 はぁっと、ため息を吐いてしまった。いらいらが収まらない。どうしてそんな言い方をするんだよ。

 少し長い沈黙が走った。

 気がつけば、四つ目のボタンがワイシャツにしっかり止まっていた。

 二人きりの時間は、少しずつ、確実に減り続けていた。

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